第293話:軽い
「……冒険者だと? ちッ……これだから貴様らのような人種は……ちやほやされたいだけのヒーロー気取りが。身の程をわきまえろ」
「ハッ! そんなんじゃねぇよ。ちょいと見てらんなくなっただけさ……てめぇの醜いツラがな」
一瞬の静寂。
直後、凍てついた空気がもたらす肌への刺激とはまた別、その場にいた全員がそれを感じていた。
今まさに、ここが戦場と化したことを。
「……クズに何を言っても無駄か。後悔しても既に遅いぞ? くだらない正義感に身を委ねたことをな。なんの矜持もない冒険者風情が、崇高なるレアの騎士団長であるこの俺に逆らったらどうなるか……死を代償に知るがいい」
瞬間、ヴィリオから溢れ出した膨大な量の魔力に、周囲にいた者達は否が応でも理解せざるを得なかった。
その……圧倒的な力の差を。
「こ……んな……!」
「さっきまで……全然本気じゃ……」
「か、勝てっこねぇ……バケモンだ……!」
「ティ、ティア……」
「……うん。あいつ……ムカつくけどかなり強い。レアの騎士団長ってのは伊達じゃないみたいだね。でも……」
正直なところ、ヴィリオは勝てるかどうか分からない程の強敵であると、ティアはそう感じていた。
だが、それと同時、彼女にはある種の確信があった。
こちらに背を向けて立つその男。
強いことは分かっている。
ただ、まだ全てを知っている訳ではなかった。
そんな彼の内から感じる……あまりにも強大な力。
それはかつて、彼女が出会ったSSSランク冒険者である、あのズィードに匹敵する程の――――
「クックックッ……どうした? 怯え過ぎて震えることすら……」
「なんの矜持もない……そう言ったな?」
「ぬ……」
ヴィリオが放つ魔力は、まごうことなき強者のそれであった。
それは、冒険者でいえばSSランクに匹敵する程の力。
しかし、目の前の男は全く動じる気配がない。
その男から流れている魔力は、自身より遥かに格下であるにも拘らずである。
故に、ヴィリオは強い苛立ちを感じていた。
「……だったらなんだ」
「なら問おう。てめぇにそれはあんのかい?」
「何を言い出すかと思えば……愚問にも程がある。冒険者などというくだらない存在である貴様には理解出来ないだろうが、真に国を支えているのは我ら兵士なのだよ。我らが存在する故に国が成り立ち、我らが存在する故に自分では戦うことも出来ない矮小な者どもが、普通に空気を吸えている。確かに、世界という大きな括りの中では、我らは所詮ゲームの駒に過ぎないだろう。だが、そのゲームに名を連ねることすら出来ないのが、そこに転がっているゴミクズや……貴様らのような冒険者という存在なのだよ」
「それがてめぇの言う矜持って訳か。なるほどなるほど……とんでもねぇクソだな」
「……なんだと?」
「日々繰り返される終わりなき研鑽……身体を鍛え、魔法を追求し、その心を磨き、私利私欲に溺れることなく、己の信ずる主人に忠誠を誓い、その者と共に愛すべき民を守る為に戦う……それが兵士として本来持つべき矜持であると、俺はそう思う。もちろんそうじゃないって奴もいるだろうよ。だがな……自分達がいるから国が成り立つ? 自分達のおかげで空気が吸える? ゲームに名を連ねることすら出来ないだぁ? そういうのは矜持でもなんでもねぇ……ただの驕りだ馬鹿野郎」
「薄汚い冒険者風情が……一国の騎士団長相手に知ったような口を利くんじゃあないッ! 素直に謝罪の一つでもすれば半殺しで勘弁してやったものを……貴様は自ら決めたのだッ! 己が命日をなぁッ!」
直後、ヴィリオの魔力が、男の周囲を埋め尽くしていく。
彼の魔法は"破裂魔法"。
それは、彼を中心とした範囲内の空気を操り、自由自在に衝撃波を生み出すことが出来る力である。
「さぁ……貴様も踊り死ねッ!」
そうして、今日鳴り響いたどの破裂音よりも大きなそれが、男の身体を何度も何度も激しく叩いた。
その衝撃により纏っていたマントは弾き飛ばされ、男の身体が血飛沫を上げながら左右に揺れる。
「お、おじさッ……!」
「ウハハハハッ! そうだ! 踊れ踊……れ?」
その時、ヴィリオは気付いた。
男は確かに揺れている。
だがそれは、自身の魔法で揺れている訳ではなく、ただ単純に……こちらに向けて歩いているだけであると。
「なッ……あ……え!?」
そして更に気付く。
フードが脱げ、露わになったその男の顔を……自分は知っていると。
「き、き、き、貴様はッ……!」
「軽いな……なんの矜持もない野郎の魔法は」
「き、貴様はッ……ニーベルグのぉばぁッ!?」
刹那振り抜かれた渾身の拳が、ヴィリオの腹部に突き刺さる。
「が……おッ……な、何故……ごごにぃ……?」
「ん? なんだてめぇ……俺のことを知ってたのか? まぁ、仮にもレアの騎士団長だしな。オリンポス会談で見たってところか……なら、仕方ねぇな」
瞬間、男から魔力が溢れ出す。
それは、ヴィリオを遥かに上回る――――
「あ……ああッ!?」
「今俺がここにいることを知られんのは……まずいんだわ」
「こ、これ……なんッ……バケモ……!」
「だからよぉ……」
魔力は更に膨れ上がり、それが拳へと集約していく。
そうして男は、その拳を振り上げた。
「はッ!? ま、待って……やめ……!」
「記憶がなくなるまで……ブン殴るしかねぇよなぁッ!?」
「や、やめてぇぇぇああぁぁぁぁッ!」
「うおらぁッ!!」
「あばふッ!?」
再び突き刺さった拳が、ヴィリオの身体をくの字に曲げる。
そのままヴィリオを持ち上げると、男は彼の耳元に口を近付けた。
「これだけは覚えておけや」
「お……げ……?」
「国とは民だ。民とは宝だ。忘れんなよ? じゃあ……なぁぁぁぁぁぁあッ!!」
「いやぁぁぁぁあばぶたべひかぁぎぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあけぶだぁあびぃぁぃあああッ!?」
地に落とすことなく続く連撃が、ヴィリオの身体から容赦なく体液と絶叫を絞り出す。
「おらぁッ!」
やがてそれが収まった頃、原型を失ったヴィリオの顔にとどめの一撃が打ち込まれ、彼は高々と舞い上がった後、雪に覆われた大地へと叩きつけられた。
「「「ヴィ、ヴィリオ様ッ!」」」
後ろで見ていた兵士達の声が響くも、ヴィリオは雪に顔を埋めたままピクリとも動かない。
「そ、そんな……」
「あのヴィリオ様が……あり得んッ……!」
「さて……」
「「「ひッ……!」」」
男は血に染まった拳を拭いながら、兵士達へと視線を向ける。
凄まじい魔力を放ち続けながら。
「てめぇらの中で……俺を知ってる奴はいるか?」
兵士達は無言で首を横に振る。
もはやそれしか出来なかった。
「フ……さすがに下っ端にまで顔は知られてねぇか。よし、なら覚えとけ。俺の名はベルグ。ただの冒険者だ」
男はそう言うと、完全に気を失っているヴィリオの首根っこを掴んで持ち上げた。
「で、少々てめぇらにムカついたんでな……今からレアに乗り込んでひと暴れすることにした。さっさと国に帰って知らせることだ……この馬鹿野郎を連れてなぁッ!」
「「「ひぃッ!!」」」
ヴィリオは再び宙を舞い、兵士達へと叩きつけられる。
次々と兵士達が彼に呼びかけるが、やはり一切動かない。
「それとも……今ここで俺とやるかい?」
「ひッ……!」
「お、おい! 早く本国に……!」
「き、貴様! ベ、べ、べ、ベルグといったな!? 必ず後悔するぞ……レアを敵に回したことをなぁ!」
「あ? やっぱり今全員……」
「ひぃッ!? は、早く逃げ……!」
「ヴィリオ様をお連れしろぉッ!」
「ば、馬車を持ってこいッ!」
フロストの住民達が唖然とする中、レアの兵士達は逃げるように町を後にしたのだった。




