第291話:兵士
「ふーい……戻ったぞー」
「あ、おかえりー」
「おかえりなさーい」
フロストの町に着いてから3日。
今私達は、ブロイさんから紹介された宿に身を寄せている。
宿には私達以外誰も泊まっておらず、おかげでロビーにある暖炉も貸し切り状態だ。
「おー……さびいさびい……」
ベルグさんは私達が座るソファーの前を通り、暖炉の前にどかっと座ると、手を前に出して冷えた身体を温め始めた。
ふと窓から外を見ると、吹雪いてはいないようだがそれなりに雪が降っている。
これから寒さがますます厳しくなるらしい。
ま、私にかかればちょちょいのちょいだけど。
「お疲れ様でした。今お飲み物をお持ちしますね」
「ああ、すまねぇな奥さん。ありがとう」
紹介された宿はブロイさんの友達が夫婦で営んでおり、所謂民泊というやつだった。
2人ともとても親切な人で、何かと世話を焼いてくれている。
「で、どうでした?」
「ん、ああ……物資の調達は今日で済んだ。全部馬車に積んできたし、いつでも出発出来るぜ。ただ、もう1個の方は全然だな……今日は宿や商店なんかを合わせて10ヶ所くらい回ったが、やっぱりというか収穫なしだ」
ベルグさんはこの3日の間、私達を宿に残して1人町を歩き回っている。
私達も行くと言ったのだが、1人の方が動きやすいと断られてしまった。
で、理由はもちろん、旅に必要な物資の調達と、探している2人の情報収集。
でも、結果は今の通りだった。
「少なくともこの町にはいないみたいだねぇ」
「ぽいな。まぁ、一応まだ残ってる場所はあるが……」
「町の中心ですね」
「ああ。どのみちギルドには行かなきゃなんねぇし、そこ以外は大体回ったからな。出発の準備も出来たことだし、そろそろ頃合いかもしれねぇ」
避けては通れない……か。
「じゃあ私達も行くよ。連絡したいし」
「そうだな……じゃ、明日3人で行くか。厄介なことになったらそのままとんずらしよう」
「あら、じゃあもうお別れ? 寂しいわねぇ……」
テーブルにカップを置きながら、宿屋のおばさんが残念そうにそう呟く。
「おばさん……」
「あ、ごめんなさいね。なんだかまた娘が出来たみたいで楽しかったから……」
「私達も実家にいるみたいで、凄く楽しかったです」
「本当はもっとゆっくりしたかったんだがな……こんないい宿はなかなかねぇし」
「本当だよね。ずっといたいくらいだもん」
「お部屋も綺麗だし、落ち着くし、2人とも優しいし……ご飯もおいしくて最高ですよ」
「うふふ……ありがとね。なら、今日の夕飯は豪華にしなくっちゃ」
「わーい!」
「楽しみです!」
「お、そいつぁいいねぇ。また暫くは干し肉暮らしになるからなぁ。食い溜めしとかねぇと」
「うふふ……あ、そういえば、次はどこに行くつもりなの?」
「まだ決めかねてるんだが、とりあえずは西に行こうと考えてる。この町になんの情報もないってことは、別ルートで北に入った可能性が高い……となると、今ならコールドシューズしかねぇからな」
「確かに……ヒョルドは今危ないし、それはあるかもしれないわね」
「ああ。まぁ、空間転移系の魔法で移動してたり、全く別のルートで移動されてたらアウトだがな。だが、今はとにかく可能性を潰していくしか手がねぇ」
全く別のルートか……。
スカークさんはどうか分からないけど、シェリルは仲間がいるって言ってたから、その中に空間転移系の人がいた可能性はある。
途中まで追えていた痕跡がいきなり消えたのは、ひょっとしたらその所為かもしれないし。
あとは凄い速さで移動されたり、空を飛ばれても追えない。
その辺の特性は、アスナと一緒に依頼を受けていた時に覚えた。
「私達は何もしてあげられないけれど、あなた達の探し人が見つかることを願っているわ。じゃ、私は夕飯の支度を……」
その時、受付の奥にある扉が勢いよく開き、中から宿屋のおじさんが飛び出してきた。
なんだかひどく慌てている様子で、コートの裾が捲れあがっているのが正面からでも分かる。
「ちょ、ちょっと出てくるぜ!」
「あら、どうしたのあなた? そんなに慌てて……コートが捲れてますよ?」
「そんなこたぁどうでも……!」
「なんかあったのかい?」
「あ、ああ……実は……っと! お客さんに迷惑かける訳にはいかねぇ! ゆっくりしていてくんな!」
迷惑……?
「ひょっとして……レアの兵士絡みか?」
「む……」
ベルグさんのその言葉に、おじさんの動きが止まる。
どうやら当たりらしい。
「……厄介事なら手を貸すが」
「いやしかし……」
「町の住民であるおやっさんが目をつけられたら、きっと後々厄介なことになるぜ? それに、荒事になる可能性があんのなら、そいつは俺らの領分だ。よくしてもらった礼もしてぇし……話しちゃくれないか?」
「おじさん……私達でよければ力になるよ?」
「…………すまねぇ。実はさっき連絡があってな。知り合いに酒場を経営してる若夫婦がいてよ。その嫁さんが……レアの兵士に連れていかれたらしい」
「えぇっ!?」
「そんな……!」
「ちッ……ついに一線を超えやがったか……!」
「前から気を付けてはいたんだがな……旦那の方は抵抗して手酷くやられたらしい。命に別状はないって話だが……とにかく急がねぇと」
「……場所は分かるか?」
「ああ。奴らの泊まってる宿だ」
「よし、案内してくれ。お前らは……」
「「行きますから!」」
「……分かったからそんなに睨むな」
許せない……!
やっていいことと悪いことの区別もつかないの!?
「因みに、他の町の連中は?」
「恐らくもう向かってる。下手したらもう始まっちまってるかもしれねぇ……」
「そいつぁまずいな……互いに魔法があるとはいえ、奴ら腐っても兵士だ。一般市民とは鍛え方が違う。それに、もし仮に勝てたとしても……それはそれで面倒なことになるぞ」
「ああ……今はただのならず者って程度だが、今度は完全にこの町を制圧しにくるだろうな……」
「おやっさんが分かってんならいい。とにかく行こう。第三者である俺らがいれば、奴らも多少は躊躇するかもしれねぇ。ま、分の悪い賭けになるがな」
「すまねぇ……恩に着る」
「ティア、アスナ。よく聞け」
「「は、はいっ」」
いつになく真剣なベルグさんの表情に、私達にも自然と緊張が走る。
「絶対に自分からは手を出さないと約束しろ。魔法は防御に使え。もしそうなったら俺がやる……いいな?」
「「わ、分かりました……」」
顔こっわ……。
「よし……フードを被れ。顔は晒すな。じゃ、おやっさん行こう」
「ああ! 付いてきてくれ!」
そうして、私達は宿を後にした。
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町の中心にある宿、フリーズグラスの前に、多くの町民達の姿があった。
既にそのほとんどが、冷たい雪が赤く染まった地に伏せる状態で。
「うぅっ……」
「ち、ちくしょ……」
ベルグが言った通り、彼らは腐っても兵士である。
一般市民がどれだけ集まろうとも、戦いにおいて彼らを上回れる筈などない。
だが、何よりも……相手があまりにも悪過ぎた。
「この際だ。貴様らに一つ教えておこう」
これまでの不満が今回の一件で爆発し、フロストの住民はレアの兵士達がいるフリーズグラスへと押し寄せた。
すると、宿の前で声を上げる彼らの前に兵士達を引き連れた1人の男が現れる。
怒号が飛び交う中、先頭にいたフロストの青年がその兵士へと掴みかかった――――その瞬間。
青年は血飛沫を撒き散らしながら宙を舞い、彼らの町を彩る雪を赤く染めていた。
そして、集まっていた他の住民達もまた……。
「ここはもう……貴様達の町ではない」
彼の名はヴィリオ。
レア騎士団最強の男である。




