第350話:一直線
「あの実況め……余計なことを……」
「……レヴィさん?」
「あ、失礼いたしました……つい」
「はは……まぁ、気持ちは分かるけど。でも、とりあえずここまでは作戦通りだな」
試合場を眺めながらロードがそう言うと、レヴィは少し笑みを浮かべながら頷いた。
「ええ……ほぼ完璧と言ってよいと思います。人数と位置もそうですが、何よりも大きいのはあの2人……」
「そうだな。バイザーさんの取り巻きが……優秀で助かった」
残った7名の内訳は、Aランクが2名にBランクが4名、そして……Dランクが1名。
ロードが言った"バイザーの取り巻き"。
その2人がAランクである。
バイザーは試合前、取り巻きの冒険者達にこう言っていた。
"決して協力はするな。それが見えれば、闘技大会の品位は地に堕ちる"と。
故に、彼ら2人も協力することなく、実力でここまで残っていた。
だが、そんなことを周りが知る由もない。
もちろんロード達も、バイザーが事前にそう言っていたなどとは知らなかった。
だが、彼らがAランクであったことや、あのバイザーが近くに置いている以上、優秀な人材なのだと判断。
故に最後まで残り、このような状況、そして残された他の冒険者達が、どういった思考になるかの予想はついていた。
事実、彼ら2人とともに残っていたBランクの4人は、皆同じことを考えていた。
バイザーの取り巻きであるAランクの2人が、そうと分からないように協力していると。
その為、試合場は自然と4対2の構図になっていたのだ。
また、実力的にもAランクの2人が頭一つ抜け出ており、そうしなければ勝ち残れないという思惑もあった。
そこに現れたソフィアというイレギュラー。
これにより、試合場の混沌は加速する。
何度も触れている通り、誰もがソフィアより先に敗退したくはない。
だが、彼女を先に落とそうと動けば、他の者にその隙を突かれるのは必定。
かといって後回しにすれば、誰かが彼女より先に敗退することとなる。
誰もそんなリスクは背負えなかった。
状況を打開するには、Aランクの2人が協力し、Bランクの4人を各個撃破していくのが最良なのだが、それはバイザーによって止められている。
そうなると、2人のうちのどちらかが、半ば玉砕覚悟で先陣を切るしかないのだが、彼ら2人がソフィアより先に敗退することを最も恐れている以上、この選択肢はまずあり得ない。
また、Bランクの4人が協力し、Aランクの2人を倒すという選択肢もあるが、彼ら4人は完全な協力体制にある訳ではなく、互いにいつ裏切られてもおかしくないと考えていた。
だから誰も動けない。
……彼女以外は。
『誰も動か……い、いやッ!? ソフィア選手が動いているゥゥッ!』
「「「「「「ッ!?」」」」」」
直後、ソフィアが彼らへ向けて猛然と走り出す。
彼らからすれば僥倖。
だが、それ故に解せない。
己がソフィアの立場ならば、動かずに戦況を見守ることが最良の選択であり、誰もが自分を先に落としたいと分かっていて近付くなどあり得なかった。
それにより、全員の思考が停止する。
「ぐおッ!?」
「あがッ……!」
一瞬生まれた空白の時間。
先に抜け出したのは、Aランクの2人だった。
『決まったァァあッ! ソフィア選手に気を取られた刹那ァッ! Aランクのヒックス選手とヤイーダ選手の攻撃が炸裂ゥッ! Bランクのテリーヌ選手とワガイ選手がここで脱落だァァァあッ!』
「ちぃッ!」
「だったら……!」
これにより時が動き出す。
Bランクが2人落ち、均衡が完全に崩れた今、Aランクの近くにいる意味はない。
そう判断した残るBランクのハンとヨローは、互いに距離を取りつつ、2人同時にソフィアへ向けて走り出した。
「くッ!」
「やるしかッ……!」
Bランク2人がソフィアに向かったことにより、必然的にAランクの2人が取り残される。
ここで2人が戦わずにソフィアへと向かえば、誰がどう見ても協力していると判断されてしまうだろう。
協力こそしてこなかったものの、バトルロイヤルという不特定多数の敵がいるルール上、2人は無意識にお互いを避けていた。
だが、こうなった以上、2人は戦うしかない。
『戦況が一気に動き始めたァッ! 実況席側ではAランクの2人がッ! もう半分ではBランク2人とDランクの三つ巴だァァァあッ! どう思われますかオルグレン様ァッ!?』
『一対一と、一対一対一の戦いですね。この試合も大詰めということでしょう』
『なるほどッ! さァッ! 果たして勝ち上がるのは誰と誰だァッ!?』
「うッ……!」
「こ、こいつ魔法を!?」
ソフィアは既に足を止め、迫るBランクの2人を迎え撃たんと、己の剣を浮かせていた。
そもそも、ソフィアは彼らに突っ込むつもりなど最初からない。
膠着状態の中で、ただ1人自由な己が動くことにより、戦況を動かすきっかけを作りにいっただけである。
「……ソフィア、あなたはよく頑張りました。最初の攻防も、先の飛び出すタイミングも……見事という他ありません」
試合場を見つめながら、レヴィは聞こえる筈のない称賛を彼女に送る。
言うまでもなく、ここまでのほぼ全てがレヴィの考えた策の内であった。
だが、いかにレヴィとて、完全にこうなると予想出来ていた訳ではない。
その為レヴィは、あらかじめ可能性の高い他の状況のことも考え、それら全ての対処法をソフィアに伝えている。
故にソフィアは迷わず、ここまで冷静に動けていたのだった。
ただ、それだけではない。
彼女には、ロードやエクスカリバー、そしてレヴィとの日々があった。
ここまで上手くいったのも、その日々の中で得た……"自信"という名の努力の結晶があったからこそである。
そして――――
「私に出来るのはここまでです。ここから先は……あなたが自分で切り開くしかない」
「頑張れ……ソフィア」
そう。
レヴィの示した策はここまで。
格上との三つ巴は、彼女が自力で乗り越えるしかない。
「ふー……やるぞ……ボクはッ……!」
その時、ソフィアの剣が――――
「こんなところで……負けてられないからッ!」
彼女の意志通り、一直線に突き進んだ。




