第361話:間違い
その日、シュメールとしては珍しく寒い夜だった。
やはりというべきか、多くの冒険者達が身体を温めようと酒場に行き、そしてそのまま問題を起こす。
結果、自警団の面々はいつも以上に休む間もなく、それらの解決へ向けて奔走していた。
そんな中――――
「はぁッ……はぁッ……!」
人通りがほとんどない深夜の町を、バイザーは1人ギルドへ向けて走っていた。
それは、突然の報せだった。
「あ! バイザーさ……うッ!?」
「ミュンはッ!? ミュンはどこにいるッ!!」
バイザーは到着するや否や、ギルドで待っていた自警団の部下に掴みかかり、恋人の名を何度も口にした。
「ミュンは無事なのかッ!? いったい何があっ……ッ!?」
肩に置かれた手に、バイザーは慌てて振り返る。
「落ち着け……バイザー」
「ウ、ウルフリック……ミュンはッ!?」
「……今は医務室で休ませてある」
「な、何が……何があったッ!」
彼は"ミュンが怪我をしてギルドに運ばれた"とだけ聞かされていた。
ただ、通信魔石越しに感じたウルフリックの雰囲気から、それが只事ではないことに気付いていた。
「バイザー……落ち着いて聞け。ミュンが仕事を終え、ここを離れてすぐに……3人組の男に襲われたんだ」
「なッ……」
バイザーの視界が歪む。
同時に、"襲われた"という言葉が脳内を駆け巡った。
「……恐らく、抵抗するミュンを黙らせようとしたんだろう……複数箇所に殴られた形跡がある。骨が……折れるくらいにな。ただ、たまたま近くにそいつがいて、最悪の事態は避けられたが……」
「すいませんバイザーさんッ……俺がもっと早く気付いてればッ……!」
彼は何も言えなかった。
というより、何も考えられなくなっていた。
怒り、悲しみ、不安、焦り……それら全てが一気に押し寄せ、そこにある現実を受け入れられない。
彼の中では数分、現実では10秒ほどの沈黙。
握った拳から血が流れ、彼はその微かな痛みにより、ようやく次の言葉を口にした。
「と、とにかくミュンに……」
「……こっちだ」
部下を1人その場に残し、バイザーはウルフリックの後に続いて歩き出す。
足の感覚がいつもと違った。
何かふわふわしたものを踏んでいるような、そんな気持ちの悪い感覚に、彼は唇を噛み締めることで必死に抵抗していた。
「ミュン……入るぞ」
「…………はい……」
扉越しに聞こえた、彼女のか細い声。
途端に彼の心臓が悲鳴を上げた。
「ミュン……」
「ッ! バイ……ザー……」
開いた扉の先、彼の恋人は泣いていた。
襲われた恐怖から?
痛みから?
心配をかけてしまったから?
どれもがそうであり、どれもがそうではなかった。
何故なら彼女は――――
「バイザーごめんっ……ま、まだ言ってなかったけどさぁ……せっかく……私達のところにねっ……ぐすっ……こっ……こども……がねっ……!」
それだけで、彼は全てを悟り……部屋を飛び出した。
―――――――――――――――――――――
「あっ……バイザーさん……」
「……顔は見たか?」
抑揚のない低い声で、彼は同僚にそう尋ねた。
「え……あの……」
「ミュンをやった奴の顔は見たかと……そう聞いている」
「あ、は、はい……この間酒場で暴れてた……バ、バイザーさんがその……」
「居場所は?」
怯える同僚の態度などは一切意に介さず、バイザーは必要な情報のみを求める。
もはや、彼の心にはそれしかなかった。
「ぜ、全力で探して……あ、そ、即座に町の入り口を固めたので……そのうち見つかる……かと……」
「……そうか。分かったら俺に知らせろ」
「あ、い、いやでも……ウルフリックさんが……」
「待て……バイザー」
追ってきたウルフリックが、バイザーの背に向けそう声を掛ける。
「……止めても無駄だ」
「駄目だ。それは俺達がやる。お前はミュンの側に……」
「なんて声を掛けたらいいんだッ!!」
薄暗いギルド内に、烈火の咆哮がこだまする。
「お、俺の所為で……俺の所為でミュンはッッ!! し、し、しかも子供ッ……お、俺達のッ……!」
「バイザー……!」
「あんたに分かるかッ!? 俺の……今の気持ちがッ!! だ、だ、駄目なんだよッ……抑えらんねぇッ! おさまらねぇんだ……い、い、い、怒りがッッ!!!」
「だからこそだ馬鹿野郎ッ! てめぇに人を殺させる訳にはいかねぇッ!!」
「だったらどうすりゃいいんだッ!? ああッ!? 黙って見てろってか!? ざけんじゃねぇッ! ぬるかったんだよやり方がッッ!! 舐められッ……俺らはぁッ! さ、最初から……二度と立ち直れねぇくらいにッ……!」
その時、ギルドの扉が開いた。
「いたぞ! リンズの宿……あっ……」
「ば、馬鹿ッ……!」
瞬間、バイザーは地面を蹴った。
「行かせ……がッ!?」
「俺の邪魔をッ……するんじゃねぇえッッ!!」
直後、バイザーの前に立ちはだかったウルフリックの身体が、爆炎とともに宙を舞う。
もう誰も……彼を止められる者はいなかった。
―――――――――――――――――――――
「あー……クソがッ……」
リンズの経営する宿屋から少し離れた暗い路地裏に、その3人組の姿があった。
彼らは自警団の包囲をかいくぐり、なんとかその場まで逃げのびていたのである。
「おいどうする!? 町の入り口は固められてるし、もう逃げ場なんかねぇぞ!」
「でけぇ声出すんじゃねぇよ馬鹿。それにしてもあの女ぁ……さくっとさらってやっちまう予定だったのにクッソ暴れやがってよぉ……」
「ああ……まーだ顔面がひりひりしてるわ。おまけにすぐ人がきちまうし、マジついてねーわ」
「あーマジムカつく。とりあえずボコったけど、あんなんじゃ気が済まねー……なーにが自警団だよ。同じ冒険者の癖に偉そうなんだよあいつら……特にあのおっさんはマジ死ねよ」
まだ10代の彼ら3人は、生まれた小国では非常に優秀な冒険者だった。
しかし、満を持して挑んだオリンポスやケルトではまるで通用せず、彼らは半ば逃げるようにしてシュメールへとやってくる。
しかし、ここでもほとんど通用せず、その度重なる挫折が、順調な人生を歩んできた彼らを狂わせてしまった。
というより、順調だったからこそ、彼らは最初から自分達が世界の中心にいると勘違いしていたのかもしれない。
そして、そうではないことに気付き、そうなれるような努力が出来るほど……彼らは大人ではなかったのだ。
「で? ぶっちゃけどーするよ?」
「そーだなぁ……宿屋はもう無理だし、どっか適当な家にでも入るか? んで、住んでる奴を縛ってさ、とりあえずそこで様子を見るってのが無難じゃね? クソ寒いし」
「んじゃそうすっか。風呂入ろうぜ風呂」
「あー……イラつきがおさまんねー。あの女をもっとさぁ……お前らも分かるっしょ?」
「まぁな。けどよ、ゆーて結構ボコったし、今頃あのおっさん泣いてんじゃね?」
「ははっ! 間違いねーわ。ま、ちょっと隠れてりゃチャンスはまだ……」
「ねぇよ」
「ッ!?」
「てめぇは……!」
「な、なんでここに!?」
彼らが逃げ込んだこの路地は、冒険者ギルドからリンズの宿へと向かう場合、最短で通るルート上にあった。
逃げた位置が悪かった。
いや、そもそも――――
「覚悟はいいか……クズども」
「ちッ……上等だ! やってやるよ!」
「おおよ! あんときゃ酔ってたし、多勢に無勢だったからなぁ! 3対1ならてめぇなんざ……!」
「仲良くベッドでおねんねさせてやるよ! あの女みたい……」
瞬間、空気が爆破した。
「ぎぃぃあぁぁぁああぁあぁぁぁぁああッ!?!?」
「え、ちょ……はぁッ!?」
「サ、サイニスッ……!」
"あの女"。
そう発言した男の顔面が、突如爆炎によって消しとんだ。
「てめぇ何……を……?」
「ま、まて……まてまてまて! な、なんだこのッ……とんでもねぇ……ま、ま、ま、魔力は……!」
彼ら2人は、息苦しさを覚えていた。
まるで、ノドが焼けてしまったように。
「俺は……間違っていた」
「ひっ……!」
バイザーがゆっくりと歩き出す。
それに合わせ、残された2人は必死に後ろへ下がろうとした。
だが、身体が言うことを聞かない。
バイザーが放つ、凄まじい魔力によって。
「わ、悪かった……悪かったぁッ!」
「勘弁ッ……勘弁してッ……!」
顔がただれ、痙攣するサイニスの姿。
更に、バイザーが放つその魔力が、彼ら2人の心をへし折った。
「安心しろ。殺しはしない。だが……」
バイザーの手が、ゆっくりと彼ら2人に向けられる。
「や、やめッ……!」
「死ぬまで……死に続けろ」
「ぎッ……あぁぁああぁあぁああぁあぁッッ!!」
それより数分後。
爆発音と絶叫を聞きつけ、自警団のメンバー達がその場に辿り着いた時には、もう全てが終わっていた。
そこには、顔を焼かれ、両手を吹き飛ばされ、かろうじで息だけをする3人の男と、仁王立ちで涙を流す……バイザーの姿があった。
それ以来、彼は変わった。
その容赦のない姿に無法者は怯え、町の住民達は尊敬と畏怖の念を抱く。
やがてバイザーはSSランクとなり、その名と噂が他国にまで轟き始めると、自警団の役割はバイザーという存在が引き継ぎ、自然と消滅したのだった。
そして、時は現在へと至る。




