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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第6章:木漏れ日の時

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第371話:兄

 

 数分前――――


「ロ、ロードさんそれッ!」


「ああッ!」


 ロードの手の中で、通信魔石が光を放つ。

 すぐさま魔力を込め、彼は魔石を口に当ててその名を呼んだ。


「レヴィッ!」


『お待たせしましたロード様! 状況は!?』


「今まさにブランスさんが戦ってるとこだ! かなり劣勢……もう時間がない! 今どこだ!?」


『既に闘技場内です! アプル様はエクスカリバー様の背に! 今私達は控え室に向かって……!』


「それじゃ駄目だ! なんとかしてブランスさんにアプルさんが来たことを知らせ――――」


『クリーンヒットォッ! 凄まじい一撃にッ……ブランス選手遂にダウンッ!』


 その時、キャロルの声が闘技場内に響き渡り、ロードの視線がそこへと向かう。


「ッ! あれだッ……レヴィッ! どこでもいいッ! 観客席に出てくれッ!」


『か、観客席に!? ですがッ……!』


「レヴィの居場所はすぐ分かる! 策は……今持っていく! 来いッ……ブリューナク! タラリア! 急げレヴィッ!」


『は、はいッ!』


「ソフィア下がれッ!」


「ひゃいッ!?」


 通信魔石を放り投げ、ロードは手にした灼熱の槍を窓へと向ける。

 そして、足に翼が生えた刹那、全力で床を蹴った。


「ちょっ――――」


 ソフィアの驚愕の声を置き去りに、ロードは窓を焼き切り、雷速で空を駆ける。

 そうして――――


『ちょッ!?』


「少し借りますッ!」


 観客達が全く気付かぬうちに、実況席へと飛び込んだったのだった。



 ―――――――――――――――――――――



 大歓声がこだまする通路を駆け抜け、階段を一気に飛び越えた先に、雲一つない晴天の空が広がっていた。

 そして、次に彼女が見たものは――――


「お、お兄様ッ……!」


 地に伏せ、頭を踏みつけられる兄の姿だった。


「くッ! まずいッ……!」


 レヴィの目には、今のブランスの状況が正確に"視えて"いた。

 ダメージは深い。

 もはや、立ち上がれないほどに。


「そんなッ……お兄様ッ! お兄さ――――」


「ざまぁみやがれブランスッ! てめぇの負けだぁッ!」


「えっ……」


「二度と立てないようにしてやれッ!」


「いいぞコスモー!」


「クズにはお似合いの姿だ! なぁ!?」


「ああ! スカッとするぜ!」


「ひ、ひどい……なんでそこまでっ……!」


 矢継ぎ早に聞こえてくる、兄に向けられた罵声。

 分かってはいた。

 覚悟もしていた。

 だが、それでも尚、彼女の心臓は悲鳴を上げる。

 途端に溢れ出した涙が、踏みつけられるブランスの姿を歪ませた。


「お兄様ッ……私……ごめんなさいっ……」


 だが、彼女は耳を塞がなかった。

 聞かなければならないと、そう思ったから。

 兄の現実を……戦いを。

 そして涙を拭い、力の限り――――


「お兄様ぁぁぁぁあッ! 頑張ってぇぇぇえッ!」


 そう、叫んだ。


「アプル殿……!」


「立ってお兄様ぁッ! アプルはここにッ……ここにいますッ! ちゃんと見てますッ!」


「おいあれ……」


「あ、ああ……俺見たことあるぜ。ありゃブライトシャフト家の……」


「ブランスの妹じゃねぇか……な、なんでこんなとこに……?」


 周りの観客達がざわつき始める。

 だが、それに気付いたのは近くにいたほんの一部。

 大多数の観客達にはもちろん、彼女の叫びは……ブランスにまで届かない。


「お兄様ッ……おにッ……うぅ……ぐすッ……私に勇気がない所為で……見届けなければならなかったのにッ! 私はッ……お兄様に何も返せていなかったのにッ……!」


 兄が妹に感謝していたように、妹もまた、兄に心から感謝していた。


 "ごめんアプルッ……! お、俺はッ……二度と怖がらないッ……! 絶対に……み、見ててくれアプル! お兄ちゃんは……この世で一番……勇気のある人間になるからッ……!"


 あの日、兄からもらったこの言葉。

 この言葉が、足の代わりに彼女を支えてきた。

 だからこそ、応えなければならなかったのだ。


「おにい……ぐすっ……ちゃ……負けないで……!」


 兄の勇気に報いるのは、今まさにこの時であったのだと、彼女はようやく気付く。

 そして、彼女は肺に空気を叩き込んだ。

 その時――――


「はっ!? ロー……!」


 彼女の口元に、魔石を持ったロードの手が添えられた。


『負けないでッ……おにいちゃぁぁぁあんッ!!』



 ―――――――――――――――――――――



「なッ!? い、今のは!?」


 アプルの叫び。

 それは、ロードが握り締めた実況用の増幅魔石を通じ、闘技場内全てに轟いていた。

 無論――――


「ア……アプルッ……!」


 その男の耳にも。


『私はッ……お兄ちゃんに感謝してるッ! 感謝しかないッ! どこにも行けない私の為にッ……お兄ちゃんは世界を見せてくれた! だからもうッ! 周りが何を言っても気にしない! どうでもいい! だってお兄ちゃんは……お兄ちゃんはッ! 私にとって……最高の勇者様ッ……だからッ!』


「ッ!」


『お兄ちゃんッ……頑張れぇぇぇえッ!』


 瞬間、試合場が金色の光に包まれていく。

 それは当然、"箍無し"と呼ばれる……その男から放たれていた。


「こ、これ……はッ……!」


「……おい」


「はッ!?」


「いつまでくせぇ足を……」


「うッ……おッ……!?」


 消えかけていたブランスの魔力。

 それが今は、コスモを遥かに凌駕する――――


「俺の頭に……乗っけてやがんだこの野郎ッ!!」


「ぐッ!? おぉぉぉおッ!?」


 魔力の圧のみでコスモを弾き飛ばし、ブランスはゆっくりと立ち上がった。

 顔の傷は消え、身体には生気が漲り、金色のオーラに大気が鳴動する。

 アプルのおかげで乗り越えられた、人生最大の窮地。

 故に勇気魔法は今、彼の人生の中で……最大の力を発揮していた。


「ば、馬鹿なッ……この私が魔力だけでッ……!」


「アプルッ!」


『お兄ちゃんッ……!』


 闘技場内には、2人の声だけが響いていた。

 歓声もブーイングもない中、ブランスは彼女に背を向けたまま、その拳を天へと向けた。


「見とけ……俺の戦いをッ!」


『ッ! ……うんッ!』


 瞬間、金色の魔力は更に勢いを増し、それがブランスの拳へと集まっていく。

 そして、彼はそれをコスモへと向けた。


「好き放題殴りやがってこの野郎……覚悟は出来てんだろうなぁッ!? あぁんッ!?」


「ッ! あ、あなたが何をしようがッ……私の方が速いことに変わりはないッ! 今一度! 地に伏せさせてあげますよッ!」


「ハッ! もうタネはッ……!」


 コスモの姿が消える。

 だが、次の瞬間――――


「なぁッ!?」


 その拳を……ブランスの手が掴んでいた。


「割れてんだよ……この野郎ッ!」


「がはぁッ!?」


 コスモの身体がくの字に曲がる。

 ブランス渾身の拳。

 あばらは砕け、内臓が悲鳴を上げた。


「おッ……げッ……!」


 口から血を撒き散らしながら、コスモの身体が試合場の上で何度も跳ねる。

 やがて勢いが弱まり、彼はうつ伏せに倒れこんだ。


「がはッ……な、な……ぜ……!」


 必死に身体を起こし、コスモはブランスを睨みつける。


「攻撃が直線的過ぎんだよ。今の俺なら、タイミングを合わせるのはそう難しいことじゃねぇ。ま、あんだけぶち込まれたからってのもあるがな」


「くッ……!」


「てめぇの魔法はなんなのかは分からねぇが……能力自体は理解出来たぜ?」


 ブランスは説明を省いたが、最初の時点である違和感を覚えていた。

 コスモの初撃は、ブランスがガードしていた顔面に対するものであった。

 最初は、単に鎧を纏っている部分を避けたのだと思っていたが、三撃目には腹部を打ち抜かれている。

 故に、ブランスはこう考えていた。


 コスモの攻撃は、予め狙いを定め、その通りにしか攻撃出来ないのではないか、と。

 それを証明するように、ブランスが攻撃のパターンを読んで拳を放った際、コスモは薄皮一枚の距離で止まっている。

 攻撃のキャンセルは出来ても変更は出来ない。

 それはつまり――――


「てめぇ自身が速すぎて、決められた動きしか出来ないんだろ?」


「……ッ!」


 コスモの魔法は"瞬間移動魔法"。

 全身なら決められた位置まで、身体の一部ならその可動範囲の中で、瞬間的に移動させることが出来る力である。

 その速さは人間の反応速度を遥かに凌駕しており、目で捉えることはまず不可能。

 加えて、その速さから繰り出される打撃は破壊力が高く、自身の身体に掛かる負荷は無視される。

 ただし、ブランスが推理した通り、自身もその速さに完全にはついていけていない為、最初に決めた行動か、移動自体をキャンセルすることしか出来ない。

 また、直線的にしか移動出来ないという点も、この魔法のデメリットの一つである。


「確かにてめぇは速ぇ。けど、正直ザワンほどじゃねーな」


「な、なんッ!?」


「あいつが全力で動いたら、見える見えないの話じゃねーんだよ。てめぇみたいに単調じゃねーし、それ以前に……あいつの足は、時を超えちまうんだ」


「と、時を……」


「話が逸れたな。さて、今度は俺が聞くぜ……負けを認めるか?」


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