第362話:二度と
「ただいま」
「あっ!」
ロードが控え室に戻ると、窓から試合場を眺めていたソフィアが勢いよく振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「おかえりなさいロードさん! あと、初戦突破おめでとうございますっ!」
「うん、ありがとう」
「いやー! さっすがロードさんですね! あのモーガンさんを一撃で倒しちゃうなんて……やっぱり凄すぎますよ!」
「はは……なんとかね。作戦が上手くいってよかったよ」
ロードはフードとマスクを外しながら、興奮気味に話す彼女に照れ臭そうに笑って返すと、そのまま彼女の隣に座った。
「レヴィから連絡は?」
「あ、まだ何も……」
レヴィとエクスカリバーが会場を離れてから、既に2時間以上が経過している。
行って帰ってくるだけの時間は優に超えており、それはそのまま、彼女の説得が難航していることを示していた。
「そっか……上手く説得出来るといいんだけど……」
そう言いながら、彼は窓から見える試合場へと目を落とす。
するとそこには、向かい合ったまま動かない両雄の姿があった。
「あれ? 確かさっき……」
「あ、はい。試合はもう始まってます。でも、2人とも動かないんですよ」
ロードはここへと戻る途中、1回戦第2試合の開始を告げるキャロルの声を既に聞いている。
それから約1分。
両者は動かず、ただじっと相手を見据えながら、その場に立ち続けていたのである。
『あ、あの……お2人とも? 試合はもう始まってるんですがー……』
観客席からはどよめきが起こり、会場内は異様な雰囲気に包まれていた。
「……ん?」
その時、ロードはフォーメイトの口元が動いていることに気付いたのだった。
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「やっと……あなたが間違っていることを証明出来る」
長い沈黙の後、フォーメイトからようやく出たその言葉に、バイザーは少しうつむきながら微笑を浮かべた。
圧倒的な支持を得ているバイザーだが、当然ながら全員が全員そうという訳ではない。
中にはフォーメイトのように、その強引過ぎるやり方を非難する声は以前からあった。
特に今回、シュメール冒険者ギルドをより高める為とはいえ、弱者を切り捨てるという方法をとったバイザーに対し、フォーメイトを始めとする反バイザー派は、その思いをより強めていたのである。
「フッ……やる気がないのかと思えば……わざわざそれを伝える為に、周りが静まるのを待っていたのか?」
「ええ。待たせてしまって申し訳ありませんが、少し冷静になっていただこうかと思いまして。でないと、ただ驚くだけになってしまいますからね……あなたが一瞬で敗れることに」
「ほう……」
ゆらり、と……両者を包む空間が揺れる。
漏れ出した魔力かぶつかり合い、両者は一気に臨戦態勢へと移行していた。
「……確かに、あなたはシュメールを守ったのかもしれない。ですが、行き過ぎた支配は軋轢を生みます。加えて、所詮あなたは一介の冒険者に過ぎません。そんなあなたが他の冒険者に対し、何をもって偉そうに語るのか……納得出来ないのは当然でしょう?」
「……で? 要するに、何が言いたいんだ?」
「簡単なことです。この試合に私が勝った場合……シュメールから消えてください。それだけで、シュメールはもっと良くなる。間違いなくね」
バイザーは笑う。
声を出さぬままに。
その笑みに、フォーメイトの額から一筋の汗が流れた。
「いいだろう……ところで、一つ聞いてもいいか?」
「……なんでしょう?」
「お前、恋人はいるか?」
「はぁ?」
予想外の問い掛けに、フォーメイトは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「い、今はいませんが……それが何か?」
「いや、一応聞いておきたくてな……だが、これで安心したよ」
「何を言っ……ッ!?」
瞬間、空気が爆ぜる。
しかし、直前で察知したフォーメイトは、地面を転がるようにしてそれを回避。
そのままバイザーから距離を取って立ち上がった。
『い、いきなり空気が爆破したァッ!? というかッ……やっと戦いが始まったァッ!』
『ええ。しかし、フォーメイト選手はよく躱せましたね。彼の魔法は予備動作がほとんどありませんから、ある程度は予測していたということでしょう。ですが……』
「い、いきなりやってくれま……うッ!?」
『もう、駄目ですね』
反撃に出ようとしたフォーメイトに戦慄が走る。
感じたのだ。
己の周りを覆う……バイザーの強大な魔力を。
「こッ……れはッ……!」
「どいつもこいつも……甘ったるくて目眩がしてくるぜ。俺が気に入らないのなら、さっさと行動に移せばいいだけの話じゃねぇか。下らないことを……」
「ちょ、ちょまっ……!」
「ベラベラと……語る前にな」
刹那、彼の身体を爆炎が包み込んだ。
「……ッ……かッ…………ッ……!」
腕を組み、ただ立っているだけのバイザーの前で、フォーメイトの身体が何度も何度も宙を舞う。
それはまるで……子供に遊ばれる人形のようだった。
そして、その爆炎は――――
『ほ、炎がまるでッ……蓮の花のようにッ……!』
そう。
言葉の響きは"連"であり、その連続して起こる爆発の様は、見る者全てに"蓮"の花を連想させる。
故に"爆蓮"。
そして、彼が使う魔法の名は爆炎魔法。
魔力を送り込んだ場所を……自由に爆発させる力である。
「どうやら、ある程度は俺の魔法を知っていたようだが……お前と俺が対等だとでも思っていたのか? ヒロイックな気分に浸り、なんの策もなく無意味に時間を浪費し、結果はそのザマ。だからお前は……"反バイザー派"止まりなんだよ」
バイザーが語る間も、フォーメイトは絶えず踊り続ける。
一切の抵抗は出来ず、激しい痛みと衝撃で気絶することも許されない。
鼓膜は破れ、皮膚がただれ、骨が折れ、そして……心が砕けようとも。
既に聞こえていないと知りつつも、バイザーは更に言葉を続ける。
見ている者全てへ……分からせるように。
「俺のやり方が間違ってると、そう言ったな? 確かに間違っていた……甘かったんだよ俺は。で、答えを得た。それはな……」
その時、永遠に続くかと思われた爆発が突如として終わり、フォーメイトは正座するように地面へと崩れ落ちた。
そして、最後の爆発が後頭部で炸裂し、焼けただれた彼の顔面が地面に叩きつけられる。
その姿はまるで――――
「歯向かう者に容赦する必要はない。そして、二度とそんな気が起こらないように……心を殺すということだ」
彼に、土下座をしているかのようであった。
『け、決着ゥゥゥゥッー!! 勝者ッ……バイザー=アッシェヴェルメェッ!』
「「「「ウ、ウォォォォォォオッ……!」」」」
勝ち名乗りが上がっても、そこに勝利を祝う歓声はなく、ただ恐怖と驚愕の声のみがあった。
バイザーはそれを気にする様子もなく、ピクリとも動かないフォーメイトに背を向けて歩き出す。
満足そうに……笑みを浮かべながら。
『ま、まさに圧勝ッ……! バイザー選手ッ! フォーメイト選手に何もさせず、圧倒的な力を見せつけたァッ! し、しかし、これはあまりにも……』
『……魔法を使う暇もありませんでしたね。途中何かを話しているようでしたが……まぁなんにせよ、力の差があり過ぎた、ということでしょう。恐ろしい男です』
『そ、そうですねッ……あ、救護班急いでくださァいッ!』
「……強い」
「ロ、ロードさん……」
ソフィアは心配そうな表情を浮かべながら、そう呟いたロードの方へと視線を向けた。




