第351話:三つ巴
「ッ!」
「マジに使いこなしてやがる……!」
ソフィアの鋭い一撃に、別方向から同時に迫っていた2人の足が止まる。
あの日。
バイザーがソフィアに対し、冒険者を辞めろと強要した時、彼ら2人はあの場にいた。
そして、その目で見ている。
魔法を使いこなせず、泣き叫ぶソフィアの姿を。
故に、驚愕を禁じ得なかった。
つい1ヶ月前まで、まともに剣を浮かすことも出来なかった少女が今、間違いなく自分達の脅威となっていることに。
だが――――
「ぬぅんッ!」
気合いの掛け声とともに、残ったBランクの1人……ハンの持つ槍が炎を宿す。
「はぁッ!」
そして、もう1人のBランクであるヨローは、手のひらから水の球を生み出していた。
「……ッ!」
ソフィアは剣を手元に戻し、身体を半身に盾を構えた。
彼らとて、生半可な気持ちでこの場にいる訳ではない。
闘技大会での勝利は、彼らに富と栄誉をもたらすだろう。
しかし敗れれば、その姿を多くの人々に見られてしまう。
冒険者という、己の身一つでのし上らなければならない彼らにとって、他者の評価は生活に直結する。
更に、まだ二十代の彼らには当然野心があった。
彼らが闘技大会に参加したのは、決してバイザーに言われたからという理由だけではない。
もっと上に、もっと高みに。
そう想い、そう願い、そうしてこの場に立っている。
これ以上驚いている暇など、彼らにはなかった。
「ゆくぞッ!」
炎の槍を手に、ハンは一気に前へと出る。
しかしその直後、ヨローが放つ水弾が彼を襲った。
「くッ!?」
「ちッ……!」
間一髪でそれを躱したハンの目に、苦々しげな表情を浮かべるヨローの姿が映っていた。
瞬間、ハンは己の過ちに気付く。
それは至極単純な話。
Aランクの2人が潰し合っている今、必然的に勝ち上がるもう1人は、この3人のうちの誰かとなる。
ハンは予想外の出来事に動揺し、また、とにかくソフィアを排除しなければという思いに駆られ、つい彼女を攻撃対象にしてしまったが、真っ先に排除すべきは同じBランクであるヨローだったのだ。
"ソフィアと一対一になることさえ出来れば、まず間違いなくこちらが勝つ"。
ヨローは冷静にそう判断し、先にハンを攻撃したのである。
「お前……そうなってもいいということだな!」
「ハッ! リスクをとんなきゃ……残れねぇだろうがッ!」
リスク。
それはつまり、ソフィアより先に落ちるということ。
「おらおらおらぁッ!」
『おーッとヨロー選手ゥッ! 両手から水の弾を連射連射ァッ! ハン選手もソフィア選手も近付けなァいッ!』
当たれば必倒という訳ではないが、多段ヒットさせれば大木をも薙ぎ倒すヨローの水弾。
それが、2人に向けて文字通り雨のように放たれる。
ソフィアが一気に後退する中、ハンはそれを躱しながら前へと突き進んだ。
『ハン選手引かないッ! 徐々に距離を詰めていくぞォッ!』
『正しい選択です。引いていては勝機がないですし、三つ巴の今なら片方に集中出来ない。ただ、あまり相性がよくないですね』
ヨローの魔法は魔力から水を生み出し、それを放つ"水弾魔法"。
対して、ハンの魔法は"炎気魔法"。
魔力から炎を生み出し、それを纏って攻撃する魔法である。
遠距離と近距離の差に加え、ハンは属性の相性でも分が悪い。
『とはいえ、近付けさえすれば話は別です。あとは……ッ!?』
オルグレンが何かを言いかけた……その直後だった。
「なんッ……がばッ!?」
外れた筈の水弾が突如軌道を変え、ハンの顔面を……撃ち抜いていた。
「えッ!?」
ハンがゆっくりと崩れ落ちる中、放った本人であるヨローから驚愕の声が漏れる。
それもその筈。
彼の水弾は放ったが最後、それを操る術などない。
「まさかッ……!」
ヨローの視線が、慌ててソフィアへと向けられる。
だが、もう全てが遅かった。
「い、いつの間ッ……!」
「やぁぁぁあッ!」
彼の懐には既に……遠く離れていた筈のソフィアがいた。
そして――――
『き、決まったァァあッ! ソフィア選手がァッ! ヨロー選手のバッヂを奪取ゥッ! 同時にAランク同士の戦いも決着だァッ! 予選第1試合ッ! 勝ち上がったのはァッ! Aランクのヒックス選手と……なんとッ! Dランクのソフィア選手だァァァあッ!!』
「「「「うぉぉぉぉおぉぉぉぉおッ!!」」」」
「や、やった!」
「ソフィアッ……よかった……!」
闘技場に凄まじい歓声がこだまする中、ロードとレヴィも喜びの声を上げ、互いに抱き合いながら喜びを爆破させる。
そして、試合場に立つソフィアを誇らしげに見つめるのだった。
「はぁッ……はぁッ……ボ、ボク……」
「……負けたよ」
「あ……」
俯きつつも、ヨローは素直に負けを認め、ソフィアへと手を差し出した。
ソフィアがそれに応えると――――
「お前……すげぇな。頑張れよ」
そう言って、彼はニッと笑った。
「あ、ありがとうございますっ! 頑張りますっ!」
「おう! もう優勝しちまえ!」
「え、あ、その……は、はいっ!」
『くゥーッ! 戦いの中で生まれる友情ッ! こんなに素晴らしいものはないッ! さてッ! それにしてもまさに波乱の幕開けッ! Aランクのヒックス選手も見事な戦いぶりでしたが、なんといっても今大会最年少ッ! しかも、Dランクのソフィア選手ッ! 見事予選突破ですッ! いやぁ、どうでしたかオルグレン様!』
『ええ。最後の一瞬……ほんの僅かではありますが、ヨロー選手がハン選手だけに集中してしまいました。あそこが勝負の分かれ目だったと思います。また、何かに驚いていたようにも見えましたが、とにかくそれによってソフィア選手への意識が切れ、凄まじい速さで接近する彼女へ対応することが出来なかったのでしょう』
『なるほどッ! 確かにソフィア選手は速かったですね! まるで空を飛んでいるようでしたッ!』
『はい。恐らく魔法によるものでしょう。まぁなんにせよ、Dランクとは思えない……本当に素晴らしい動きでした』
『ですねッ! それでは皆さまッ! 見事予選を突破したヒックス選手とソフィア選手にッ……もう一度盛大な拍手をお願いいたしますッ!』
「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」」」」
こうして、ソフィアは一つ壁を乗り越えた。
だが、彼女の戦いは……まだ始まったばかりである。




