第333話:邪魔者
「おーソフィア! ようきたようきた! 元気そうじゃな」
「こんばんはマビーさん。リウル草を持ってきました」
採取を終えて町に戻ってきたのは、もう日が落ちた後のことだった。
魔物に遭遇しないようにやっていると、どうしても遅くなってしまう。
「ありがとうな。ふむふむ……量も質も問題なしじゃわい。これがないと困るでな。いつも助かっとるよ」
「よかった……あ、これ受領書です。サインをお願いします」
「んむ……しかし、いつも頼んでおいてなんだが……冒険者を続けるのは大変じゃろう?」
「え? あ、はい……まぁ……」
確かに大変なことは多い。
以前魔物に追い回された時は本当に死ぬかと思った。
たまたま近くに他の冒険者の人がいて助かったけど、そうじゃなかったら今頃……。
「15歳の女の子がなぁ……ほれ、書けたぞい」
「あ、はい」
「ソフィア、深くは聞かんがな……なんか困ったことがあれば言ってくれ。ワシに出来ることなら力を貸すからの」
「……ありがとうございます。じゃ、また来ますね」
「うむ。また頼むのう」
「はい。それじゃ」
―――――――――――――――――――――
「あ……」
マビーさんの病院を後にし、冒険者ギルドへと戻る道すがら、通りを歩く親子が目に入る。
「……いいなぁ」
つい口に出たそれが、鼻をつんと刺激する。
「泣くな泣くな……泣いたら負けだぞ」
お父さんもお母さんも冒険者だった。
正確に言うと、お父さんは現役で、お母さんは元だけど。
いなくなった日も、特に変わった様子はなかった。
お父さんは冒険者ギルドに、お母さんは……なんだったかな……まぁとにかく、2人とも朝早くに家を出たのを覚えてる。
ボクはお母さんが作ってくれた朝ご飯を食べながら、2人を見送ったんだ。
"いってらっしゃい"って。
で、2人は帰ってこなかった。
それだけ。
もちろん探した。
冒険者ギルドにも行った。
多分、ミュンさんはその時にボクを見て、あとでたまたま見つけて声を掛けてくれたんだろう。
他にも、お母さんが買い物をする店にも聞きに行ったし、衛兵さんにも伝えて探してもらった。
けど、何も分からなかった。
意味が分からなかった。
"なんで?"って――――
「ん……」
いつの間にか、冒険者ギルドの前に立っていた。
どうやら、考えている間に着いついていたらしい。
「おっと」
危ない危ない……この時間だと、多分あの人達がいる。
静かにドアを開け、こっそりと中を覗いてみる。
「やっぱりいたか……あー……ミュンさんがいない……」
ミュンさんの前ではみんな大人しくなる。
多分、あの人の前ではいい格好をしたいのだろう。
つまり、今見つかったら間違いなく絡まれるという訳だ。
「ふぅ……」
意を決して中に入る。
出来るだけ気配を殺して受付に……。
「ん? よぉ……ソフィアじゃねーか」
ああ……見つかった。
「こ、こんばんは……バイザーさん……」
この町には、3人のSSランク冒険者がいる。
言わずと知れた黄金世代の1人……"箍なし"のブランス。
シュメール冒険者ギルドのマスター……"王翼"のウルフリック。
そして、最後の1人がボクの目の前にいる……"爆蓮"のバイザー。
ブランスさんは滅多にギルドへ来ないし、ギルマスであるウルフリックさんは、何か問題でもない限り、3階にある自室から出てこない。
つまり、このバイザーさんこそが、シュメール冒険者ギルドの実質的なトップにいるという訳だ。
ここ最近、流れの冒険者が増えたとはいえ、SSランクの冒険者はそうそういるものではないらしく、結局その地位は揺るがなかった。
「クックックッ……依頼終わりか?」
「あ、はい……一応……」
「毎日毎日ご苦労なこったなぁ……お花摘がそんなに楽しいのかねぇ」
う……始まった。
「はは……ボクにはこれくらいしか……」
「いい加減目障りなんだよ……このクズが」
「え……」
直後、騒がしかったギルド内が静まり返る。
そして、その場にいた全員がボクを見ていた。
どこか……蔑んだ目で。
「あ、あの……ボクが何か……」
「……ギリシアのこともあってか、シュメールを根城にする冒険者が増えた。なんせ数だけならケルトにも匹敵するって話だ。となると、次に求められんのは……なんだか分かるか?」
「えっ……え、えっと……その……」
「質だよ」
「し、質……?」
「おいベニー、このクズにも分かるように説明してやれ」
「はい」
Aランク冒険者のベニーさんは、バイザー派と呼ばれるグループの1人。
バイザーさん自身はパーティを組んでいないが、彼の近くにいれば何かと都合がいいのだろう……そういった人は、ベニーさん以外にも少なからずいた。
というより、そもそもシュメール冒険者ギルドには、バイザーさんに逆らう人などいない。
グループに入っていなくとも、みんなどこか彼の顔色を窺っているのだ。
正直、性格は最悪だけど……それだけの力がバイザーさんにはある。
「お前みたいな底辺冒険者は知らないだろうが、冒険者ギルドの支部にはランクがある。それは依頼の平均ランク、達成数、成功率、冒険者の数などで算定されるのだが、中でも重要視されているのが……所属している冒険者の平均ランクだ」
「平均ランク……」
「単純な話、冒険者の平均ランクが高ければ高いほど、そのギルドは優秀であるとみなされるんだよ。現在、シュメールの平均ランクはB−だ。因みに、ケルトの平均ランクはA。オリンポスに至ってはA+と、Sに近い数字が出ている。これだけ言えば……分かるだろ?」
「え……あの……」
「ベニー……お前優しいな。だが、それじゃこの馬鹿には伝わらねーよ」
「す、すいません……」
「いや、俺がはっきり言っちまえばよかったんだが、こいつと話してるとイラついちまってよ。さすがの俺も……小娘に手を出したくはねぇからな」
……怖い。
心臓がきゅってなる。
な、なんなの?
ボクが何を――――
「お前さ、冒険者……辞めろや」
「……え?」
や、辞め……?
「な? 分かってねぇだろ?」
「マ、マジかよこいつ」
「今の流れで分かるだろ普通……」
「バイザーさん……こいつ、いったいどんな思考回路してんすかね?」
「クックックッ……さぁな。真面目に生きてりゃなんとかなるとでも思ってんじゃねぇか? ……んな訳ねぇのによ」
よ、よく分からないけど……!
「あ、あのっ……ボクは……」
「冒険者ギルドのランクっつーのはな、言っちまえば単なるブランドよ。だが、そいつがでけぇのさ。ケルトやオリンポスの冒険者ギルドと聞けば、誰もが"ああ、あの優秀な"と、口を揃えて言うだろう。冒険者も増え、依頼の数もそれに比例して増えちゃいるが、シュメールはまだまだ発展途上だ。所詮、オリンポスやケルトのおこぼれを貰ってるだけの2流ギルド……それが世間の評価。俺にはそいつが我慢ならねぇのよ。アルメニアが潰れ、ギリシアもあのザマ。ティーターンはレアに押されて慌てふためいてやがる。ま、レアはレアで国が1個潰れたりしてるみてぇだが……まぁ、とにかくだ。5大国家の均衡が崩れた今、シュメールはもはや強国と言っても過言じゃねぇ。だから、まずは数字で証明してやんのさ」
その時、バイザーさんが椅子から立ち上がる。
勝手に足が震えていた。
怖くて前が見れな――――
「ひっ!?」
気がつくと、目の前にバイザーさんが立っていた。
そして、手を膝に置き、ボクにゆっくりと顔を近づけた。
「平均ランクを上げるにはどうすればいいか……分かるよな? 簡単な話だ」
「あ……」
「そうだ……下を切ればいい」
そっか……そういうことか。
ボクは馬鹿だなぁ……なんで分からなかったんだろう。
「ギルドカードを渡せ。邪魔なんだよ。お前みたいなクズに……冒険者を名乗る資格はねぇ」
……言ってることは分かる。
確かにボクは底辺だ。
魔法も弱いし、身体も貧弱そのもの。
これから先、ランクが上がる可能性は……かなり低い。
シュメールの冒険者ギルドにとって、きっとボクは邪魔者なんだろう。
でも……。
「い、嫌……です……」




