第352話:憤り
「ソフィア」
「あ……!」
「予選突破……おめでとう」
試合を終え、用意された控え室へと向かっていたソフィアを、ロードとレヴィが出迎える。
初めての実戦により、心身ともに疲弊していた彼女だったが、2人を見た途端、彼女の顔から自然と笑みがこぼれた。
「本当に……本当によく頑張りましたね……」
レヴィの目には薄っすらと涙が溜まり、それに気付いたソフィアの目と鼻が、一気に赤くなっていった。
「うぅっ……ぐすっ……お、お2人の……ひっく……おかげです……!」
「ふふっ……いけませんね。まだ終わっていないのに、私まで泣いては……」
「まったくだ」
「ッ!?」
背後から聞こえてきたその声に、3人は同時に振り返る。
そこには、腕を組んで笑みを浮かべる……バイザーの姿があった。
「バイザー……さん……」
「……どうしてここに?」
「いやなに、予選を突破したそいつを……祝ってやろうと思ってな」
その言葉とは裏腹に、バイザーの表情は、明らかに彼らを見下しているかのようであった。
「……その割には、何か言いたげに見えますが」
「クックックッ……いや、祝う気持ちは本心だぜ? ただ、勘違いしてたら可哀想だと思ってな。まぁ、実際そうだったみたいだが」
「か、勘違い?」
「確かによくやったよ……だが、あれじゃそのクズを認められねぇってこった」
「あなたはッ……! ソフィアはクズなんかじゃありませんッ! それに、ソフィアはちゃんと結果を……!」
前に出ようとするレヴィを、ロードが左腕で制す。
そして、2人の代わりに前へと出た。
「バイザーさん……どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。そのクズに、冒険者を名乗る資格はねぇ。結果がどうあれな」
「……その理由は?」
「ふん、お前なら言わなくても分かると思ったんだがな……まぁいいだろう。単純な話よ。勝ち残れたのはそいつの実力じゃねぇ。ただ運が良かった……それだけだ」
「……俺はそうは思いませんが」
「お前の意見など聞いてねぇ。俺からすればそうだというだけだ。そもそも、あの場外狙いの小賢しい作戦自体、俺は気に食わなかった。まぁ、100歩譲ってそこはいい。やられた方も間抜けだからな。問題はそのあとよ。何もせずに時が過ぎるのを待ち、残った面子に助けられ、最後にバッヂを掠め取って終わり……くだらねぇ。結局のところ、ああなったのはクソどもの油断と、ただの偶然じゃねぇか」
「……そうでしょうか? 確かに策は練りましたが、それは他の人達だって同じだった筈です。それに、バッヂを取れたのは、間違いなくソフィアの力……魔法を使いこなしていたからこそじゃないですか?」
「なら言うが……ルールにバッヂも場外もなかったら、果たしてそいつは勝ち残れたかな?」
「ッ! それとこれとは話が……!」
「違わないね。実際の依頼には、守ってくれるルールなんざねぇんだよ。信じられるのは己の力のみ……俺が見てんのはそういう部分なのさ。確かに結果だけを見れば、そいつが勝ち残ったことに疑いはない。実に上手くやったさ。だが、冒険者という観点から見れば、そいつのやったことは卑怯極まりない……クズのやることだ。だったら、先に落ちた奴らの方がまだ芽はある。つまり、俺が言いたいことは……」
「正々堂々、自分の力だけで勝たなきゃ駄目……そういうことですか?」
「……!」
ソフィアは真っ直ぐにバイザーを見つめ、力強くそう言った。
そこに、あの日怯えていた彼女はもういない。
バイザーは若干驚いた表情を見せた後、再び口元を歪ませる。
「ああ……そういうことだ。じゃ、決勝トーナメント……期待してるぜ?」
「はい。必ず勝ちます」
「……ハッ」
「待ってください」
踵を返し、その場を離れようとしたバイザーをロードが引き止める。
「……なんだ?」
バイザーは足を止め、背を向けたままロードに応えた。
「あなたは何故……こんなことを?」
「……お前に語る義務もなけりゃ、義理もねぇ。仮に話したところで……腰抜けのお前には理解出来ねぇよ」
そう言い残し、バイザーは去っていった。
何度か見たその背中。
ロードはその度に、それがどこか切なげであると……そう感じていた。
「……やっぱり、ミュンさんから話を聞いた方がいいかもしれないな」
「ロード様……」
「何度か聞こうとはしたんだけどね。ただ、なんだか触れちゃいけないような……そんな気がしたんだ。でも、やっぱりこのままじゃ……なぁレヴィ。初めてソフィアに会った日に、ミュンさんが"あのことがあったから"って言ったの……覚えてるか?」
「あ、はい。確か、ウルフリック様のお部屋で、そのようなことを仰ってましたね」
「あの時のミュンさん……怒ってたけど、どこか悲しげだった。多分、"あのこと"っていうのにミュンさんも関わってるんだと思う」
「確かに……あのお2人には、ただならぬ雰囲気を感じてはいました。ソフィアは何も知らないのですか?」
「あ、はい……多分、ボクがギルドに来る前の話だと思います」
「よし……ミュンさんを探そう。見に来るって言ってたからどこかにいる筈だ。あ、ソフィアはしっかり休んでおいてね」
「わ、分かりました」
「あとソフィア。あの人が何を言おうが、君は勝ったんだ。ズルでもなんでもない……実力でね」
「その通りです。以前のあなたなら、何も出来ずに終わっていたでしょう。ですが、今のあなたは違う。誰が相手でも、必ず勝てます。自信を持ってください」
「は、はいっ! 頑張ります!」
「ん、その意気だ。応援してるよ」
「どこにいても、私達はあなたの側にいます。それを忘れないでくださいね」
「はいっ!」
「よし、行こうレヴィ」
「はい。じゃ、ソフィア……また後で」
そうして2人が去り、ソフィアは1人控え室へと歩き出す。
「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!」」」」
その時、闘技場に一際大きな歓声が上がった。
「2試合目が……よしっ」
そう呟いた後、彼女は少しだけ、歩く速度を速めた。
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「そう……まだそんなことを……あの馬鹿」
予選3試合目が行われる中、ロード達はミュンと合流し、事の顛末を彼女に伝えていた。
怒ったような表情を見せるミュンだったが、やはりロードには、それがどこか切なげに映る。
「それにしても、よく私のいるところが分かったわね? これだけ人がたくさんいるのに」
「あ、はい。俺の魔法で探しました。割とすぐに見つかりましたよ」
「ふーん……さすがね」
ロードは説明を省いたが、彼は会ったことのある者ならば、生命エネルギーの形や色で対象を識別出来る。
どれだけ人がいても、見分けることは容易かった。
「で、わざわざそれを伝える為に探してくれたの?」
「あ、いえ、実は……ミュンさんに聞きたいことがあるんです」
「私に?」
「はい。以前から思ってはいたんですけど、バイザーさんがどこか……悲しそうに見えまして」
「……バイザーが?」
「ええ。本当に、なんとなくなんですけど。なので今回のことも……何か裏があるのかなと」
「そう……」
「あの、話したくなかったらすいません……その、ミュンさんが前に言ってた"あのこと"って……」
瞬間、ミュンの顔が曇った。
「すいません……」
「……ううん。そうよね……それしかない。あいつが変わったのは、間違いなくあれの所為だと思う」
「変わった……?」
「うん。信じられないと思うけど、あんなんじゃなかったのよ……あいつ。まぁ、もともと少し乱暴ではあったけど、少なくともソフィアちゃんを殴るような奴じゃなかった。今みたいに酷いことを言う奴でもね。何より……よく笑ってたし」
「そ、それは……」
「今の姿からは想像がつきませんね……」
「ふふっ……はぁ……よし、じゃあ話すわ。何があったのかを」
「ミュンさん……ありがとうございます」
「ううん……もっと早く話すべきだったのかもね。ただ、ちょっと嫌な話だから……聞きたくなくなったらそう言って」
「……はい」
「ん、あれは……1年くらい前かな。シュメールが段々と力をつけて、強国と呼ばれ始めた頃ね。あいつはまだSランク冒険者で、私は今と変わらず、シュメール冒険者ギルドの受付をしていたわ。でね、私達は……」
そうして、ミュンは語り始めた。
1人の男が、どこにもぶつけることの出来ない……激しい憤りを抱えてしまう話を。




