第292話:馬鹿野郎
「ど、どういう……ぐあッ!?」
足元にいた男の頭を踏みつけ、ヴィリオは極限まで蔑んだ視線をそれに向ける。
残虐非道。
それは、彼を表した言葉といっても過言ではなかった。
「レアは既に北の7割を掌握している。もはやティーターンの時代は終わった。つまり、この地に住む以上、レアこそが正義なのだ。そしてそれは……俺が正義ということと同義」
そう言いながら、ヴィリオは足に力を込める。
「ぎぁぁぁぁぁあッ!」
ミシミシと嫌な音が鳴り、青年は力の限り叫びながら手足をばたつかせる。
だが、ヴィリオの足はビクともしない。
「や、やめてくれ! 死んじまうッ!」
「金なら払うッ! だ、だから! これ以上は……!」
「やれやれ……まだ理解していないようだな」
周りにいた住民達の懇願に対し、ヴィリオは呆れたようにため息をつく。
「やめてくれ? 金を払う? 何を言ってるんだ貴様達は……やめもしなければ金も貰う。ここは既に俺の町なのだ。つまり、全て俺のものだ。豪勢な料理も高い酒も極上の女も……貴様達ゴミクズの命もな」
「な、なんで急にそんな……!」
「急? 違うな。この10日あまりの間、俺はずっとこの町を見ていたんだよ。来る前から分かってはいたが、ここは実に素晴らしい町だ。今は竜族や北の戦乱故に人もまばらだが、全てが片付けば更なる発展を遂げることだろう。だから俺が来たのだ。この町の価値を知らぬクズどもを……導く為にな」
領土を維持する際、最も重要なこととは何か。
それは、本国から離れた地をいかに掌握するかである。
フロストは北の玄関口の一つ。
戦乱が終わり、再び安定した世界になれば、冒険者や行商人もちろんのこと、レアへと向かうことになるであろう各国政府要人達の通り道となる。
また、仮にニーベルグから侵攻を受けた際、まず間違いなく最初の標的となる町でもあった。
故にヴィリオが派遣されたのだ。
ここを他国から守る為に。
今は精々100人程の部隊だが、やがて大勢の兵士が送り込まれる予定であった。
フロストとは、住民達が思うよりも遥かに重要な場所なのである。
「ふ、ふざけんな……てめぇなにがばぁッ!?」
「頭の悪い……」
破裂音とともに男は宙を舞い、また1人赤い雪の上へと崩れ落ちる。
僅かに残された住民達に為す術はなく、ただただ黙って俯くことしか出来なかった。
「ようやく理解したようだな。まぁ、今回はこれで許してやろう。本来ならば皆殺しにしていたところだが、好みの女が手に入って気分がいい……運が良かったな」
歪に吊り上がった口角に狂気を宿し、ヴィリオは宿へと身体を向ける。
しかし、その足がすぐに止まった。
「ああ、ついでだから伝えておこう。明日、俺が作ったこの町の新たな法を施行する。貴様達はこれからそれに従って生活しろ。これはこの町の長……いや、もはや元長か。その者も既に了承していることだ」
無論、力によってねじ伏せた結果である。
フロストの長は最後まで抵抗し、本国に嘆願書を送るなど、この町を守るべく手を尽くした。
だが、全ては徒労に終わる。
ヴィリオが派遣された時点で、この町はレアの所有物となっていたのだから。
「因みに、この町から出ていくことは許さない。仮に脱走者がいた場合……残った住民から無作為に1人選んで処刑するからそのつもりでな。無論、逃げた者も必ず捕らえて殺す……極上の苦しみを与えてからな」
誰も何も言えなかった。
突然現れた絶望に、ただただ恐怖することしか出来なかったのだ。
その様子に、ヴィリオは再び歪な笑みを浮かべて振り返る。
その直後――――
「む……」
彼の後頭部に、雪玉が投げつけられていた。
「ばッ……リドル!」
「なんてことを……!」
それをぶつけたのは、まだ幼さの残る少年であった。
リドルと呼ばれたその少年は、振り返ったヴィリオを睨みつける。
「ねぇちゃんを……返しやがれッ!」
「ほう……あの女の弟か?」
「そうだ! よくもにいちゃんを……ねぇちゃんはお前の物じゃあがッ!?」
「リ、リドルッ!」
再び響き渡る破裂音がリドルの後頭部で炸裂し、彼は顔面から地面へと叩きつけられる。
額からは血が流れ、赤い雪の面積がまた少し増えた。
「う……あ……!?」
「クックックッ……いやはや……なんとも美しい兄弟愛だ。それに免じて殺さずにおいてやろう。それに、丁度よかった」
「な、なに……が……!」
「あの女……泣き叫んで手がおえなくてな。半殺しにした貴様を吊るしておけば、多少は静かになることだろう。言うことを聞かなければ……貴様を殺すと脅してな」
「うぅッ……!」
「ハハハッ! ……本当に頭が悪いな。考えなかったのか? 少しも? まだ魔法すら得ていないのに? どうにかなると? 哀れだ……哀れ過ぎて……身体中が痒くなるわッ! 貴様達よく見ておけ。俺に逆らった者がどうなるか……よぉくなぁッ!」
瞬間、リドルの身体が跳ね上がる。
「ぎッ!?」
「そぉら……踊れ踊れ」
ヴィリオの魔法により、リドルの身体が左右上下に跳ねては戻る。
一定の間隔で破裂音が鳴り響き、その度に彼の身体から血飛沫が舞っていた。
「あッ……ひッ……!」
「ほれほれどうした? 先程までの威勢はどこへ消えたのだ? おや、小便まで垂れ流して……クックックッ! その恐怖とともに、よぉく覚えておけよ? 貴様は弱くて、愚かで、汚らわしい……ただのゴミクズだと……ッ!?」
ヴィリオが更なる攻撃を加えようとした刹那、大地を覆っていた雪が突如として舞い上がる。
「ほう……」
やがて開けた視界の先。
少年は消え、代わりにフードを被った男が立っていた。
「い、一体何が……」
「だ、誰だありゃ!?」
「リドルはどこに……!」
「大丈夫だ。ここにいるぜ」
その声に振り返った住民達の目に、血だらけの少年を抱えた宿屋の主人が映る。
そして、その少年の手を握る2人の女の子も。
「酷い……」
「なんでこんなことッ……なんで……!」
「や、宿屋の親父!?」
「あ、あんたらは……?」
「説明は後で俺が……」
「おじさんッ!」
「……ああ。分かってる」
ティアの叫びに、彼は拳を握り締める。
言葉に出さずとも伝わっていた。
この男を……絶対許す訳にはいかないと。
「貴様……何者だ?」
「通りすがりの冒険者だ……馬鹿野郎」




