第367話:証明
『ぎゃァァァァあッ!? あッつ! あッつッ! し、試合場がッ……とんでもないことになっているゥゥゥゥッ!!』
「はぁッ……はぁッ……クッ……クックッ……!」
爆炎に覆われる試合場の中央で、バイザーは片膝を突き、荒くなった息を整えようとしていた。
放った爆炎は、上述したように彼の中でも最強の一撃であり、その魔力消費量は並の冒険者数十人分にも相当する。
裏を返せば、それだけロードを危険視していたということであった。
先のことなど考えている暇はなく、この一瞬に全てを懸けなければ、絶対に勝つことの出来ない強敵。
久しく抱いていなかったその感情に、バイザーは爆炎の中で1人笑った。
「さて、少しは魔力を回収して……お……か……!?」
立ち上がり、振り返った瞬間だった。
周囲はまだ爆炎に包まれている。
だが、見えたのだ。
そのあまりにも……巨大な影が。
『……え?』
『な……あ、あれは……?』
続いて、実況席にいた2人が気付き、だんだんと観客達も気付き始める。
そして、爆炎が消え始めた頃、その巨大な剣が……太陽の光を浴びて輝きを放ったのだった。
『ドッ……ド、ド、ドッ……ドラゴンだァァァァァァァァあッ!!』
「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!?!?」」」」
観客席から絶叫が上がる。
それも無理はなかった。
そこには、試合場にうずくまる……身体中から剣を生やしたドラゴンがいたのだから。
『こ、これッ……どういうッ……!?』
『い、いやまさか……まさかこれも……! あっ! あそこ! ドラゴンの足元を見てください!』
オルグレンの声を聞き、逃げ出そうと立ち上がったり、身体を抱えて隠れたりしようとしていた人達の動きが止まる。
そして、バイザーを含めた全員の視線が、ドラゴンの足元へと集まった。
「……馬鹿な」
『アッ……アヴァン選手がいるゥゥゥゥッ!』
「「「「おぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉッ!?」」」」
鋼鉄剣は生命を得て鋼鉄竜となり、ロードの危機を救っていた。
いつかの……雨の日のように。
「ありがとなイアリス……大丈夫か?」
ロードの声を受け、イアリスはスッと立ち上がると――――
「ギォォォォォォオッ!」
空に向け、元気よくそう吼えた。
「ははは……そっか。けど、無理はするなよ? いくらお前でも、あの爆発をこれ以上……っていうか、また大きくなったなお前……」
「ギォッ! ギォッ!」
イアリスの体長は既に30メートルを超え、頭から生えた剣や尻尾を合わせた全長は50メートルに達していた。
「……アヴァン」
その声を受け、ロードの視線が彼へと移る。
「それがお前の……繋がりか」
「……はい。共に死線を超えた戦友です」
「フ……一つ聞きたい。お前はいったい……何者なんだ?」
それは、心から浮かんだ疑問だった。
改めてあり得ないと思ったのだ。
これ程の男が、Sランクで、しかも無名。
そんな話がある筈がないと。
「すいません……今はまだ」
ロードは、超えそうになった感情を抑え、そう言うに留めた。
「……そうか。いや、関係ない話だった。この……戦いには」
「ッ!」
そう言って、バイザーは魔力を滾らす。
実際のところ、彼の魔力はほとんど残されていない。
だが、白旗を上げるわけにはいかなかった。
というより、全てを出し尽くしたくなったのだ。
久しく出会うことのなかった、本物の強者に。
「……イアリス、本気でいくぞ」
ロードは、"ここまでにしましょう"と言おうとしていた自分を恥じた後、イアリスにそう声を掛け、左拳を強く握り締めた。
「グルッ!」
「フッ……いくぞアヴァンッ!」
その数分後、ロード渾身の拳が……彼の顔面を打ち抜いたのだった。
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「はっ!?」
目を覚ました彼が見たのは、知らない天井であった。
「こ、ここは……うッ!?」
起き上がろうとした彼の頭を、その手が優しく押さえ込んだ。
「……まだ起きちゃダメよ」
「ミュ……ミュン……」
バイザーは再び枕へ頭をつけ、視線を天井へと戻す。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「負けたんだな……俺は」
「うん。凄いパンチだったわ。スカッとしたもん」
「……そうか」
「……うん」
言葉は繋がらず、ベッドに横たわる彼と、そのすぐそばで椅子に座る彼女との間に長い沈黙が訪れる。
たった1年で、2人の関係は変わってしまった。
かつて、数珠繋ぎに連ねていた言葉の羅列。
しかし、今は次の言葉が出ない。出せない。
どれだけ距離が近くとも。
失った命が、あまりにも大き過ぎたから。
「あのさ……」
そして、それを打ち破ったのはミュンだった。
「私ね……もう30なの」
「……知ってる」
「うん……でね、そろそろほら……友達とかがね? みんな結婚してたりするのよ」
「……だろうな」
「うん……だからって訳じゃないんだけどさ……その……いい人いないかなってね……」
「……お前ならいくらでも見つかるだろう」
「ッ……な、なかなかいないのよ。私のお眼鏡に……か、叶う人ってさ。探しても探しても……」
「何が言いたい? 俺には関係……」
「あるッ!!」
立ち上がった反動で、彼女が座っていた椅子が倒れる。
カランカランと、乾いた音が部屋に響いた。
「わ、わたっ……私はッ! あんたと付き合ってたことを後悔したことなんて一度もないッ!!」
「お、おいミュ……」
「うるさい黙れ! だいたいなんなのあんた!? 勝手に人のこと分かったつもりになってさ! こっちは意味分かんないわよ! なんで側にいてくれないの!? しかもなんかツンツンしちゃってさぁ! 酷いことするし言うし! シュメールを守るぅ? 女1人守れない奴が……偉そうなこと言うなッ!!」
ぽかんと口を開けたバイザーと、鼻息荒く肩を上下に揺らすミュンの視線が交わる。
その直後、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
「わ、私のことッ……今少しでも……お、想ってくれてるならッ……まず私をッ……守ってよッッ!!」
拳を握り締め、涙を流し続けながら、ミュンは1年間言えなかった言葉を出し尽くす。
お互いに相手を想っていたのだ。
だからミュンは、バイザーに今まで何も言えなかった。
だが、今なら……彼が敗れ、僅かにでも"間違っていたかもしれない"と思った今ならと、ここしかないと、そう思ったのだった。
「だが、俺には……」
「知らないッ! 私はあんたがいい!」
「……ッ!」
「お、女にこッ……ここまで言わせて恥ずかしくないのッ!? それとも何!? もう私いらない!? じゃあもういいわよ! このまま1人寂し……ッ!」
振り返り、部屋を出ようとした彼女の手を……彼の腕が掴んでいた。
「……何よ」
「あ、いや……」
咄嗟に身体が動いていた。
そして、手が離れなかった。
「何よ!?」
鬼の形相を浮かべ、ミュンが振り返る。
「ッ!? お、俺が悪かった……!」
そのあまりの威圧感に、バイザーから自然と謝罪の言葉が出ていた。
「で!?」
「え……その……」
「私ずっと待ってたんだけど!? 1年前から! あの言葉を!」
「ま、待って……言葉……?」
「"け"から始まる言葉よ!」
「けっ!? ……あっ! け……け、け、結……結婚……してくれ……?」
「くれ!?」
「ッ!? しっ……して! ください……」
直後、ミュンの眉が八の字を描いた。
そして、想いが再び……雫となった。
「はぁッ……はぁッ……うぅッ……ぐすッ……わ、私がどれだけ……ひっく……この1年……!」
「ッ! ミュン!」
瞬間崩れ落ちるその細い身体を、バイザーの両腕が支えていた。
「俺が悪かった……すまん……!」
「ぐすっ……償って……一生かけて」
「……ああ」
握った手が、それを真実であると……証明していた。




