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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第6章:木漏れ日の時

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第368話:恥

 

「えっ!? ほ、本当ですか!?」


 控え室でそれを知らされたロードは、あまりの驚きに目を見開いて声を裏返していた。


「お、おめっ……おめでとうございますっ!」


「ふふっ! ありがとうソフィアちゃん。これも全部ロードくんのおかげよ……本当にありがとう」


「い、いやぁ……よかったです……本当に……」


「け、けど、よくあのバイザーさんを……」


「全部言ってやったわ! この1年間溜まってたこと全部! そしたら謝り出してね!? いやぁー見せたかったわあの顔!」


「は、はは……」


 "女の人って怖い"。

 ロードはそれを再認識したとともに、レヴィのことを大事にしようと……そう強く思ったのだった。

 そして、そこで思い出す。


「あっ! ソフィア、レヴィから連絡は?」


「そ、それがまだ……ずっと握りしめてたんですけど、1回も光ってません」


 そう言って、ソフィアはロードに通信魔石を手渡した。

 温もりが残るそれを懐にしまい、彼は手を顎に当てて顔を俯かせる。


「バイザーさんのことはよかったけど……今度はこっちがまずいな」


 準決勝第2試合。

 ブランスとコスモの試合は、もう間もなく始まってしまう。

 しかし、未だにレヴィからの連絡がない以上、それは事態が好転していないことを表していた。


「やっぱりアプルちゃんがいないと、ブランスくん勝てないかな……?」


「どうでしょう……ただ、間違いなく言えるのは、今ブランスさんはほとんどやる気がないうえに、全く冷静じゃないってことです。その状態で勝てる相手かと言われると……」


 コスモに対する怒りはある。

 だが、やはり彼の根幹はアプルなのだ。

 そこが欠けている以上、どれだけ拭っても不安は消えない。


「こっちから連絡してみます?」


「んー……したところでな……かえって邪魔になるかもしれない。待つしかないよ」


「ですよね……」


「頼むぞエクスカリバー……レヴィ」



 ―――――――――――――――――――――



 時は遡り、闘技大会の1回戦が開始した頃――――


「こちらです」


 レヴィとエクスカリバーは、ブランスの家の執事頭であるビウスに連れられ、アプルの部屋へと向かっていた。

 数々の美術品が並ぶ廊下を抜けると、やがて大きな扉が見え、その周りに執事やメイドがおり、更に扉の前でアプルへと声を掛ける初老の夫婦の姿が見えた。


「アプルー! 少しでいいから話を聞きなさい!」


 ずっと声を上げ続けていた所為か、その男性の声は枯れ始めていた。

 対して女性の方は腕を組み、"やれやれ"といった表情を浮かべて佇んでいる。


「あれは……」


「はい。お館様と奥様です」


「なるほど……ブランス殿は母君似だな」


「はい。容姿から性格までそっくりに御座います」


「ん、あらビウス……そちらが?」


 その時、ブランスの母、ナターシャが彼女達に気付いた。


「はっ……レヴィ様とエクスカリバー様です。ロード様にはお試合がございますので、こちらのお二方にご足労いただきました」


「レヴィと申します。奥様、以後よしなに」


「エクスカリバーだ。よろしく頼む」


「わざわざ我が愚娘の為に……申し訳ないわね。私はナターシャ。こちらこそよろしくね。で、ご覧の通りの有り様よ」


「アプルゥッー!」


「……もう半刻ほどあの人が叫び続けてるけど、一切応答がないの。あの子頑固だから……そこだけは私に似ちゃったのよねぇ」


「奥様、時は一刻を争います。ひとまずここはお二方に……」


 応対に困る会話をスルーし、ビウスは彼女にそう進言する。


「ああそうね。なら、私達は離れましょう。ビウス、あの人を引き剥がして」


「はっ」


「アプッ……ちょっ!? なんだビウッ……はなっ……! ア、アプルゥッー!」


「よし……じゃ、悪いけどお願いね。私達は先に闘技場に向かっておくわ。ビウス! そのまま馬車に放り込んで! じゃ、またね」


「……全力を尽くします」


 彼女らを見送り、2人は扉の前に並んで立つ。

 そして、互いに頷いた後、まずはエクスカリバーが口を開いた。


「アプル殿、我だ。分かるか?」


「……ッ!」


 彼女が息を飲む気配。

 2人は、それを確かに感じた。


「フ……あれから一月は経つか。覚えていてくれて嬉しいぞ。さて、扉を開けろとは言わぬ。どうか、我が声だけでも聞いてくれ」


「……」


 反応はないが、僅かに聞こえた衣擦れの音。

 それを受け、エクスカリバーは言葉を続けた。


「貴公は聡明な女子《おなご》だ。恐らく、今どのような状況になっているのか、全て察しているのだろう。それでも尚、部屋から出ることを選択しないのは、理性を超えた恐怖……と言ったところか」


 応答はない。

 だが、気配がそれを肯定していた。


「咎めぬよ……誰も」


「……ッ!」


「貴公が恐怖を覚えるのももっともだ。幻想は崩れ、信じる足場がなくなってしまったのだからな。だが、果たして……本当に全てが幻想だったのだろうか?」


 エクスカリバーの凛とした声が、淀みなく彼女の心をノックする。

 その度に彼女は息を飲み、まだ動くその両手が、彼女の身体を押し上げていった。


「アプル殿。我らが出会うまで、貴公の中では我もまた……幻想の中に在るものであったろう? だが、今はどうだ?」


「…………違います」


 初めて聞こえた彼女の声に、レヴィとエクスカリバーは顔を見合わせ、そして微笑んだ。


「そう……我はこうして、確かに存在している。貴公の蔵書に記された英雄譚は、幻想ではなく……現実にあったことなのだ。フ……まぁ、多少脚色されている部分もあるがな」


「……ふふっ」


「アプル様……レヴィです」


 彼女の笑い声が聞こえたところで、今度はレヴィが口を開いた。


「あなた様の恐怖……私には痛いほど分かります。何故なら、我が主人《あるじ》であるロード様は……かつて"無能"と呼ばれる存在でした」


「えっ……」


「私も実際にこの目で見ました。いわれのない中傷……悪意の暴力を。つまり……」


 レヴィは深く息を吸い、核心に触れる。


「今あなた様が最も恐れていることは、闘技場で起こるであろう……ブランス様に対する誹謗中傷を耳にすること、ですね?」


「ッ! ……はい」


 そう。

 アプルが闘技場に行くのを拒んだのは、まさにそれが原因だった。


「分かります。誰だって、自分の愛する人が貶されるのを……見たくはない」


「……ぐすっ……うぅっ……」


 ブランスが闘技大会に出ることを聞き、最初は彼女も嬉しく思っていた。

 初めて兄の戦う姿が見られると。

 だが、大会日が迫るにつれ、嫌なことばかりが脳裏をよぎり始めたのだ。

 "嫌われている兄が、観客達に酷いことを言われるのではないか"。

 "もし兄が本当に弱くて、ボロボロに負けたらどうしよう"。

 そんな不安が彼女の心を押し潰し、大会当日となった今日……彼女の身体を動けなくさせたのだった。


「ですが……アプル様。"無能"と呼ばれ、蔑まれたロード様は、決して挫けることなく……その全てを乗り越えてきました。力で抑えつけるのではなく、心を通じさせ、分かり合うことで。ブランス様を取り巻く今の状況は、かつてのロード様を彷彿とさせます。そして、ブランス様もまた、ロード様と同じように乗り越えようとしているのです。その為には、あなた様の力が必要なのです」


「わ、私の……?」


「然り。我が主人《あるじ》ロードには、ここにいるレヴィがいたのだ。レヴィは主人《あるじ》を支え、励まし、共に戦った。だからこそ、彼は絶望の淵から生還し、我を振るうに値する英雄と成れた。そして、ブランス殿にとってのそれは……アプル殿をおいて他にいない」


「で、でも私は……」


 "怖い"。

 その声にならない言葉が聞こえ、エクスカリバーは唇を噛み締めた。


「ブランス殿は今! 貴公の為に戦っている訳ではないッ! 貴公と紡ぐ未来の為に戦っているのだッ! その場に貴公がいないでどうするッ!? 貴公ッ……己が兄を見殺しにする気かッ!!」


「ッ!!」


「アプル様……アプル様は、ブランス様の魔法を知っておいでですよね?」


 初めて声を荒げたエクスカリバーとは対照的に、レヴィは優しく静かに言葉を続けた。


「お、お兄様の魔法は……勇気……」


「そうです。アプル様、アスクレピオス様のお力を使えば、治る代わりに凄まじい痛みが身体を襲うという話……覚えておいでですか?」


「え……あ、はい……」


「正直、我々は心配でした。女性で、しかもまだお若いアプル様が、果たしてそれに耐えられるだろうか、そもそも承諾されるかどうか……ですが、それを初めて聞いた時、ブランス様はこう仰られてました。"アプルなら大丈夫。この俺の妹だから"、と」


「ッ! お、お兄様……!」


「ブランス様は、最初から知っていたのです。あなた様の中にある……その勇気を」


「うぅっ……わ、わたっ……私っ……ぐうっ!」


 その時、部屋の中から大きな音が聞こえ、更にアプルの呻き声が響いた。


「ア、アプル様ッ!?」


「どうしたアプル殿ッ!?」


「だ、大丈夫……です……! わ、私……自分が恥ずかしいッ……!」


 アプルは自分の意思でベッドから転がり落ち、必死に床を這いずって車椅子へと向かう。

 その顔を……涙で濡らしながら。


「お兄様は……私のことッ……行かなきゃ……見届けなきゃッ!」


「アプル殿ッ……御免ッ!」


 聖剣の一太刀が、彼女らを隔てていた扉を切り裂く。


「ッ! お、お2人とも……どうか私をッ……!」


「ああ……! 必ず間に合わせてみせるッ! レヴィ!」


「ええ! 参りましょう!」


 そうして、時は再び現在へと戻る。


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