第335話:足枷
ア、アヴァン?
それって――――
「おい……今アヴァンって……」
「あ、ああ……じゃあこいつが……」
「たった1週間で、ギルドの月間ランキング2位になった……あの?」
ギルド内が急に騒がしくなる。
みんなの意識は既にボクから離れ、黒いフードを被ったその人へと向けられていた。
「つ、つか……バイザーさんの攻撃を片手で……」
「おいバカ……! バイザーさんがあのクズに本気出す訳ねぇだろ!」
「あ、そ、そりゃそうか……」
た、確かに……よかった……。
もしバイザーさんが本気だったら、この人だってただじゃ済まなかった筈だ。
それにしても……なんでボクを……。
「なるほど……お前がそうか」
低く響いたその声に、再びギルドが静まり返る。
それは、明らかに怒気をはらんでいた。
「……俺のことを知ってるんですか?」
「ハッ……お前、割と有名人だぜ? いきなり現れた……腕利きのSランク冒険者ってな」
「……そうですか」
「で? その有名人様が……なんでそいつを庇うんだ?」
「ひっ!?」
バ、バイザーさんの魔力が、さっきより更に強くなって……!
やっぱりさっきは本気じゃなかったんだ!
ど、どうしよう……ボクの所為でアヴァンさんが……!
「失礼いたします」
「えっ……あっ!?」
後ろから女の人の声が聞こえた直後、ボクは抱き上げられ、そのままギルドの受付まで一瞬で連れていかれていた。
「ソフィアちゃん! 大丈夫!?」
「え、あ、ミュ……ミュンさんっ……?」
「ごめんね……私がいなかった所為でこんなことに……」
「そ、そんな……ミュンさんの所為じゃないですっ! ボクが弱いから……そ、それであの……この人は?」
「あ、うん……私、ちょっと配達に出てたの。そしたら、受付を任せていたシドニーちゃんから連絡があったのよ。ソフィアちゃんが……バイザーに酷いことされてるって」
「ソ、ソフィアちゃんごめんね……わ、私じゃどうすることも出来なくて……だからミュンさんを呼んだの。本当にごめんね……」
シドニーさん……泣いて……。
「ありがとうございます……シドニーさん」
「で、急いでギルドに戻ってきたんだけど、そしたらアヴァンさん達がちょうど戻ってきたところで……」
「まぁ、そういうことです。私の名はアルム。ロー……んんっ! ア、アヴァン様にお仕えしている者です。以後、お見知り置きを」
「え、あ、はい……よろしくお願い……じゃなくって! このままじゃアヴァンさんが……!」
バイザーさんに殺され――――
「大丈夫ですよ」
……え?
い、いやっ!
「だ、大丈夫って……アヴァンさんがいくら強くても、バイザーさんはSSランクですよ!? あの人は本当に……!」
「ええ、確かに。バイザー様の実力は、間違いなく本物だと思います。ですが、恐らくアヴァン様の方が……上ですから」
「……え?」
アヴァンさんの方が……上?
な、何を言って……。
「いつまで黙ってるつもりだてめぇ!」
「これはシュメールの問題だ! よそ者は引っ込んでろ!」
怒号が飛び交い、ギルドが異様な雰囲気に包まれていく。
それでもアヴァンさんは微動だにせず、ただ黙ってその場に立ち続けていた。
「おい! さっさとそのガキをこっちに渡せ!」
「そうよ! あんたがいなくなればいいだけなんだから!」
そんなアヴァンさんに業を煮やしたのか、その矛先がボクらへと向けられる。
そうだ……ボクがいなくなれば……。
「い、いい加減にしなさいよあんた達! ソフィアちゃんが何したっていうのよ!? この子がどんなに大変だったか知りもしないで……!」
ミュンさん……。
「そ、それとこれとは話が別なんだよ!」
「ミュンさんには悪いが、今回ばかりは引き下がれねぇ! そのガキは……"無能"なんだぞ!?」
「……"無能"?」
「ッ!?」
その時、ボクは確かに感じた。
ほんの一瞬だけ……アヴァンさんの魔力を。
そして、それは多分ボクだけじゃない。
だって、アヴァンさんの声が聞こえた瞬間……みんな黙ってしまったから。
それは……それ程までに……。
「……そういうことだ」
そんな中で、バイザーさんだけが口を開く。
そして、アヴァンさんへと一歩近付いた。
「お前が庇ったそのガキは、魔法を使えない"無能"なんだよ。さっき試しに魔法を使わせてみたが……クックックッ……ひでぇもんだったぜ? 操作魔法だっていうからよ、お前の足元に転がってる剣を渡したんだが、浮かせるだけで精一杯って感じの……」
「浮いたんですね? 少しでも」
「……だったらなんだ」
「なら、あの子は"無能"じゃありません」
……え?
「なんだと……?」
「もし本物の"無能"だったら、剣を浮かせるどころか、まともに動かすことすら出来ません。何故なら、自分が授かった本当の魔法を知らないから。そもそも、本物の"無能"なんて……この世界にはいないんです」
ど、どういう……。
「お前……何を言ってやがる?」
「……とにかく、あの子が"無能"でない以上、あなたが手をあげる理由はない筈です。違いますか?」
静まり返ったギルド内に、アヴァンさんの凛とした声だけが響く。
みんな、ただただ驚いていた。
話の内容がよく分からなかったってこともあったと思う。
けど、それよりも……あのバイザーさんに意見する人なんて、あの人以外にはいなかったから。
「うぜぇな……お前」
……空気が重い。
そして息苦しかった。
まるで、喉が焼けてしまったように。
「仮にお前の言う通り、そいつが"無能"じゃなかったとしよう。だがな、関係ねぇんだよ。そいつがクズであることに……変わりはねぇんだからな」
「……どういう意味ですか?」
「足枷がついてりゃ歩きにくい。だから、ぶち壊して外す。ただ……それだけのことだ」
「足枷……」
そのアヴァンさんの声が、ボクにはひどく悲しげな感じに聞こえた。
何故だかは……分からないけど。
「ギルドにとって、そいつは寄生虫みたいなもんだ。潜み、喰らい、成長を阻害する……そして、決して表に出ることはない。見込みのないクズはいらねぇんだよ。そいつのように……なんの成長もない奴を排除するだけだ。分かったらそこをどけ。じゃなきゃ……お前も潰す」
バイザーさんの手が赤く……!
本気だ……本気でアヴァンさんを……!
「すいませんが……」
「……ッ!」
「どく訳にはいきません」
……空気が……震えていた。




