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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第6章:木漏れ日の時

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第319話:震え

 

 直後、ズィードの踏み込みが、幾何学模様に並べられた色レンガを瓦礫に変える。

 発動した"無力化魔法"により、空気抵抗や重力など、自身の枷となる一切の抵抗を無力と化し、硬く握り締めた拳をアナへと――――


「ッ!?」


「ふふっ……」


 反応すら困難な、誇張なく音速を超えた一撃。

 だが、握り締めた右の拳は空を切り、まるで耳元で囁かれたかのような麗しい笑い声が、目を見開く彼の右の鼓膜を僅かに震わせていた。


「ちぃッ……!」


 その不快な音を搔き消すかの如く、続けざまに放たれた右の回し蹴り。

 やはり音速と謳えるそれも、なんの感触もない空気を穿つのみに終わる。


「……素晴らしい。よくぞ……いえ、とにかくお見事です」


 距離を置き、アナは両手を開いて笑っていた。

 まるで、ズィードを見下すように。

 少なくとも、彼にはそう見えた。


「相手が私でなければ、間違いなく初撃で即死だったことでしょう。まぁ、当たらなければ意味などないのですが」


「てめぇ……」


「ふふ……言っておきますが、あなたを侮っている訳ではありません」


 それを察したのか、アナはやはり笑みを浮かべながらそう告げる。


「素直に驚嘆しているのです。躱すことで精一杯なのは……初めてのことですから」


 それは、偽りなきアナの本心。

 無論、ズィードがそれを知る由もなく、邪魔な感情を排除して残ったのは……"本気の一撃を躱された"という事実のみ。

 その事実を飲み込んだ直後、既にズィードの思考は切り替わり、"何故躱されたのか"という一点に注がれる。


「ったく……なんで俺の相手はこんなんばっかりなのかねぇ……」


 そう悪態をつきながら、ズィードは思考を研ぎ澄ませる。

 放ったのは音速の一撃。

 それを見てから反応出来る者はそういない。

 バーンのような身体能力や反射神経、または経験値からもたらされる"読み"など、戦闘に特化したタイプならば"まだ"理解出来る。

 だが、目の前の女はどう考えてもその類いの使い手ではない。

 となると必然的に……その力は絞られる。


「私の魔法は分かりましたか?」


「ハッ……うるせぇよ」


 まるで心を読んだような問いを受けても、ズィードにさしたる動揺はなかった。

 そういう使い手との戦いも、彼の力の礎となっている。

 そして、目の前にいる女もまた……その系統の使い手であると、ズィードは既に確信していた。


「ふふっ……まぁ、大体あなたの考えている通りだと思いますよ? ただし……そう単純なものでもありませんが」


 その言葉に、ズィードの眉が微かに動く。


「……見かけによらず、よく喋りやがる女だな。その調子で……てめぇの魔法も語っちゃくんねぇか?」


「それはお断りします。相手の力を暴くのも興の一つ……あなたからそれを奪いたくありませんから」


「ちッ……やっぱ女には、口じゃ勝てそうにねぇ」


「ふふふ……では、そろそろ……なッ!?」


「……あん?」


 その時、彼女の力が彼女へと告げていた。

 自身が既に……踊らされていたことを。



 ―――――――――――――――――――――



「シェリル様!」


「ッ!?」


 地下牢に響き渡る男の声に、シェリルの肩が激しく揺れる。

 彼女は咄嗟に鉄格子から手を離し、声のした方へと視線を向けた。


「あ……」


「やはりこちらにおいででしたか……ご無事でなによりです」


 現れたのは、彼女もよく知る協力者の1人であった。


「既にご承知のこととは思いますが、賊がこの城に迫っております。私はアナ様の命でここへ……あなた様をお守りするようにと」


「そ、そうでしたか……」


「ご不安だとは思いますが、ここは元より隠された場所……存在を知らなければ、決して辿り着けません。それに、もし何かあれば私が盾となります。どうかご安心を」


「……ええ。ありがとうございます」


 彼が発した自身を案ずるその言葉は、今の彼女にとっては何よりも辛い言葉であった。

 だが、もう迷いはない。

 故にシェリルは……通信魔石へと魔力を流すのだった。


「クックックッ……ざまぁねぇぜ。天下のティタノマキア様が大慌てじゃねぇか」


「……!」


「カレン様……」


 "出来る限り攫われたように見せかける"。

 事前の取り決め通り、シェリルがティア達を呼んだことを察した彼女は、わざとそうやって悪態をついた。


「このままあたいを連れ去ってもらいたいねぇ。そうじゃなきゃ、さっさと殺して欲しいもんさ」


「カレン……!」


 シェリルもそれに乗じる。

 彼女やカレンの安全を第一に考えれば、"裏切った"より"連れ去られた"ことにした方がいいのは当然であり、更に、もしこれが"裏切った"と判断された場合、その疑いの目は……間違いなくリセルにも向けられるだろう。

 それだけは、なんとしても避けなければならないと、シェリルはそう考えていた。


「そんなことにはなりません……あなた様も私が守ります」


「ハッ……頼んじゃいねぇんだよんなこたぁ! あたいは1人で静かに暮らしてぇんだ! あたいにとっちゃなぁ……てめぇらこそが悪なんだよッ!」


「カレン様……!」


「あたいは世界なんさどうだっていい! てめぇがてめぇの人生を送って何が悪いんだ!? ああ!? ただでさえ"無能"なんつークソみてぇなハンデをもらってんだ……余った残りくらい好きにさせろよコラァッ!」


「お、お気持ちは……!」


「……いや、分かってねぇな」


「ッ!?」


 地下牢に響く低い声。

 咄嗟に振り返った協力者の男の視界に、顔を隠した3人の賊が映っていた。


「ば、馬鹿な……何故ここが……!」


 彼は瞬時にシェリルの前へと立ち、現れた侵入者達を睨みつける。


「おいおい……分かる分からない以前に、こんな薄汚ぇところに女の子を閉じ込めるなんざ……非道にも程があるんじゃあねぇのか?」


「ちッ……ここは私がなんとかします。おい貴様ら! 何者かは知らぬが、この方々には指一本触れさせんぞ! 世界を救えるのはティタノマキアのみ……その邪魔はさせんッ!」


「……駄目だなこりゃ。会話にならねぇ」


「世界を堕落させる悪しき者どもめッ! 我が魔法の前に散るがいい! はぁぁぁぁぁッ……つぁッッ!!」


 そうして、気合いと共に放たれた火球は――――


「ぬんッ!」


「へあッ!?」


 ディンの気合い……いや、彼の魔法によって一瞬で霧散した。


「な……なな!? ば、馬鹿なッ!? 我が渾身の魔法を触れもせずにッ!?」


「……さて、今度はこっちの番だな」


「ぐ……うッ……! シェ、シェリル様お逃げ……!」


「ふんッ!」


「あっ!?」


 その時、彼の視界が大きく揺れる。

 まるで……陽炎のように。


「お……がッ……!」


 直後、身体を突き抜ける凄まじい衝撃に、彼の膝が意思とは関係なく勝手に折れる。

 そうして崩れ落ちるように倒れた彼は、そのまま眠るように意識を失ったのだった。


「「シェリル!」」


 2人はそれを見届けた後、シェリルに駆け寄ると同時に彼女を抱きしめる。


「ティア、アスナ……ありがとう。ディンさんも」


「おう。どうやら上手くいきそうだな」


「ええ。それにしても凄いですね……何もかも触れずに……」


「"波動"っていうらしいよ」


「は、"波動"……?」


「ああ。俺の魔法は"波動魔法"。簡単に言や、空気の震えって感じかな。因みに、震わせ方一つで色々出来るぜ。簡単な傷なら癒すことも可能だし、今みたいに敵を内部から攻撃することもな」


「内部から……」


 シェリルは倒れている男に視線を向ける。

 どこか悲しげなその表情を見て、ディンは彼女の頭に優しく手を置いた。


「あ……」


「心配すんな。かなり手加減してある。気を失ってるだけだ」


「……すいません」


「いいんだ。気持ちは分かる。本当にな」


「……自分でも分かってはいるんです。でも、やっぱり申し訳ない気持ちが……」


「もしもーし……お取り込み中悪いんだけどさぁ、とりあえず出してくんねーか?」


「あ、ご、ごめん!」


「つか、さっさと逃げようぜ? もうこんなところに1秒だっていたくねーんだよあたいは」


「確かに……のんびり話してる場合じゃなかったな。んじゃ、自己紹介は後にして……脱出するぞ」


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