第363話:薔薇
「あれが本来の戦い方……ってことか」
「ボ、ボクも知りませんでした……あのボク、少し前に町で暴れてる人をバイザーさんがやっつけたのをたまたま見たんですけど、その時はギルドでロードさんも見たみたいに手が赤くなって、掴んだものを爆発させるって感じで……」
「そっか……あの時は使わなかったんじゃなく、使えなかったんだ。力が強すぎて……周りまで破壊してしまうから」
ロードが言った通り、バイザーは町で魔法を使う際、力を極限まで抑えて使用している。
手が赤くなるのはそこに魔力を集中しているからであり、そうすることでごく限られた箇所のみを爆破し、他に被害が出ないようにしているのだった。
しかし、ここならば話は別。
周りの被害を気にすることは一切なく、バイザーは最初から全力で魔法を使用することが可能となる。
「さっきのを見る限り、射程は少なくとも10メートル以上……俺の生命魔法の3倍はある。なんとかして近付く方法を考えないと……」
無論、伝説の武具があるなら話は別だが、今回の大会では使わないと決めている。
加えて、今の彼には右腕がなく、遮蔽物が何もないことから考えても、バイザーとの戦いが厳しいものになることは明らかであった。
「強いってことは分かってましたけど、まさかあれ程とは……」
「うん……まぁ、とりあえず俺達は次の……」
『それでは準備が整ったようですので、これより第3試合を始めさせていただきますッ!』
「あ、始まるね」
「ですね。ブランスさん大丈夫かなぁ……」
『まずは今大会紅一点ッ! 美貌と実力を兼ね備えたSランク冒険者ァッ……カローナ=カローラァァァァァァアッ!』
「「「「ワァァァァァァァァァアッ!!」」」」
紫色の長い髪をなびかせ、その豊満な胸を大きく露出した服装に身を包むカローナに対し、会場内にいた男達から熱い声援が送られる。
それを受け、彼女は"妖艶"の名に恥じぬ微笑を浮かべるのだった。
「あんな服着て恥ずかしくないのかなぁ? ボクだったら絶対無理……あ、因みに、ロードさんはああいう人ってどう思うんですか?」
「……ノーコメントで」
『エッロッ! あ、し、失礼しましたァッ! 対するはッ! シュメールが誇る若き英雄ッ! だが、地元では何故か嫌われているこの男ォッ! ブーイングを力に変えられるかッ!? ブランス=グリュック=ブライトシャフトォッ!』
「「「「ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥウッ!!」」」」
観客達の前にブランスが現れた直後、会場内が大ブーイングに包まれる。
そのあまりの大きさに、控え室の窓がビリビリと音を立てて揺れていた。
「うわぁ……」
「何度聞いても凄いね……」
「はい……あ、でも……」
窓から見えるブランスは、選手紹介の時とは打って変わり、眉間に皺を寄せ、鬼気迫る表情を浮かべていた。
その視線は恐ろしいほどに鋭く、それに気付いたカローナから笑顔が消える。
「なんか大丈夫そうじゃないですか?」
「いや……まずいな」
「えっ?」
「さっき声を掛けた時は"少し持ち直したかな?"って思ったけど……やっぱり駄目だったか」
「で、でも……あの顔……」
「それが逆に駄目というか、"あの"ブランスさんが気合いの入った顔をしている時点で……普通じゃない」
「あ……」
「あの時はまだ試合前だったからな……"自分の試合に間に合うようには来てくれるかもしれない"っていう望みがあったけど、結局アプルさんは来なかったからね……」
「じゃ、じゃあ、あの顔は……」
「多分、"もうどうでもいいし、めんどくさいからさっさと終わらせてやる"……的な感じだと思う」
「な、なるほど……あ、でも、それはそれでなんとかなるんじゃないですか?」
「あ、いや、俺がまずいって言ったのはそういうことじゃなくて……」
「おう、ブランスッ! わざわざ負けにきたのかぁ!?」
「誰もてめぇなんざ応援してねーぞぉッ!?」
「さっさと白旗あげて帰れーッ!」
「そうだそうだーッ! やるだけ無駄なんだからよぉ!」
「かーえーれッ! かーえーれッ!」
ブランスに対し、心無いヤジが飛ぶ。
それはすぐに全体へと広がり、会場内は帰れコール一色に染まった。
「そ、そんな……」
「何もそこまで……!」
『み、皆さま落ち着いてッ……落ち着いてくださいッ!』
『キャロルさん、始めちゃいましょう。多分その方がいい』
『わ、分かりましたッ! それでは早速参りますッ! 1回戦第3試合……始めェッ!』
帰れコールが鳴り響く中、直後カローナの足元に一輪の薔薇が咲く。
そして、それが一気に試合場全体へ広がっていくにつれ、ブーイングが歓声へと変わっていった。
『おォッとォッ! いきなりカローナ選手が魔法を発動ォッ! 試合場が赤い薔薇で埋め尽くされたァッ!』
「……」
ブランスの足元にも薔薇が咲いていくが、彼は動かず、ただじっとカローナを睨みつけていた。
「ふふっ……そんなに睨まなくても、優しくして……あ、げ、る」
『エローいッ! ッとォッ! そんなこと言ってる場合じゃなかったァッ! いったいあの薔薇にはどんな力がッ……ん? な、なんだかいい匂いが……して……』
『あ、えいっ!』
『あだーッ! い、いきなり何するんですかッ!』
『あんまり嗅がない方がいいですよ。そういう魔法でもあるんで』
『えッ!? そ、それって……!』
「あぁん……駄目ですよオルグレン様ぁ? ネタバレは……めっ!」
『……』
『て、照れてるーッ!』
「ふふっ……まぁ、もう彼は既に……」
カローナの魔法は"薔薇魔法"。
それは、薔薇に関する全てを操る力である。
『えッ? あッ! こ、これはッ!?』
キャロルの視線の先。
ブランスの身体は既に、薔薇のツルによって完全に覆われていた。
『ブ、ブランス選手が……いつの間にかぐるぐる巻きになっているゥーッ!?』
「うふふ……よく言うじゃない? 綺麗な薔薇には……棘があるって」
カローナが生み出した薔薇からは、思考を鈍化させる効果を持つ成分が発生しており、それを嗅いだものは立ったままに夢を見せられる。
そして、薔薇のツルで身体を締め上げ、更に棘から毒を注入。
そうしてカローナは、相手の思考も身体も支配してしまう。
「全ては私のもの。私の薔薇からは……誰も逃れられない」
『こ、これは早くも勝負あ……んッ!?』
「……え?」
確かに彼女は強い。
匂いによる攻撃が効かずとも、広範囲に生やすことが出来る薔薇のツルを操ることで、どんな魔物や竜も縛り上げ、赤子の手を捻るように駆逐してきたし、その美貌に目がくらみ、襲いかかってくる凶悪な暴漢達を幾度となく返り討ちにもしてきた。
『な、なん……これはッ……ツルの間から黄金の光がッ……!』
だが、彼女はまだ出逢ったことがなかった。
「ちょ……ま、まさかその状態からッ……!」
凡人では決して届かない……規格外の存在に。
「……うぜぇぇぇぇぇぇぇえッッ!!!」
「ひいっ!?」
瞬間、ツルをぶち破り、黄金に輝くブランスが雄叫びを上げながら姿を現わす。
それに合わせ、試合場を埋め尽くしていた薔薇が、生い茂るツルごと一気に吹き飛ばされた。
「あ、あり得なッ……!」
勇気魔法は、死地でこそ輝く魔法。
その圧倒的な魔力耐性と治癒能力により、カローナのそれは意味をなさない。
数千の赤い花びらが舞い散る中、ブランスの踏み込みが……試合場にヒビを入れた。
「てめぇもッ……!」
「ひッ……やめッ……!」
「散れぇッ!」
そうして、ブランス渾身の拳が……カローナの顔面を打ち抜いたのだった。




