第332話:最底ランク
エクスカリバーは空を見上げ、「ふぅ」と一つ息を吐く。
そして、微笑みながらゲイボルグへと手を伸ばした。
「今回は……我の勝ちだ」
「……ちッ」
ゲイボルグは頭をかいた後、ゆっくりと顔を上げる。
「握りたかねぇが……ご主人様と約束しちまったしな」
ゲイボルグはエクスカリバーの手を借りて立ち上がると、今度はその手を逆に掴んで空へと掲げた。
その直後――――
「お、おいっ!?」
「ちょっ……エ、エクスカリバー!?」
エクスカリバーの身体が、ゲイボルグにもたれかかるように突如崩れる。
慌ててロードが近寄ると、彼女は完全に気を失っており、そのまま静かに寝息を立てていた。
「……気を失っただけみたいだな」
「ちッ……これならあたいの……」
「……ゲイボルグ?」
「わ、わぁってるよ……負けは負けだ。結局、あたいは全部出したとこで満足しちまった。けど、こいつはそれ以上を……ま、認めるしかねーわな」
勝敗を分けたのは、技でも力でもなく、その想い。
ゲイボルグは戦い自体に重きを置き、エクスカリバーはその先を求めた。
それが、この結果を生んだのだろう。
「……ほれ、さっさと魔力を抜いてくれ。怪我はほっときゃ勝手に治る。この聖剣様もな」
「ん……じゃあ、また呼ぶよ。とにかく今はゆっくり休んでくれ」
「はいよ。ま、割と楽しめたし、今回はそれでよしとするさ。んじゃ……またな」
「ああ……またな」
ロードは2人から魔力を抜き、聖剣と魔槍を拾い上げる。
どちらにもところどころ亀裂が走り、それが今の激しい戦いをそのまま表していた。
「お疲れ様……2人とも」
「見事な戦いであったな」
「トライデント……」
いつの間にか、ロード達を囲うように3人が立っていた。
「すごかったねぇ! あ、優勝おめでとう! エクスカリバー!」
「お二方ともお疲れ様でした。ロード様も」
「うん。あ、みんな満足してくれたかな?」
「もちろん! みんなも中で大興奮だよ! 色々あったけど、息抜きは成功なんじゃない?」
「そっか……なら良かった」
「ロード様、これからどうなさいます? お昼にはまだ早いかと……」
「ん、そうだなぁ……とりあえず……」
ロードは試合場を見渡す。
芝生は剥がれ、土は抉られ、美しかった庭は、武具達の激戦によって無残な姿へと変わっていた。
「……後片付けからかな」
「ふふっ……かしこまりました」
「あたしも手伝うよ!」
「よし、ならば妾は……それを見守るとしよう」
「えー!?」
「ははっ!」
こうして、武具達の息抜きは終わりを告げた。
しかし、彼らはまだ知らない。
それが、戦いの日々という木陰に差し込む……木漏れ日のような時であったことを。
―――――――――――――――――――――
「ん……」
あー……もう6時か……起きなきゃ。
「んしょ……んんー……!」
ベッドから降りて背伸びをした後、ボクはカーテンを開け、そこから見える綺麗な町並みを1人眺める。
朝焼けに照らされたシュメールの町は、いつも通り輝いていた。
「……うん。今日も頑張ろ」
顔を洗った後に軽めの朝食を済ませ、身支度を整える。
ランプ、ナイフ、非常食に地図、各種魔石、それから剣と盾。
「よし……じゃ、行ってくるね。お父さん、お母さん」
窓際に置かれた棚の上。
楽しそうに笑う2人の写真にそう告げ、ボクは冒険者ギルドの2階にある部屋を後にした。
「ミュンさん、おはようございます」
「あ、おはよう。今日も早いわねぇ」
まだ他の冒険者がいないからか、広い冒険者ギルドの1階に、ボクら2人の声がやけに響く。
因みに、冒険者ギルドの受付嬢であるミュンさんはかなりの美人で、面倒見がよく優しいこともあってか、シュメールの冒険者達はみんな彼女の虜らしい。
「ボクは弱いから……せめてこれくらい早く動かないと駄目なんですよ」
……他にも理由はあるけど、またミュンさんが気にするから言わないでおこう。
「ふふっ……まだまだこれからでしょ? 冒険者になってから半年しか経ってないし、あなたはまだ15歳だもん」
もう半年も経つのか。
……お父さんとお母さんがいなくなってから。
あまり考えないようにしていたから分からなかった。
「はい……でも、未だにDランクだし、魔法も剣も全然で……あ、ごめんなさい。また愚痴を……」
「いいからいいから。お姉さんはいつでも相談に乗るわよー! なんでも言ってね!」
ミュンさんはいつもそう言ってくれる。
ボクがこうして冒険者をやれているのも、ほとんどミュンさんのおかげだ。
身寄りもなく、住んでいた家を追い出され、町を1人彷徨っていたボクに声をかけてくれたのはミュンさんだけだった。
それからこの冒険者ギルドに連れてきてくれて、2階にある宿泊施設まで貸してくれて……。
ただ、冒険者じゃないと泊まれないっていう規約があったから、最初は形だけでもってことで冒険者登録をすることになって、それからしばらくはミュンさんがお金を払ってくれてたけど、申し訳なくなったボクは本格的に冒険者になることを決めた。
まぁ、他にも理由はあったけど。
ただ、残念ながら、ボクには剣も魔法も才能がなくて、半年経ってもランクは上がらなかった。
普通ならC、早い人ならBにはなってるのに。
だから、ボクがこなせる依頼はDランクでも最低の……。
「……ありがとうございます。じゃ、いつものありますか?」
「もちろん。あなたの為に分けといたわ。3つあるから好きなのを選んでね」
カウンターに3枚の依頼書が並べられる。
依頼内容は全て採取。
しかも、まともに戦えないボクに出来るのは、モンスターの素材などではなく、薬草や鉱石を集めるという……採取依頼の中でも最底辺のもの。
宿泊費を含めた生活費はギリギリ稼げるけど、これじゃランクが上がらないのも当たり前だ。
でも、それしか出来ない。
モンスターと戦うなんて……ボクには無理だから。
「えっと……じゃあこれを」
「ん、リウル草の採取ね。あ、マビーさんがいつもありがとうって言ってたわよ。あと、今度また顔を見せて欲しいって」
マビーさんはよく採取依頼を出すお医者さんだ。
このリウル草の依頼もそう。
何回もやってるから、ボクの名前を覚えてくれたらしい。
「そうですか。こっちこそお礼を言わないと……いつも採取依頼を出してくれて助かりますって」
「うふふ……そうかもね。でも、持ちつ持たれつだと思うわよ? 本当に必要だから依頼を出してる訳だしね」
「……だったら嬉しいです。じゃあ、今日はボクが届けますよ」
「あら、助かるわー! 最近冒険者が増えたじゃない? 配達してる暇もなくてねぇ……じゃ、受領書を持っていってくれる?」
「はい。分かりました」
「ありがと。じゃ、今準備するわね。えーっと、確かこっちに……」
受領書を探すミュンさんを待っている間、カウンターに置いてある書類なんかを眺めていると、ふとあるものに目が止まった。
「あ……また……」
「え? あ、ああ……これね」
今日の日付が入った依頼受注書。
つまり、ボクより早く今日依頼を受けた人がいるってことだ。
今まではボクが一番で、みんな大体8時くらいにギルドに顔を出すんだけど、1週間くらい前からボクより早い人が現れていた。
「確か名前は……」
「アヴァンさんね。ランクはSで、2人組のパーティよ。2人とも黒いフードを被ってるから顔は分からないけど、声と名前からしてアヴァンさんは男性、お付きの人は女性かな。最近シュメールに来たって言ってたけど……あれはかなりの手練れね。通常なら数日は掛かるSランクの討伐依頼も、朝受けて夕方には帰ってくるもの。2つ同時とかもやっちゃうし」
「凄いですよね……」
ミュンさんに聞いた話じゃ、今シュメールの冒険者ギルドはその人の話で持ちきりらしい。
いきなり現れた謎の凄腕冒険者。
誰もいないうちに依頼を受け、夕方に帰ってくる時も、みんなが気付かないうちに報告を済ませて去っていく……。
正直、凄過ぎて嫉妬する気にもならない。
まぁ、ボクもそれくらい強くなれたらとは思うけど……。
「でも変なのよね。それくらい強かったらSSランクになっててもおかしくないのに……ギルマスも"知らねぇ"としか言わないし」
「うーん……何か理由があるのかもしれませんね」
「多分ねー。ま、別にいいんだけどさ。依頼が減って助かるし。どんどん溜まるからね依頼……最近ホント忙しい……あ、ごめんごめん。私が愚痴っちゃった。はいこれ受領書。サインだけ貰ってくれればオッケーだからさ」
「分かりました。じゃ、行ってきます」
「ん! 気を付けてね! ソフィアちゃん!」
「はいっ」
そうして、ボクは冒険者ギルドを後にした。




