第336話:ファン
「う……わ……」
髪の毛が逆立つような感覚と同時に、全身の肌が粟立つ。
そして、見えない何かに押されるように、ボクの足は勝手に後ろへと下がっていた。
仮にボクが100人いても敵わないであろう、バイザーさんの魔力を上回る……その圧倒的な魔力によって。
「お、お前は……いったい……」
「……ギルドにとって"邪魔だから"という理由だけで手を出すというのなら、俺は黙っていられません。たとえ……あなたと戦うことになったとしても」
……こんな人が本当にいるんだ。
見ず知らずの誰かの為に、前に出られる人が。
「あ、あり得ねぇ……」
「何この……とんでもない魔力……」
「じょ……冗談だろ?」
「こ、これ……バイザーさんより……」
「……るせぇぞお前らッ!」
「ひっ!」
「魔力の多寡が全てじゃねぇんだよ! んなことも分からねぇから2流なんだお前らはッ! おいお前、俺と戦うと言ったな? ハッ……上等じゃねぇか。お望み通りやって……」
「……なんの騒ぎだ?」
聞こえてきたその声に、全員の視線が一気に階段へと向かう。
そして――――
「マ、マスター!」
「ウルフリック……」
190センチを超える大きな身体を揺らしながら、シュメール冒険者ギルドのマスター……ウルフリックさんが姿を現したのだった。
「……そういうことか」
ギルド内を見回した後、立派な顎髭を撫でながら、ウルフリックさんは静かにそう呟いた。
「バイザー……確かに俺は好きにしろと言ったが、やり方を違えるなとも言ったよな?」
「ハッ! 今更現れて何を言うかと思えば……酒浸りのロートルは引っ込んでろ」
「ククッ……酒浸りのロートルねぇ。ま、否定は出来ねぇか。だがな、これでも一応ギルドマスターなんだよ。ほれ、全員今すぐここから失せろ。さもなきゃ本部に通達して、お前らの資格を剥奪しちまうぞ? 冒険者同士の私闘が禁止されてるのは知ってるよなぁ?」
「ウルフリック……お前……!」
「ウルフリック"さん"……だ。15も下のくせに、俺を呼び捨てにすんじゃねぇ。おい、いつまでぼーっと突っ立ってやがる……さっさといかねぇか!」
「バ、バイザーさん……今日は……」
「ちッ……」
バイザーさんの魔力が収まっていく。
それと同時にアヴァンさんの魔力も……よ、よかった……。
「……お前、アヴァンとか言ったな? 借りは返すぜ……必ずな」
バイザーさんはそう言ってアヴァンさんを睨みつけた後、今度は……ボクを……。
「ソフィア……これで終わったと思うなよ?」
「う……」
「いい加減にしなさいよ!」
ミュ、ミュンさん……。
「この子が何をしたっていうの!? なんでいきなりこんな……なんで……!」
「……うるせぇ。駄目なんだよこのままじゃ。舐められたら終わりなんだ……俺らはな。分かるだろ……ミュン」
「ッ! ……早く出てって」
「……言われなくてもそうするさ。今日のところはな。いくぞお前ら」
そうして、バイザーさんは仲間の冒険者達を引き連れてギルドから出ていった。
それを追うように他の人達もギルドを後にし、ギルドに残った冒険者は、ボクとアヴァンさん達だけになった。
「やれやれ……」
「ウルフリックさんのおかげで助かりました。ありがとうございます」
「フ……バイザーの魔力に加え、お前のとんでもねぇ魔力を感じたからな。慌てて部屋を出たんだが……もうちっと早く来るべきだった。悪かったなソフィア」
「あ、いえ、こちらこそご迷惑をおかけして……」
「いや、お前が謝ることはねぇよ。悪いのは……つか、目立っちゃまずいんじゃなかったのか? ……ロードよ」
え?
今……ロードって……。
「ウ、ウルフリックさん……!」
「あ、やべ。おいお前ら忘れろ。こいつはアヴァンだ。な?」
「いやいやいや。今完全にロードって……あれ? というかその名前……どっかで聞いたような……」
「ボ、ボク知ってます……今年冒険者になった人の中で、唯一Sランク以上になった超大型新人……ニーベルグ闘技大会優勝、ダンジョンでの神獣討伐、ギリシアの第一次竜族防衛戦でも活躍したっていう、その冒険者の名前が……ロード=アーヴァイン」
「ソフィアちゃん……随分詳しいわね」
「あ、その……ファンでして……」
年齢は違うけど、同じ年に冒険者になったこともあり、ボクは勝手な親近感を覚えていた。
一緒にするだけ失礼なのは分かってるんだけど、情報誌なんかで活躍を見る度に胸が踊って……。
気付けばロードさんは、ボクの心の支えになっていたんだ。
「ファンだってよロード! だっはっはっ!」
「え、あ、じゃ、じゃあ! やっぱり本物のロードさんなんですね!?」
「あ、やべ」
「ウルフリックさん……」
「……ロード様。これはもう無理かと」
「だな……」
そう言うと、2人はフードを外して――――
「騙すような真似をしてすいません。本当はアヴァンではなく、ロードといいます。こっちはレヴィ」
「レヴィです。名を偽っていて申し訳ありません。改めてよろしくお願い致します」
本物の2人が……ボク達に頭を下げていた。
「あ……う……」
あれっ!?
こ、声が出なっ……!
うう……き、緊張しすぎて……!
「あ、いえいえ! さっきはありがとうございました! おかげでソフィアちゃんが……あ、えっと、マスターは知ってたってことですよね?」
「ん、まぁな。ブライトシャフト家の御当主様から直々に連絡があってよ」
「ブライトシャフト家? それってブランスくんの……」
「あ、あのっ! ロードさん!」
や、やっと声が出た……。
「ん?」
「た、助けていただいて……あ、ありがとうございます……」
「あ、いや、気にしないで大丈夫だよ。俺がそうしたかっただけだからさ」
うわ……か、かっこいい……。
あ、じゃなくって!
「え、えっと……確かロードさんはSSランクでしたよね? でも、今はSランクで名前も変えて……あ、第一次ギリシア防衛戦以降、ロードさんは消息不明になっていた筈……ボ、ボク凄い心配で……今日までの間に、いったい何があったんですか?」
「え、えーっと……それは……」
「ソフィア……一旦落ち着け」
「あ、す、すいません! ボ、ボク……」
うー……何を1人で舞い上がってるんだボクは……!
「ここじゃなんだし、俺の部屋で話そう。バイザーのこともあるしな……ロードもいいか?」
「そうですね……分かりました」
「シドニー、悪いが残務処理を頼む。終わったら戸締りして帰んな。あと、もちろんこのことは他言無用で頼むぞ」
「あ、は、はい! 分かってます!」
「ごめんねシドニーちゃん……あとよろしく」
「大丈夫です! お任せ下さい!」
「よし、じゃあついてこい」




