第359話:鳩尾
「これは……」
映し出されたトーナメント表に、ブランスは思わず眉をひそめる。
そして、それはロードも同じだった。
『ご覧の通り、1回戦第1試合はアヴァン選手対モーガン選手ッ! 続く第2試合はバイザー選手対フォーメイト選手ッ! 第3試合がブランス選手対カローナ選手ッ! そして、第4試合はコスモ選手対バルケット選手となりますッ!』
それはまるで、強豪同士が1回戦で当たらぬように細工されたかのような組み合わせ。
順当にいけば、2回戦第1試合でロードとバイザーが、第2試合でブランスとコスモが当たることになる。
「また随分と都合のいい……」
「一応言っておきますが、私は何もしていませんよ? あくまでこれは厳正なる抽選の結果です」
「どうだか……」
「まぁ、開催側としてはよかったんじゃないですか? 例えば私とバイザーさんなどが1回戦で当たってしまうと、その後の試合がひどく退屈なものになってしまいますから。私が相手を一方的に嬲るような……ね」
「うへぇ……その自信っつーか自尊心っつーか……引くわぁ」
「ふふ……なんとでも。まぁ、とにかくこれで心配ないでしょう。ただ、間違っても1回戦で……負けたりしないでくださいね?」
「ハッ……てめーがな」
『それでは間もなく試合開始となりますので、アヴァン選手とモーガン選手以外の方は控え室へとお戻りくださいッ!』
「……だそうです。では、2回戦でお会い致しましょう」
直後コスモは一瞬にして姿を消し、ブランスは一つ息を吐いた後、ロードの下へと歩み寄った。
「聞いてたか?」
「はい。まぁ、これはこれで逆によかったかもしれません」
「まぁな」
組み合わせ上、2人がぶつかるとすれば決勝戦。
その点については、むしろ好都合とさえ言える。
それに、ロードは出来ればバイザーと当たりたいと考えていた。
無論その理由は、彼の過去を知ったからに他ならない。
「んじゃ、そろそろ行くわ。あ、言う必要もねぇだろうが油断すんなよ? お前の相手……わりかしつえーぜ」
「……ええ」
2人の視線が、モーガンへと向けられる。
身長250センチの巨躯を誇るその男は、"悪鬼"の名に恥じない形相で、お前は俺の獲物だと言わんばかりにロードを睨みつけていた。
「おーこわ……じゃ、頑張ってな」
「あ、ブランスさん」
「あん?」
ロードはブランスにスッと近づくと、左手で口を隠しながら彼に耳打ちする。
「時間もないので手短に。何度か見て確信しましたが、やっぱりコスモさんの魔法は転移系じゃないです。それとその……アプルさんは必ず……」
「……ああ、分かってるさ。つか、お前は自分のことに集中しろ。んじゃ、今度こそ行くわ……またな」
「はい……」
やはりどこか寂しげなブランスの背中に、ロードは不安げな表情を浮かべる。
と、その直後――――
「……ん」
背後から漂う強烈な魔力を感じ、ロードはゆっくりと振り返る。
そして、血走った目を見開き、更に歯をむき出しにし、開始の時を今か今かと待ちわびるモーガンと向き合った。
「クックックッ……やぁっとお楽しみの時間だぁッ! なぁにいちゃん! せいぜい楽しませてくれよなぁ!?」
ロードは応えず、ただじっとモーガンを見る。
明らかに手入れのされていないブロンドの長髪に、口の周りを覆う長い髭。
また、拳から腕へと伸びる手甲以外、一切武器を身につけず、獣型の魔物の毛皮を元に作られた茶色い鎧に身を包んだその姿はまさに獣。
そして、それが見掛け倒しでないことは、流れ出る魔力からも明白であり、ロードはマントの中に隠れた左拳を強く握りしめた。
「おいおいだんまりかよぉ!? ……ま、いっか。すぐに聞けるだろうしなぁ……お前の悲鳴がよぉ! うははッ!」
『早くも火花が散っておりますがッ! お2人ともッ……準備はよろしいでしょうかッ!?』
「はい」
「いつでもいいぜぇッ!!」
『かしこまりましたッ! それではこれより……午後の部1回戦第1試合を始めさせていただきますッ! 両者……構えてッ!』
両腕を開くように構え、強い魔力を放出するモーガンに対し、ロードは魔力を抑え、腕のない右側を前に出して半身に構える。
そして、深く静かに……息を吐いた。
『……始めェッ!』
開始と同時、モーガンが大きく前に出る。
そして――――
「オォォッラァァァァアッッ!!」
「ッ!」
その巨躯からは想像もつかない程の速さで接近し、そのまま振り下ろされた必殺の拳が、試合場を形成していた石のレンガを粉砕した。
『うおわァァッ!? し、試合場がッ……砕けたァァァァアッ!?』
『いやぁ……驚きました。確か、使われているのは堅鋼石でしたよね?』
『はいッ! 衝撃に対する耐性もそうですが、魔法耐性も高く、よくお城にも使われる優秀な建材ですッ! それにしてもッ! 午前の部ではヒビ一つ入らなかった試合場を……いとも簡単に砕くとはッ! やはり凄まじい破壊力の持ち主だァッ!』
『恐らく身体強化系……しかし、この威力は……それに加えてあの速さ……うーん……』
オルグレンが不思議に思うのも無理はない。
モーガンの魔法は"剛腕魔法"。
それはその名の通り、ただひたすらに腕力を強化する魔法である。
身体強化系の魔法は大きく分けて2種類あり、身体の全てを強化する全体強化と、身体の一部分を強化する部分強化とに分けられる。
全体強化はその使い手の熟練度にもよるが、腕力や脚力は勿論、反射神経や動体視力なども底上げしてくれる為、戦闘力をバランスよく向上させることが可能で、穴の少ない優秀な魔法と言える。
しかし、バランスがいい反面、決め手を欠くことが多く、加えて使用者の戦闘技術に左右されやすいという欠点もあった。
対して部分強化は、身体のある一点のみを強化する為、その部分の強化値だけを見れば全体強化のそれを遥かに上回り、それが必殺と呼べるものにまで昇華する。
例えば全体強化の魔法使いと脚力強化の魔法使いが同じ距離を走った場合、脚力強化側の方が少なくとも倍は速い。
だが、単純に殴り合えば、全体強化側が安定して勝利を収めるだろう。
無論、蹴り技を含めれば話は別だが。
要するに、全体強化のような安定感はないものの、ある一定の分野においてはそれを遥かに凌駕する……それが部分強化魔法である。
ただ、モーガンの場合は少々事情が違う。
"剛腕魔法"による拳の破壊力だけでも脅威なのだが、更にその恵まれ過ぎた体格と、天は彼に対し……有用なスキルをも与えていた。
彼に与えられたスキルの名は"俊足"。
そう……これもその名の通り、単純に足が速くなるという力である。
そうして、彼は異常な大きさの身体を土台に、強大過ぎる腕力を振るい、巨体に似合わぬ俊足で大地を駆け抜けてきた。
これまでの戦いにおいて、敗れるどころか苦戦の経験すらなく、彼はその全てに勝利している。
その恵まれ過ぎた人生に性格は歪み、徐々に彼は人から遠ざかっていった。
その結果、"悪鬼"と呼ばれる化け物が生まれたのである。
『確かに凄まじい一撃でしたがッ……しかしアヴァン選手ッ! モーガン選手の攻撃を見事回避ィッ! バックステップで距離を取ったァッ!』
舞い上がる瓦礫の中、それを躱したロードは冷静に距離を取ると、再び半身に構えて左の拳を握り締めた。
その姿に、モーガンの口角が吊り上がる。
「はっはっー! いい動きだにいちゃんッ! 大抵の奴ぁ今のでブチ殺せるんだが……楽しめそうだなぁッ!」
モーガンは嬉しそうにそう叫ぶと、その巨大な足で再び地面を蹴った。
「おッ!?」
……そう、確かに蹴ったのだ。
ただ、身体が一切動かなかっただけで。
そして、気付けばすぐ目の前に……彼はいた。
「ッ!?」
"かなり速い"。
"左の拳"。
"胴体を狙われている"。
"防御しなければ"。
頭に浮かぶ為すべき行動。
だが、何も出来なかった。
「はぉうッぐッ!?!?」
腕は何かに縛られ、足は何かに押さえつけられ、胴体を守っていた鎧は何故か消えていた。
ただ一つ理解したのは、その一撃の威力のみ。
「……ッ……お…………」
鳩尾に突き刺さったロードの拳。
それが抜けた直後、巨人は地面に崩れ落ちた。




