第369話:燻り
『それでは準備が整ったようですのでッ! これより準決勝第2試合を開始致しまァッすッ!」
「「「「ワァァァァァァァァァァァアッ!!」」」」
「ああっ……は、始まっちゃうー!」
「間に合わなかったか……」
ロード達の願いも虚しく、キャロルの号砲が闘技場内に響き渡る。
結局アプルの姿がないままに、ブランスの運命を決める戦いが今……始まろうとしていた。
『早速参りましょうッ……選手入場ッ!』
そうして、同時に開いた二つの扉から、因縁にまみれた両雄が姿を現したのだった。
『さぁッ! まず最初に現れたのはァッ! かつてSSランク冒険者として数々の武勇を誇りッ! 現在は、世界最強の軍と謳われるオリンポス軍の第4騎士団団長を務めるこの男ォッ! 1回戦はまさに瞬殺ッ! "光速"の異名はッ……やはり伊達ではなかったァッ! コスモ=リヒカイトォッ!』
全員の視線がコスモへと注がれた直後、その姿が霞の如く一瞬で消える。
そして次の瞬間、闘技場の中央で拳を掲げる彼の姿がそこにあった。
「「「「オォォオォオォォオォオッ!?」」」」
『や、やはり速いッ! 全く見えませんでしたッ!』
「や、やっぱりすごい……どうやったらあんなに速く……」
「……分からない。ただ、空間転移系の魔法じゃないことは確かだ」
ロードは生命魔法の力により、目を閉じていても相手の生命そのものを探知し、その動きをある程度察知することが出来る。
仮に対象が空間転移系の魔法で移動した場合、生命の反応が一瞬消えた後に再び現れるような感覚を覚えるのだが、コスモの移動にはそれがなかった。
つまり、彼は異空間を通らず、ただ単純に凄まじい速さで移動しているということになる。
「普通は相手が魔法を使ったら、ある程度魔力の放出というか、その前兆みたいなものを感じるだろ?」
「あ、はい。そうですね」
「コスモさんにはそれがない。恐ろしく静かなんだ。だから分からない……どんな魔法を使っているのかは勿論だけど、どのタイミングで使用しているのかも……」
「だ、大丈夫でしょうか……ブランスさん……」
「……信じるしかない。大丈夫だって」
正直なところ、仮にアプルがこの場にいて、ブランスが完璧な状態だったとしても、かなり厳しい戦いになるとロードは考えていた。
かつてブランスが自分で語っていたように、彼の"勇気魔法"は、発動さえしてしまえばほぼ無敵の力を誇るのだが、まさしくその発動条件が問題であったから。
ギリシア解放戦において、ブランスは5体の大竜種を倒しているのだが、その時ですら、その5体が同時に放った息吹が、自身に当たる直前になってようやく発動したほどである。
そのように、必ず後手に回ってしまう魔法で相手をしなければならないのが、よりによって"光速"と呼ばれる程の速い男となれば、"発動する前に倒されてしまうのではないか"、という危機感をロードが抱くのも無理はない。
それに加え――――
『対するはッ……』
「「「「ブゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥゥウッ!」」」」
『のわッとッ……や、やはり凄いブーイングだァッ!』
地元であるにも拘わらず、まるでアウェーのようなこの状況。
アプルのことも含め、今ブランスに、人生最大の逆風が吹いていた。
『あ、改めてご紹介させていただきますッ! コスモ選手に対するはッ! こちらも1回戦で相手を圧倒しッ! その実力を証明して見せたこの男ォッ! かの黄金世代が1人ッ……ブランス=グリュック=ブライトシャフトォッ!』
「「「「ブゥゥゥゥゥゥウゥゥウッ!!!」」」」
確かに実力は証明してみせた。
だが、観衆の評価が変わっていないことを証明するブーイングが鳴り響く中、ブランスはただ黙々と歩き続ける。
やはりその顔にいつものような笑みはなく、眉間に出来た深い皺と、その鋭い眼光が、今の彼の状態を如実に表していた。
そして、10メートルほどの距離を開け、遂に両雄が試合場の中央で向かい合った。
「フフ……大人気ですね。ブランスさん」
先に口を開いたのはコスモ。
鳴り止まぬブーイングと大歓声により、その声はブランスにだけ届いていた。
「あ、知っていますか? この闘技大会には、世界中の記者達が招かれているんです。つまり、明日になれば、世界中が知ることになるんですよ……最強と呼ばれる黄金世代の1人が、五剣帝である私に敗れたという事実をね」
黄金世代。
SSSランクのバーンを筆頭に、同じくSSSランクのズィード、ディー、SSランクのザワン、スカーク、そしてブランス……同世代で同時期に台頭した6人の総称である。
そんな彼らが有名になってから数年後、5人の優秀な冒険者達が現れる。
それが、コスモを含む、現在"五剣帝"と呼ばれる者達であった。
彼ら5人もまた同世代であり、黄金世代のように同時期に台頭し始めたことから、"黄金世代の再来"と言われ、世間の注目を集めることとなる。
そうして世間から注目され、羨望の眼差しを集めていた5人だったが、彼らにはどうしても気に入らないことがあった。
そう……黄金世代の存在である。
二つの世代は、とにかく比べられることが多かった。
そして、結論はいつも同じ。
"黄金世代の方が上"。
更に気に入らなかったのが、黄金世代になぞらえ、自分達が"白銀世代"と呼ばれていたことであった。
そんな日々が続き、彼ら5人は皆、こう考え始める。
バーンを始めとする6人がいなければ、自分達が黄金世代呼ばれていた筈であり、実力は負けておらず、ただ単に、生まれた順番が違うだけではないかと。
それを証明する為、彼ら5人は困難な依頼をこなし続ける。
だが、民衆の評価は変わらなかった。
黄金世代の輝きが、あまりにも眩し過ぎて。
そんな折、彼ら5人にオリンポスから声がかかる。
オリンポス騎士団として、その力を遺憾なく発揮してくれないかと。
彼らは特に示し合わせた訳でもなく、全員がその提案に二つ返事で"イエス"と応えた。
この時点で、既に悟ってしまっていたのだ。
冒険者という枠組みにいる以上、どれだけ活躍し、名を上げようが無駄。
黄金世代より自分達の方が強くても、無知な民衆は決してそれを理解することはなく、永遠に比べられ続けるのだと。
そうして、彼らは"五剣帝"と呼ばれる存在となったのだった。
結果として、冒険者という枠組みから外れたことや、オリンポスという強大な後ろ盾を得たことにより、彼らが黄金世代と比べられることはなくなった。
オリンポス騎士団においても、5人に実力で勝る者はおらず、彼らは誰もが認めるトップに君臨することとなる。
そして、世間もそれを認め、オリンポス騎士団は名実共に、世界最強と呼ばれる軍になったのだった。
だが、その想いは燻り続けていたのだ。
実際に戦えば、絶対に自分達の方が強いという……その想いが。
「実に長かった。この機会を得るまで私達が……」
「くだらね……」
ピクリと、コスモの眉が動く。
「……あなたには分からないでしょうね」
「分からないね。つか、さっさと始めようぜ……この無駄な試合をよ」
「フッ……フフッ……開始の合図をッ!」
『ひッ!? は、はいッ! それではッ……両者構えてッ!』
しかし、2人は両手を地に垂らしたまま、視線を合わせるにとどまった。
奇しくも、彼ら2人の構えは同じ。
「後悔させてあげますよ……先に生まれたことを」
「……勝手にしろ。俺はもう……どうでもいい」
『それでは参りますッ! 準決勝第2試合……始めェッ!!』




