第330話:聖魔
「動かないでくださいね〜」
椅子に座るエクスカリバーの足に、アスクレピオスの杖が優しく触れる。
「手間をかけるな」
「いえいえ〜じゃあいきま〜す」
「お、おお……痛みが和らぐ……」
エクスカリバーの傷口が、段々と埋まっていく。
これにより、人型の状態ならば、アスクレピオスの力が武具にも効果があることが分かった。
「しっかしさぁ……やっぱりエクスカリバーは強いね! あのガラドボルグに勝っちゃうんだもん!」
「フッ……」
メルが興奮気味にそう言うと、エクスカリバーは少し笑った後に顔を伏せる。
「まぁ、素直には喜べぬがな」
「えっ? なんで?」
「ひょっとして……ガラドボルグは本気じゃなかったのか?」
ロードの言葉に、エクスカリバーは静かに頷いた。
「確かに全力ではあったやもしれぬが、それはあくまで殺さぬ範囲でのもの。もし兄上がその気なら、この首が跳んでいた可能性は高い」
エクスカリバーはそう謙遜したが、実際のところは分からない。
仮にガラドボルグがその気であれば、彼女の戦い方もまた変わっていただろう。
「そうなんだ……でも、とにかくかっこよかったよ! エクスカリバー!」
「あっはっはっ! そうかそうか……では、その賛辞は素直に受け取っておこう」
「あ、終わったよ〜どうかなぁ?」
「ん、うむ……問題ない。礼を言うぞアスクレピオス」
アスクレピオスによる治療が終わり、エクスカリバーは椅子から立ち上がって頭を下げる。
「ほんと? 効果があってよかったぁ〜」
「ありがとなアスクレピオス。また呼ぶよ」
「は〜い! じゃあ頑張ってね〜中から見てるよ〜」
「うむ。さらばだ」
笑顔で手を振るアスクレピオスから魔力を抜き、ロードはメルに彼女を手渡す。
そして、代わりに黒き魔槍を受け取った。
「結局残ったのは……お主ら2人という訳だ」
「我としては、貴公とも是非戦ってみたかったのだがな……トライデントよ」
「ふふ……褒め言葉として受け取っておこう。さて、主どの。ルールは先と同じでよいのかな?」
「ん、そうだな。今更元に戻す訳にもいかないし……まぁ、一応ゲイボルグにも聞いてみよう」
ロードが魔力を込めると、黒き魔槍は人型へと形を変え、彼らの前にすっと降り立つ。
そして――――
「当然制限はなしだ」
開口一番、満面の笑みを浮かべながらそう言ったのだった。
「だよな……」
「たりめーだろ? なぁエクスカリバー」
「フッ……後悔するなよ?」
「ひっひっひっ……てめぇがな」
両者の身体から魔力が迸る。
初めは単なるいがみ合いであった。
互いに気に入らない。考え方が合わない。ただそれだけのこと。
しかし今、2人の想いは少しだけ変化していた。
無論、いけ好かないことには変わりない。
だが、手帳越しに見たその戦いぶりに、両者はある種の真摯さ、または気高さを感じたのだ。
表面には現れなかったそれが、互いの印象を僅かに好転させたのである。
「……じゃあ、2人とも中央へ」
2人のやりとりに険悪さがないと気付き、ロードは静かにそう言った。
「ねぇ……どっちだと思う?」
ロードについて歩く2人の背を見つめながら、メルは囁くように2人へ問い掛ける。
トライデントは「そうさな……」と呟きながら、その細い指を顎へと当てた。
「制限がなくなった以上、エクスカリバーに遠距離攻撃は意味をなさない。特に、ゲイボルグの槍はガラドボルグのそれと違い、そうそう連発出来るものではないからな。魔槍が放つ必殺の一撃は、完全に封じられたと言っても過言ではなかろう。つまり、ゲイボルグが勝つ為には……地力であれを超えねばならんという訳だ」
「あのエクスカリバーに……」
「ええ。ですが、ゲイボルグ様の速さはエクスカリバー様を大きく上回っています。また、戦いのセンス、とでも言えばいいのでしょうか……あの発想力と対応力は驚異です。いかにエクスカリバー様とはいえ、簡単に御し切れる相手ではない……正直なところ、どちらが勝ってもおかしくはないと私は思います」
「うむ。妾も同じ意見だ。総合力は五分と五分……故に、勝敗は天のみぞ知る、といったところであろう」
「うーん……どっちが勝つのかなぁ……」
メル達が見つめる中、試合場の中央に立った両者は、微かに笑みを浮かべながら武器を構える。
遂に辿り着いた最後の試合が、いよいよ始まろうとしていた。
「これで最後だ。2人とも……悔いのないようにな」
「元はといやぁ……こいつはあたいらから始まった戦だ」
「うむ。我らが残ったのは、ある意味必然だったのやもしれん」
「ひっひっひっ……感謝するぜぇ。必然によぉ」
「フッ……我もだ。ゆくぞ……ゲイボルグ」
「きな……エクスカリバー」
直後、両雄の身体が微かに沈む。
膝を軽く曲げ、重心を前へと落とし、顔からは険が消えていた。
脱力から生まれる推進力。
それを、己が好敵手へと全力でぶつける為に。
そうして、ロードの右手が空へと上がる。
その時、なんとも心地よい……爽やかな風が吹いた。
「……始めッ!」
瞬間、両雄の後方に芝生混じりの土が舞う。
身体は限界まで地面に近付き、倒れぬように最短で足を前へと出す。
待ち焦がれたその刻に、身体は自然と最短距離を選択していた。
先に届いたのは漆黒の魔槍。
それは、踏み込んだ足から伝わる力を腰へと送り、そこで更に捻りを加え、両腕を押し出すように繰り出されたゲイボルグ最速の一撃。
だが――――
「あれを潜か……!」
トライデントから漏れた、嫉妬に近い驚愕の声。
ブロンドの前髪に刃が触れた刹那、エクスカリバーは右へと傾きながらそれを躱し、一気に懐へと潜り込んでいた。
手にした聖剣は地面と平行に並び、そのままゲイボルグの右脇腹を引き裂かんと唸りを上げる。
最速を放つ為の深い踏み込み。
ゲイボルグには、カウンターを躱す距離も時間もない。
故に魔槍は、その場で地面を蹴った。
「と、跳んっ……!」
刹那の選択。
メルの声が響く中、引くことも受けることも出来ないと判断した彼女は、垂直に跳んで膝を抱いていた。
直後、先刻まで身体が在った場所を聖剣がすり抜ける。
その時、両者の視線が空中で交わった。
そうして、互いに同じことを思う。
"なんと楽しそうに笑うのか"……と。
エクスカリバーはそのまま駆け抜け、ゲイボルグは槍を地面に突き刺し、反動を利用してその場から離れた。
間合いが開き、2人は同時に振り返る。
「……やるな」
「フッ……貴公も」
言葉を交わした刹那、両者は再び大地を蹴った。




