第322話:靴
「はへあぁぁぁ……」
……いた。
すんごいだらしない顔と格好で。
「……何やってんだお前」
「のわっ!? ちょっ……!」
アイアスの声に驚き、カフヴァールは慌てて起き上がる。
あーあーよだれが……。
「仮にも女だろお前……こんなところで股広げて寝転がってんじゃねーよ。パンツ丸見えだったぞ」
「う、うるさいな! っていうか、見ないでよこの変態っ!」
「別に見たくて見た訳じゃねーよ」
「なっ……このっ! と、とにかく! これが私の至福のひとときなの! 太陽の光を浴びるのが! もうっ! 乙女の時間を邪魔しないでよね!」
よだれを拭きながら乙女と言われても。
「で? なんの用?」
ブロンドの短い髪についた寝ぐせを手でとかし、橙色のワンピースについたシワを叩きながら、カフヴァールは不機嫌そうに俺達を睨みつける。
といっても、見た目が10歳前後なのであまり怖くはないのだが。
「わざわざ呼びにきてやったってのにこいつは……飯だよ飯」
「えっ!? ごはん!?」
途端に目を輝かせるカフヴァール。
見ていて飽きない子だ。
「ああ。今アガートラムとレヴィが準備……」
「それを早く言ってよー! そしたら怒鳴らなかったのにぃ!」
はは……。
「てかヴィーザルは? もう下にいるの?」
「あ、いや、俺達も今探してて……」
「ん? おいロード……あれ」
「えっ?」
アイアスにそう言われ、屋敷の裏手にある森へ視線を移すと、その入り口付近から巨木がにゅっと横に突き出ているのが見えた。
「な、なんだあれ……」
そのまま見ていると、今度は巨木が上下に揺れ始め……というより跳ねてる……?
「俺っちの蹴りは〜なんでも壊すぅ〜カッチカチのガッチガチぃ〜っとぉ……」
……なんか変な歌まで聞こえてきた。
「おいヴィーザル!」
「うおう!?」
アイアスの声に反応して、巨木の跳ね方が更に激しさを増していく。
そうして、森から巨木が完全に姿を表すと……。
「おー! なんでぇおめぇら! そんな高いとこ登っちまってよぉ! 楽しそうだなおい!」
片足で巨木を蹴り上げながら歩くヴィーザルが……そこにいた。
「ヴィ、ヴィーザル……何してるんだ?」
「おー旦那! 何ってそりゃ薪拾いでさぁ!」
「ま、薪……」
「へい! ちょちょいと蹴り倒してきやした!」
「け、蹴り……」
た、確かに……ヴィーザルの力なら簡単なことかもしれないけど……。
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ヴィーザル 不壊の鉄靴
神に創られた伝説の靴。
天界にのみ存在する金属に、神が魔力を注ぎながら創られたこの靴には、絶対に壊れないという呪いがかかっている。
また、この靴を履いただけで脚力が上昇し、巨大な岩をも一撃で粉砕出来るという。
ただし、濡れてしまうと効力を発揮出来ない。
武具ランク:【S】
能力ランク:【S】
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「俺っちの力なら朝飯前でさぁ!」
それにしても……細身ですらっとしてて顔も整っている所為か、喋り方とのギャップがすごい。
まぁそれは置いといて、そもそもこの屋敷は……。
「あんた……バカじゃないの?」
「ちょ、カフヴァール……!」
「あ、あんだとこの娘っ子! 俺っちのどこがバカだってんでい!?」
ヴィーザルはそう言いながら、銀色の靴で巨木を蹴り上げ続ける。
着ている白い服がかなり汚れてることからも、彼が頑張ってくれたことは分かるのだが……。
「この屋敷の動力は……全部魔石よ」
「はんっ!?」
直後、巨木が彼の足をすり抜けて大地を揺らす。
どうやら知らなかったらしい。
「ま、ませ……き……?」
「何よあんた……魔石も知らないの?」
「ば、ばっきゃろい! 魔石くらい知ってらぁ!」
「だったら分かるでしょ? 薪なんかいらないのよ。魔力を込めればちょちょいのちょいなんだから」
「……」
……黙っちゃった。
「分かったなら、それ邪魔になんないとこに置いてきなさい。いいわね」
「……はい」
「まったく……もうちょっと考えてから行動しなさい。そもそも、そんな大きい木を薪にするのはかなり面倒よ? 切るのも手間だし、乾かすのだって時間がかかる。てか、なんで枯れ木を選ばなかったの? あんたひょっとして……蹴り倒し甲斐がある奴を選んだんじゃないでしょうね?」
「あ、いや……その……」
「図星なのね? ダメよ木は大切にしないと。あんたそれがその大きさになるまでどれくらい……」
……なんかお母さんみたいだ。
見た目は子供なのに。
「こっちも……長くなりそうだな」
「そうだねアイアス……」
「ちょっと! 聞いてんのあんた!」
「は、はいっ! 聞いてやす!」
カフヴァールの説教が終わったのは、それから30分後のことであった。
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「「「「いただきます」」」」
「「はい、召し上がれ」」
色々あったが、やっと食事にありつけた。
……うん……やっぱり美味い。
「ロード様、お味はいかがでしょう?」
「ああ、美味しいよレヴィ。アガートラムもありがとな」
「いえいえそんなぁ……あ、それからロード様? わたくしのことはラムとお呼びくださいと何度も……」
「あ、ああ……分かったよラム」
「いやーん! 嬉しいです! はいっ! ロード様こちらもどうぞ!」
「あ、うん」
「……ラム様? ロード様はご自身のペースで召し上がられております。余計なちゃちゃを入れないように」
「あら……やきもち?」
「ラム様!」
今までの武具達にはいなかったからな……こういう人は。
あ、トライデントがいたか。
タイプは全然違うけど。
「まったく……それにしてもロード様、左手でのお食事も慣れてきましたね」
「本当によろしかったのですか? わたくしを使わなくても」
「ん、ああ……大丈夫だよ。いい機会だし、左手も右手くらい使えるようになれば便利かなって。今までも、両手に武器を持つ機会が多かったから」
「なるほど……」
「そうでしたか。まぁ、なんにせよわたくしは嬉しいですわ。こうしてロード様と一緒にお食事が出来ますし」
「そっか。それなら良かったよ」
「はいっ! あ、言っておきますが、あなた方は食べ過ぎないように。ロード様の食べる分が減りますので」
「この対応の差よ……ま、うめぇからいいけど」
「なかなかね! おかわりちょうだい!」
「俺っちバカで……はぁ……うめぇっす……」
ヴィーザル……まだ落ち込んでるな。
あれだけボロクソに言われた無理もない。
「ロード様、2回戦はこの後すぐに?」
「ん、そうだねレヴィ。みんな待ってるだろうし、早い方がいいかな」
「分かりました。では、先に行って準備を」
「ありがとう。頼むよ」
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「ふぅ……ごちそう様」
「お粗末様でした。では、食後の紅茶をお淹れしますわ」
「ん、ありがとう」
「あ、私らにもちょうだいよ」
すかさずカフヴァールがラムにそう言う。
私"ら"というあたり、なんだかんだ優しい子なんだなと思った。
「……仕方ありませんわね。お待ちなさい」
「やりぃ!」
「ナイスだカフヴァール。もうすぐ始まるみてぇだし、手帳へ戻る前の最後のお楽しみってとこかね」
「今日から2回戦だっけか? 誰が勝つんだろうねぃ」
あ、そういえば……。
「4人とも参加してないけど、こういうのには興味ないのか?」
「んー……ねぇことはねぇが、俺らは武器じゃなくて防具だからな。武器連中とやり合ってもジリ貧なんだよ」
「そうね。例えば、私は相手の視界を奪えるけど、その後が続かないのよ。攻撃手段がないからね。そもそも私の場合、一発喰らったらそれで終わりだし」
「俺も似たようなもんだ。斬撃なら防げるが、結局返しの一手がねぇ。つか、ヘラクレスとかトライデントに当たったら降参するしかねぇしな。やっぱ防具ってのは武器があってこそなんだよ」
「なるほどな……あ、でもラムとヴィーザルは?」
「俺っちはこの靴以外無防備だからねぃ。今勝ち残ってる連中なんかにゃ勝てねぇでしょうなぁ」
「わたくしもこの右手だけでは……」
ラムはそう言いながら、魔銀の腕を左手で撫でる。
「それに、わたくしの力は"所有者の意思を力に変える"というものです。ですから、ロード様から離れている時点で満足に力を発揮出来ませんわ。鉄の板を打ち抜くくらいは出来ますが……」
「え?」
十分だと思うけど……。
「ただいま戻りました」
「あ、おかえりレヴィ」
「準備完了です。いつでも始められますよ」
「分かった。それじゃ……闘技場に行こうか」




