第349話:角
開始直後、ソフィアの側にいた2人の男が、まるで示し合わせたかのように彼女へ向けて走り出していた。
彼らは互いにシュメールの出身ではあったが、別に普段から付き合いがある訳ではない。
そんな2人がソフィアを真っ先に狙った理由は二つ。
一つは戦いの定石である、"弱い者から潰す"という思考。
とにかく確実に数を減らし、己が生き残る確率を引き上げる。
多数戦においてはもっとも基本的で、もっとも重要な戦略の一つと言えるだろう。
だが、今回に限っては、もう一つの理由の方が大きかった。
それは、ソフィアより先に負けられないという、バイザーから与えられたプレッシャー。
この2人は互いにCランク。
正直に言って、あまり優秀な部類ではない。
バイザーが"足切り"に動いた話は当然聞き及んでおり、故に彼らは、いつ自分がその標的になるか分からないという恐怖の中にいる。
そして、それは彼ら2人だけではなかった。
「まずは予想通り……」
「ああ、あとはソフィア次第だ」
上から見ていたロード達はすぐに気付く。
最初の数秒で勝負の大半が決まるこの戦い。
それを分かっているにも拘わらず、ほぼ全員の動きが……とりわけ、ソフィア周辺の反応がやけに鈍いと。
それは、皆がソフィアの結果を気にしていたことに起因する。
彼女がすぐに敗退すると、全員がそう考えていたことは間違いない。
だが、それでも尚、万が一というものが存在するのがこの世の常。
彼女が誰よりも早く敗退してくれなければ、安心して戦うことが出来ないという枷が、彼らの動きを鈍らせ、思考を縛りつける。
そうして、彼ら2人は真っ先にソフィアへと狙いを定め、周りはそれを見て安心し、彼女から意識を外したのだった。
その後に、何が起こるかを知る由もなく。
「ハッ! 震えてやがる……!」
「馬鹿め! んな角にいたら何も出来ねぇだろうッ!」
ソフィアが立っていたのは角の先端。
それは、場外に落ちたら即敗北となる現状において、まさに死地中の死地と言える場所。
2人はソフィアを囲うように迫っており、逃げ場は一切ない。
更に、体格的にも、数の上でも有利であり、魔法がまともに使えないことも知っている。
しかも、当の本人は震えて立ち尽くすのみ。
その圧倒的優位性と、加えて先に述べたバイザーによるプレッシャーが、2人を"このまま近付いて押し出せばいい"という短絡な思考へと導いていた。
故に2人は魔法も使わず、ただ近付いて剣を振り下ろす。
彼女の策に、意識を巡らせることもなく。
「あいっ!?」
「ちょっ……!」
一瞬だった。
ソフィアはその低い身長から更に重心を落とし、2人の間をすり抜けて後方へと回り込む。
そしてそのまま、彼ら2人の背中を軽く蹴った。
「だばっ!」
「うがっ!」
2人は踏み止まれず、顔面から地面へと叩きつけられ、そのまま意識が遠のいていく。
意識が途切れる直前、彼らが最後に見たのは彼女の後ろ姿。
そして、彼らはのちに酒場で再開し、こう語り合う。
"なんかあの背中……かっこよかったよな"、と。
『脱落脱落脱落ゥッ! あっという間に半分以上がいなくなったァッ!! 展開が早くてよく分かりませェんッ! すいませェんッ!!』
『おー……こりゃ派手だねぇ』
場外、バッヂの紛失、戦闘不能により、一気に20名以上が敗退し、残る冒険者は22名。
さしものキャロルでも全ては捌き切れず、全体の状況を伝えるにとどまったことで、ソフィアが生き残ったことに誰も気付かない。
彼女にとって、それは何よりも幸運だった。
「はぁっ……はぁっ……!」
一瞬の出来事であったが、ソフィアの心臓は激しく脈打ち、彼女はそれを制するので精一杯になっていた。
初めての真剣勝負は、彼女に極度の緊張感を与え、初めての勝利は、彼女に凄まじい高揚感を覚えさせる。
「ふー……駄目駄目……まだ……終わってない」
ソフィアはその両方を噛み締めつつ、そのまま角に立ちじっと戦況を見つめる。
そして、自然と彼女の脳内には、前日にレヴィ達と交わした会話が流れていた。
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「……という訳で、恐らく試合形式はバトルロイヤルとなるでしょう。で、はっきりと申し上げておきます。今のあなたでは、まともに戦っても勝ち残れません」
「うぐっ……」
ほんとにはっきり言う……。
でも、事実だから仕方ない。
「……念の為にいっておきますが、これはあなたが弱いからではありません。正面からぶつかる一対一の戦いと、周囲全てを警戒しなければならない乱戦では、その立ち回りが全く違います。そして、もうそれを教えている時間はありません。よって、あなたに策を授けます」
「策……?」
「はい。常に角へと立ちなさい。少なくとも、背後が場外となるように試合場の端に立つこと……それが策です」
「えっ?」
角に端って……そんな危ないところに?
「あ、レヴィもニーベルグでやってたね」
「ふふっ……はい、そうですね」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。私の場合は、対戦相手の方をあまり傷付けたくなかっただけなので少々意味合いが違いますが、やることは基本的に同じです。狙いは一つ……相手を場外に出す。これだけです」
「場外に……」
「はい。恐らく……というより、ほぼ確実に、他の参加者達はあなたを下に見るでしょう。シュメールの冒険者はもとより、仮にあなたを知らない者でも、その外見を見れば無意識の内にそうなります。更に、あなたが多少演技でもすれば、何も考えずに迫ってくるでしょう」
確かに……そうなる可能性は高い。
「ですから、そこを討つ。エクスカリバー様と訓練をしたあなたなら、それくらいの芸当は余裕で出来ますよ。私の攻撃も躱せていましたしね。とにかく、何より危険なのが開始から数秒の間……私の予想では、恐らくそこで半分は消えます。これを乗り越える為には、背後から襲われるという危険を排除しなければなりません。角や端は、その為の位置どりという訳です」
なるほど……。
「まぁ、仮に場外へ飛ばされても、あなたなら問題ありませんからね。そういった意味でも、この位置どりが何より重要となります。いいですね?」
「はいっ! よく分かりました!」
「よろしい。で、首尾よく開始直後を乗り越えた後は……」
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『おーっとォッ! ラデン選手とヤナ選手が戦っているところにザビウス選手の雷魔法が炸裂ゥッ!! 2人まとめて戦闘不能だァッ! これで残るは6……あ、いやッ!? 試合場の端にィッ!? 今大会最年少のソフィア選手が立っていたァッ! ごめんなさい気付きませんでしたァァァァァアッ! ということでッ! 残るは7名ィッ!』
「なッ!?」
「あいつ残って……!」
ここでようやく、彼らはソフィアが残っていることに気付く。
運が良かったと言えばそれまでだが、開始直後に2人がソフィアへと向かった時点で、彼らは早々に彼女の存在を切っていた。
それが、こうなった一番大きな理由。
また、彼らは彼らで勝ち上がるのに必死であり、自分自身の戦いに集中したことや、ソフィアが気配を殺し、下手に動かなかったのも理由の一つだろう。
『ソフィア選手は他の6名からは若干離れて……おォッとォ!? これはどうしたァッ!? 全員の動きが完全に止まってしまったぞォッ!!』
ソフィアを除く6人は、互いにある程度の距離を取ったまま、ピタリとその動きを止めていた。
過程がどうあれ、ソフィアより先に落ちる訳にはいかない。
故に本当ならば、彼らは今すぐにでもソフィアを狩りにいきたかった。
だが、そう出来ない状況が、彼らを縛り付けていたのである。




