第306話:価値観
「「「「う、うわぁぁぁぁぁあッッ!!」」」」
「あ、ば、馬鹿やろッ……てめぇら……!」
ピリオドの喝も虚しく、恐怖と焦燥が怒りを飲み込み、彼らの足を2人の男から遠ざける。
やがて残ったのは、気を失って地に伏せる男達と、怨嗟の表情を浮かべて立ち尽くすピリオドのみとなった。
「ク、クソ……どもがぁッ!」
「ほれみろ。おっさんがやり過ぎるから……」
「いやいやいや……お前だって大概だろうが。まぁ、いいさ。1人残っ……お?」
その時、ピリオドへとゆっくり近付いていた2人の足が同時に止まる。
残された彼から溢れ出る……強い魔力によって。
「さっきの奴らより……根性だけはあるみてぇだな」
「ああ」
「……だけは? 根性だけはだぁ!? ど、どこまで……どこまで人を舐めりゃ気が済むんだコラァッ!」
溢れ出た魔力が、彼の手のひらへと凝縮されていく。
そうして現れたのは、禍々しい雰囲気を醸し出す紫色の球体であった。
「放魔系か……」
「死ねッ!」
激昂を乗せた魔力の塊が、言葉とともにピリオドの手から放たれる。
瞬間ディンは剣を抜き、大上段からそれを振り下ろした。
だが――――
「ぬッ!?」
投げつけるようにして放たれた魔力の球体が、その剣に触れる直前で破裂する。
破裂した球体は紫色の煙となって辺りに広がり、彼ら2人をあっという間に包み込んだ。
「ハハハハハッ! 馬鹿が……! 余裕ぶっこいてるからそうなんだよ! そいつはただの煙じゃないぜぇ? 少しでも吸っちまえば、確実にあの世へ行ける猛毒だ! あ、もう聞こえちゃいねぇか! クックックッ! ざまぁみやが……」
「なるほどな……そりゃ手下がビビる訳だ」
「……れ?」
直後、漂っていた煙が一気に霧散する。
「な、なぁッ!?」
そうして消えた煙の中から現れた2人は、平然とした様子でピリオドを見つめていた。
「あ、ありッ……あり得……!」
「こいつは本物のズィードだ。噂くらいは聞いたことあんだろ? こいつの魔法の前では……何をしようが無駄なんだよ」
「嘘だと思うんなら……いくらでも相手してやるぜ?」
「いッ!? う……おッ……!」
2人から漏れ出す強大な魔力を前に、ピリオドの前身から嫌な汗が流れ出す。
彼はこれまで、数え切れないほどの修羅場を潜ってきた。
自身より強い者を相手にすることもあったし、数的不利な状況での戦闘経験も山ほどある。
それでも、彼は決して逃げなかった。
どんなことがあろうとも、彼はただただ前へと進み、その身を削りながら戦い続ける。
それも全て、己が忠誠を誓ったジハードの為。
ピリオドにとってはそれが正義であり、その中でのし上がることこそが、彼の生きる意味でもあったから。
「ち……き……しょう……」
しかし、もはや彼の生きる意味は、もうほとんど"無くなって"しまっていた。
だからもう、彼は立てない。
「お前……泣いてんのか?」
勝てないと悟ったピリオドは、地面に膝を突き、涙を流して空を向く。
ジハードに拾われてから十数年。
一つのギルドを任され、幹部会に招聘されるまでになった彼は、己の人生が楽しくて仕方がなかった。
彼の社会的背景を見れば、それが他者の犠牲の上に成り立っているのは言うまでもなく、当然彼はそんなことなど歯牙にも掛けない。
己のことしか考えられないクズである。
「俺の……俺のジハードが……」
だが、人生の目標を失ったという点においては、ただただ哀れだと言わざるを得ない。
「なんだこいつ……おっさんの所為でおかしくなっちまったのか?」
「なんで俺なんだよ! お、おいお前……」
「ジハードが……終わっちまった……」
「は? ジハードが……終わった?」
「どういう意味だ?」
「殺せ……もう生きる意味がねぇ……」
「ちっ……会話にならねぇな」
「とりあえず……」
「はうっ!?」
ズィードの拳が腹に叩きこまれ、ピリオドの首がガクッと折れる。
「お、おま……!」
更にズィードは、気を失ったピリオドを紐で縛り上げると、彼を肩に担いで立ち上がった。
「さて、逃げた奴が応援連れてくるかもしれねぇし、相手すんのもめんどくせぇから移動するか」
「容赦ねぇなお前……」
「おじさーん! ズィードさーん!」
「おっ」
2人が振り返ると、大きく手を振りながら走ってくるティアとアスナの姿が見えた。
「裏口にいた奴らはやっつけたよ!」
「ナイスだ。こっちも今終わった」
「あれだけいたのに……うわ……みんな気絶してる……」
「大半は逃げたけどな。頭っぽいのは捕まえたから、どっかで情報を吐かせよう」
「素直に教えてくれるかなぁ?」
「どうかねぇ……でもまぁ、なんか様子が変だったし、案外なんとかなりそうな気もするが……」
「え? 様子が?」
「ジハードか終わったとか言いながら、空見上げて泣いてたんだよこいつ」
「……どゆこと?」
―――――――――――――――――――――
「む……あ……?」
「よう、お目覚めかい?」
「てめっ……ぐッ!?」
反射的に起き上がろうとしたピリオドだったが、手足は縄で縛られ、身動きがとれないようにされていることに気付く。
更に、周りを4人に囲まれ、何をしても無駄だと判断した彼は、そのまま後頭部を地面に戻した。
「ちっ……なんで殺さなかった」
「てめぇの価値観を俺に押し付けるな。逆に聞きたいくらいだぜ。なんでそう簡単に人を殺せるのかをよ」
「ハッ……」
ズィードの問いを、ピリオドは鼻で笑う。
「そう生きてきた……ただそれだけだ。つか、それこそ価値観の押し付けなんじゃねぇのかい?」
「ククッ……言うじゃねぇか。さっきまで泣いてやがったくせによ」
「う……」
「おねんねして落ち着いたか? 感情と行動が直結してんだろうなぁ……どうりでてめぇの理不尽さに気付くことも出来ねぇ訳だ」
「やめとけズィード。所詮、こいつらの思考なんざ理解出来る筈もねぇ。道徳や倫理は環境によって形を変える。根本から違う以上、この手の問答は不毛なんだよ」
「……そういうこった。そっちのゴツいのの方が分かってるじゃねぇか。で、ここはどこだ? 随分薄暗い……」
ピリオドは辺りを見回しながらそう言いかけ、鼻をすんと鳴らす。
「……くせぇな。なるほど……下水道か」
「無駄話はいい。悪いがこっちの質問に答えてもらうぞ」
「質問だぁ? お前らいったい何を……」
「ティタノマキアの居場所を知りたい」
「……は?」
「お前が何も知らねぇなら、知ってそうな奴を教えてくれるだけでもいい。そうすりゃ無傷で冒険者ギルドに引き渡してやるよ」
「……知ってどうする気だ?」
「言う必要はない……が、お前ら的には嬉しい展開になるかもな」
「……」
ピリオドは黙ったまま、薄暗い天井へと視線を移す。
ディンはその目に、どこか寂しげな印象を受けた。
「お前さっき……ジハードが終わったっつったな。ありゃどういう意味だ」
「ハッ……言葉通りの意味だよ。ジハードは終わっちまったのさ。ティタノマキアのクソどもの所為でな……!」
「あ?」
「……なんだと?」
「ティタノマキアの所為で……どういう意味?」
「おー、こりゃまた随分可愛い子だなぁ……きっと高く売れおばッ!?」
瞬間、ズィードの拳がピリオドの腹にめり込む。
「おっ……あっ……!」
「今ので1割だ。次は2割な」
「……ありがとズィードさん。でも、次は自分でやるから大丈夫」
「ハッ……そうかい」
「はっ……はっ……お、おっかねぇ……!」
「答えて。何があったの?」
「うぐっ……はぁ……はぁ……いいぜ……もうどうでもいいしな……あれは、つい1週間前のことだ。今思い出してもはらわたが煮えくり変えるぜ……いや、思い出すまでもねぇ。目に焼き付いて……は、離れやしねぇ! うちの大頭目の……首がぶっ飛ぶ瞬間がな……!」




