第329話:兄上
ガラドボルグに通ずる道は、彼が生み出した見えない斬撃により、その全てが塞がれていた。
彼女の言う通り、まさにそれは剣の森。
何人をも阻む"斬気"の結界であった。
しかし、エクスカリバーはそれを理解して尚、一切臆することなく、立ち並んだ見えない剣へ向けて走り出す。
「うぬッ!?」
「勇敢と蛮勇は似て非なるものだ……エクスカリバー」
途端に鳴り響く、おびただしい数の剣撃音。
既に"在った"斬撃とは別、新たに生み出された斬撃も加わり、途切れることのない雨音のようなそれが鳴り響き続ける。
エクスカリバーは空気の流れからそれを察知し、紙一重で攻撃を防ぎ続けていた。
だが、前に出したい筈の足はその場で止まり、ガラドボルグに近付くことすらままならない。
「あ、あれじゃ近付けないじゃん……」
「ええ……言うまでもなく、あれを防ぎ続けているだけでも凄い……こと……」
前後左右、いつどこから来るかすら分からない斬撃。
前方から迫る斬撃を剣で受け止め、後方からの斬撃は半身で躱し、足元の斬撃をすくい上げ、その流れのまま右から迫る斬撃を斬り伏せる。
一連の動作に一切の無駄はなく、まるで全てを読み取っているかのようなその流麗さに、見ている者全ての目が釘付けとなっていた。
「……見事だ」
「はい……ですが、このままでは……」
「あ……っていうか、エクスカリバーはなんで"巻き戻し"を使わないのかなぁ……使えば消せるんじゃないの?」
「無論、一時は消せよう。だが、ガラドボルグの"斬気"には溜めがない。消したところで、すぐに新たな斬撃が来るでな。あの間合いでは意味がないのだ」
「それに、"巻き戻し"には多くの魔力を必要としますからね……連発を避けたいのかもしれません」
「そういう……やっぱりガラドボルグって強いなぁ。本人は腕を組んで立ってるだけなのに、あのエクスカリバーがてんてこ舞いだもん」
「ふふ……まぁ、そう見えても仕方ないが、あれはかなりの集中を要する筈……当然魔力もな。見た目ほど楽ではないと思うぞ。もしこのまま長期戦になるようであれば、苦しいのはガラドボルグの方であろうな」
「我慢比べ……という訳ですね」
「然り。懐に入ればエクスカリバーに勝機が生まれ、入らせずにねじ伏せればガラドボルグの……さて、どちらが先に根を上げるかな?」
そうトライデントが呟いた刹那、左右から同時に迫る見えない斬撃に、エクスカリバーは身体を沈めて前へと出る。
受け続けても勝機はないと判断した彼女は、強引に前へと出ることを選択していた。
だが、その直後、新たな斬撃が正面から迫り、彼女はそれを剣で受けつつ、斜め前へと足を運ぶ。
「うッ!?」
このままでは……そう思っていたのはガラドボルグとて同じこと。
躱しやすい左右の斬撃は"誘い"であったと、彼女が理解した時にはもう遅い。
「そこには既に……"置いて"ある」
ガラドボルグは前へと出る理由を与え、更には正面からの斬撃を調整し、そう動くしかない流れを作りあげる。
結果、エクスカリバーの道は限定され、そうなったのは半ば必然であった。
「ちぃッ……!」
刹那、彼女の足に激痛が走る。
まるで、ナイフのように小さな"斬気"。
地面を覆うように生えたそれに気付いたのは、もう踏み抜いた後のことであった。
瞬間、エクスカリバーのうなじがざわめく。
上下左右、全ての方向から迫る見えない斬撃。
躱す足は既にない。
防ぎ切れる数でもない。
故に彼女は――――
「"原点に帰す聖剣の導き"ッ!」
伝家の宝刀……いや、宝鞘を掲げたのだった。
「ッ!」
直後、ガラドボルグの刃が、全て彼へと"巻き戻る"。
それら全てに対処しつつ、エクスカリバーを追っていたその目が……大きく見開いた。
「魔力のッ……!」
「はぁぁぁぁぁあッ!」
"巻き戻し"を使うことは予想していた。
故に彼は足を奪ったのだ。
間合いの外でならば、打ち消されても対処出来ると判断して。
だが、エクスカリバーには魔力を剣に纏わせ、強大な一撃を放つという必殺がある。
だが、それを彼女は移動に使っていた。
彼女は"巻き戻し"を使った直後、地面に剣を向け、魔力を放出することで前へと跳んだのだ。
「くッ……!」
「遅いッ!」
"巻き戻し"による一瞬の空白。
更に、予想外の速さで間合いを詰められたことによる焦りが、ガラドボルグの集中を削ぎ、"斬気"の具現化を阻害する。
瞬き一つが命取りとなるこの戦いにおいて、それはあまりにも致命的な隙。
そうして、ガラドボルグの手が、己が天剣へと伸びる刹那――――
「……見事だ」
「兄上……実によい戦だった」
光り輝く聖剣が、ガラドボルグの喉元へと突き付けられていた。
「そこまで! 勝者……エクスカリバー!」
―――――――――――――――――――――
「2人とも、お疲れ様」
勝敗が決し、剣を納めた2人をロードが労う。
「うむ」
「敗れはしましたが、満足のいく戦いでした。このような機会を与えていただき感謝しかありません」
「そうであるな……改めて礼を言わせてくれ主人よ」
兄妹はそう言って、満足げに笑ってみせる。
それだけで、ロードはこの大会を開いてよかったと、そう感じたのだった。
だが、その直後に思い出す。
――――まだ終わってはいないということを。
「では、私はこれで」
「あ、ああ……そうだな。また呼ぶよガラドボルグ」
「はい。エクスカリバー……勝てよ」
「……うむ。ありがとう兄上。また会おう」
「ああ。次は共にな」
微笑むガラドボルグから魔力を抜き、ロードとエクスカリバーはレヴィ達のいる場所へと歩き出す。
と、その時――――
「つッ……」
「あ、エクスカリバー足……」
「う、うむ……治そうと思えば治せるのだが、この程度で力を使うのもな……」
エクスカリバーの能力は、同じものに使う度に効力が弱まってしまう。
今使うには、少々過ぎた力であった。
「うーん……アスクレピオスなら治せるかな?」
「そうであるな……この姿ならばあるいは」
「よし、とりあえず向こうの椅子まで行こう。肩を貸すよ」
「お、すまぬな」
「ん……」
ロードの肩に手を回し、エクスカリバーはそう言って微笑む。
その表情と距離の近さが、ロードの頬を赤く染めていた。
「む? どうかしたか?」
「あ、いやっ……なんでもない……」
レヴィに悟られてはならないと、ロードは強く思ったのだった。




