第320話:暫し
突如としてアナの微笑が焦燥へと変わり、ズィードは出しかけた足を止めていた。
「ま、まさかそんな……!」
アナはそう呟きながら、後方にある城へと思わず振り返ってしまう。
彼女は告げられていた。
その力により、排除すべき対象が別にいたという事実を。
ズィードは一瞬戸惑った後、瞬時に状況を把握してニヤリと笑う。
無論、アナの魔法を完全に見破った訳ではない。
だが、彼女が何を感じ取ったのかは理解出来たのだ。
恐らく既に……事が為されたということを。
「……どうかしたかい?」
ズィードの言葉を受け、アナはゆっくりと振り返る。
そこに先程までの笑みはなく、ただただ鋭くなったその瞳が、ズィードを嫌悪するように光っていた。
「あなたは……いえ、あなた方は……」
アナがその力により知り得たもの。
それは、シェリルとカレンが何者かに担がれ、城から連れ去られたという事実。
因みに、それはディンが誰かに見られてもいいようにと"念の為"にそうしただけであり、2人は怪我も気絶もしていないのだが、アナの力はそれを察するまでには至らないものであった。
「おいおい……いきなりどうした? 俺にも分かるように説明してくれや」
「白々しいことを……最初からそれが目的だった訳ですか!」
「あー……こりゃすっとぼけても無駄か。よく分からんが、便利な力を持ってるみてぇだな」
「いったいどこまでが……!」
「なるほど……そこまでは分からないってことか。つか、あんたの言葉を受けるなら、俺は"死にゆく者"なんだろ? だったらよ、俺が返す答えは一つだけだ……"死人は何も語らない"」
「……ッ!」
直後、ズィードの手が夜空へと掲げられる。
アナは既に理解していた。
いや、理解して"しまう"。
「"読める"のか"感じる"のか、それとも"見えてる"のかは知らねぇが、止められるもんなら……止めてみな」
「くッ!」
「事は済んだようだし、今はこのまま引いてやるよ。んじゃ……あばよッ!」
そうして振り下ろされた必殺の拳が、轟音とともに大地を砕き粉塵を巻き上げる。
「ぐぅッ……!」
瞬間凄まじい爆風と衝撃が襲いかかり、アナはその場に立っていることがやっとの状態となる。
やがて身体が自由になる頃、巻き上がった粉塵が冷たい風に運ばれていった。
「……やられましたね」
ズィードはまさに一陣の風の如く消え失せ、ただ1人残された彼女はそう呟く。
そうして、ゆっくりと空を見上げた。
「今暫く……お待ちを」
彼女は城へと向き直り、通信魔石を取り出して魔力を込めた。
『俺だ』
「クロス様……も、申し訳ありません……」
そうして、時は現在へと至る。
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深夜2時。
バーンとの戦闘、ズィード達の襲撃が終わり、レア城の一室には既にクロスとアナ、それにムムとチャムリット、そしてフェイクが集まっていた。
「……ジェイドとリセルは?」
「ああ……」
暗い室内にクロスの声が響き、それにフェイクが応える。
「2人とも治療中だ。ジェイドの方は意識がある……が、リセルはまだ起きねぇ。血を流し過ぎたからな……まぁ、チャムリットほどじゃねぇが、あいつの再生能力も並みじゃない。現に腕はくっつき始めてるし、そのうち起きるだろうよ」
「そうか……」
「んなことより、シェリルとカレンが連れ去られたのは……マジなんだな?」
フェイクの沈んだ声に、部屋の空気がより一層重くなる。
「……ええ。全て……私のミスです。申し訳ありません……」
絞り出すようなアナの声に、フェイクは額へと手を当てる。
慰めも励ましも出来ず、彼はただ沈黙するしかなかった。
「リセルに……なんて言えば……」
「チャムリット……」
フェイクも同じことを考えていた。
だが、リセルは既に知っている。
恐らくもう……シェリルが側にいないということを。
「……ムムは賊と接触していないんだな?」
「う、うん……隠れてたから……」
「それも私の……」
「いや、賢明だ。ムムが賊と接触していれば、恐らくシェリル達のように連れ去られていただろう。で、やはりシェリル達は"視え"ないか?」
「うん……ダメ……なんていったらいいか分からないんだけど……うーん……ち、近付けない? みたいな感じかな」
「近付けない……か。敵の魔法である可能性が高いが、カレンの魔法であることも否定出来ないな」
クロスを始め、カレンの魔法は全員が知っている。
無論、その詳細などは分からないが、カレンを発見した際にムムの魔法がある程度防がれたことから、今もその可能性があることは想像出来た。
「じゃあ、カレンは自分の魔法を知ってたってことか?」
「それは分からん。無意識に使用している場合もあるし、そもそも魔法を防ぐ手段はいくらでもあるからな。ただその場合、賊は我々の魔法……特に、ムムのそれを知っていたということになる」
そう。
カレンが無意識にせよ自発的にせよ、自身の魔法を発動していなかった場合、敵はムムの魔法による追跡を予見し、それを防ぐ為の手段を最初から用意していたということになる。
「それって……」
「……ムムの魔法を知っているのは俺らだけ。つまり、裏切り者がいるって……そう言いてぇのか?」
フェイクの低い声だけが、薄暗い部屋の中で響いていた。
込められた怒気を感じて尚、クロスは表情一つ変えずに口を開く。
「可能性が高いのは……シェリルだ」
「大将……!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「シェリルには迷いがあった。それは全員が知っている筈だ」
「ッ!」
「そりゃ……! け、けどよ! リセルとあいつはマジで親友だった! それを置いていく訳がねぇだろ!?」
「そ、それにシェリルは仲間なんだよ!? 辛い目にあった私達のッ……い、今私達がするべきなのは、疑うことじゃなくて救うことなんじゃないの!?」
「2人とも落ち着け……あくまでも可能性の話だ。証拠も何もない、ただの戯れ言だと思っていい。それはさておき、今はこれからどうするかを考えねばならん。無論、シェリルの捜索も含めてな」
「ちッ……」
この時、既にクロスは確信していた。
シェリルは黒。
カレンとの接触が、彼女をそうさせたのだと。
バーンを発見したのが偶然だったとしても、それにより手薄になったことを知っていたかのようなタイミングでの突入、脱出後のムムへの対応、更にはズィードが残したという"事は済んだ"という言葉が、その疑念を確信へと至らせていた。
とはいえ、クロスもまた、確かにリセルとシェリルの関係性については疑問が残っている。
しかし、彼女が拒否した可能性も高いと、クロスはそう考えていた。
リセルにとって、ティタノマキアは家族同然。
どちらを選ぶか考えた末、より長くいた方を取るのは決して不自然ではないと。
「……北の戦争も大詰めだ。それを疎かにする訳にはいかない。シェリルの捜索は……別働隊に任せるとしよう」
「別働隊って……あの2人のこと?」
「いや俺が……!」
「お前は顔が割れている。不適任だ。あの2人は俺とアナのみしか知らん。あのズィードが関わっている以上、恐らくシェリルを攫ったのは正規の存在……どこぞの国が背後にいる可能性が高い。拷問などはしないだろうが、口を割らせる魔法は別だ。故に、シェリルが知らない者でなければ意味がない。それに、こういう時だからこそ……あれらは有効なのだ。今は俺を信じろ」
「で、でもよ……!」
「フェイク……悔しいけど、今はそうするしかないよ……」
「チャムリット……」
「たから、私達は……リセルをさ……」
「……ッ!」
チャムリットの言葉に、フェイクは悔しげに歯を噛みしめる。
そうして、深くため息を吐いた後――――
「……分かったよ」
そう言葉を、絞り出した。
「……今後はここを拠点とする。今は休め。追って新たな任務を言い渡す」
その言葉で話は終わり、ティタノマキアの長い夜もまた終わりを迎える。
そして、この日を境に……世界は大きく動いていくのであった。
―――――――――――――――――――――
「ふわぁ……んー……!」
あくびに背のび……可愛い。
「むにゃ……あ、ロード様! 見てくださいほら!」
「ん? おー……」
レヴィに言われ、窓から外を見る。
降り注ぐ日差しが、一面に広がる芝生を青々と輝かせていた。
「いい天気だなぁ……」
昨日の続き……決闘するにはもってこいの1日になりそうだ。




