第272話:柔
「ガラドボルクっと……これで1回戦はあと3試合だね」
机の上に置かれた紙に天剣の名前を書き終えると、メルはレヴィの膝の上からそうロードに声を掛ける。
「だな。日も傾いてきたしどんどんいこう。1人目は……ゲイボーだ」
「ほーい!」
徐々に地面へと近付き始めた太陽が照らす世界に、手帳から黄色い槍が姿を現わす。
かつての英雄ディルムッドが操りし伝説の槍……黄穿槍ゲイボー。
その刃に触れた者は所有者の赦しがない限り、避けることの出来ない確実な死を迎えるという。
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ゲイボー 黄穿槍
神が創りし伝説の槍。
この槍につけられた傷は使用者の赦しがない限り決して癒えず、時間経過とともに深くなるという力を持つ。
英雄ディルムッドが竜を狩る際に使用し、ゲイジャルグで息吹を打ち消した後、この槍で次々に竜を裂いて回った。
傷はやがて心臓へと達し、斬られた竜達は為す術なく地に伏せていったという。
武器ランク:【SS】
能力ランク:【SS】
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引き抜いたゲイボーを肩に担ぎ、ロードは続けざまに左手を箱の中へと入れる。
「2人目は……ん、こっちも初めての人だな。メル、クルージンだ」
「ほいほー……わっ!?」
メルがそのページを開いた瞬間、1本の剣がロードに向けて飛び出した。
「っと!」
ロードは顔面に向けて飛んでくるそれをギリギリで躱すと、その柄を左手で掴む。
「びっくりしたぁ……やんちゃだなぁ!」
「はは……試されたかな?」
通常の剣より一回り大きいものの、柄は灰色、剣身は銀と、見た目は非常にシンプルなその剣。
しかし、やはりただならぬ何かを醸し出すクルージンと、既に手にしていたゲイボーに、ロードは生命の魔力を同時に注ぎ込んだ。
直後、二つの伝説は宙に浮かび、一方は黄色い光を、もう一方は灰色の光を放ちながら人へと姿を変えていく。
そうして同時に地面に立った両者は、互いに武器を肩に担いだまま、静かに相手を見つめていた。
「よろしくな。2人とも」
今にも戦いが始まるかのような空気を諌めるかのように、ロードは2人に向けてそう口を開く。
2人は同時に視線を外し、彼へと顔を向けた。
「……ああ。よろしく頼む」
まずそう答えたのはゲイボー。
彼の容姿は兄に当たるゲイジャルグと瓜二つであり、髪と鎧の色が黄色を基調としていること以外、大きな差異は見られない。
「よろしくぅ……にっひっひっひっ……!」
クルージンはそう言ってニヤリと笑う。
灰色の短い髪に瞳、纏いし鎧もそれに準じており、身長は150センチ程。
そんな髪型と身長もあいまってか、非常に幼く見える彼女だったのだが、その笑みは無邪気というよりはどこか歪に歪んでいた。
「クルージン! 危ないからやめてよね!」
手帳からいきなり飛び出し、あまつさえ主人に牙を剥いたクルージンに向け、メルはレヴィの膝の上で声を荒げる。
「あはぁ……ごめんよぉ。ついついねぇ……にっひっひっひっ!」
「もうやっちゃ駄目だからね!?」
「おーこわいこわい……気をつけるよぉ」
「はは……じゃ、早速始めようか。2人ともこっちへ」
「まったくぅ」
歩き始める3人を見ながら、メルはレヴィに身体を預けてそう呟く。
「ふふっ……クルージン様はロード様のお力を信頼しているのですよ」
「分かってるけどさぁ」
「クックックッ……しかし、やはり我らは使い手に似るのだな。見た目こそ違うものの、クルージンはゲイボルグにそっくりではないか」
「え? そ、そう言われると……どういうこと?」
「クルージン様はゲイボルグ様と同じく、かつての英雄クーフーリンが手にしていた方なのです」
「あ、そうなの!? どうりで……」
「ゲイボーは言わずもがな、見た目も中身もゲイジャルグと瓜二つの様子……つまり、武器こそ違うが、先程の試合と似たような趣向になったという訳だ」
「じゃあ、ゲイボーは……」
「兄の仇という訳ではないが、心に期するものはあるやもしれぬ。こういった縁もあるか……実に面白い」
クラウソラス達の視線が、既に闘技場の中央で向かい合っていた2人に向けられる。
両者はやはり肩に自身を担いだまま、ロードの試合開始の合図を待っていた。
と、その時、クルージンの口角がより一層吊り上がる。
「お兄ちゃんは残念だったねぇ……ゲイボルグに負けちゃってさぁ」
当然のことながら、クルージン達は手帳の中から2人の戦いを見ていた。
これは、それを踏まえての揺さぶりである。
しかし――――
「フ……あれは兄者が悪い」
「ほぉ……」
「舐めていたのは兄者の方よ。背景に目を奪われ、最も大事なことを忘れてしまっていた」
「……大事なこと?」
「戦いとは……どんな時であれ、常に冷静でなければならない。兄者は相手がゲイボルグだった時点でそれを欠いていた。己ではそう思っていなかったのだろうが、根幹が揺らげば表面も揺らぐのが道理。我らクラスの戦いとなれば、その揺らぎは致命的となる。故に、あの結果は必然に近い」
「にっひっひっひっ……言うねぇ。じゃ、これ以上は何言っても無駄かぁ」
「いや、好きなだけ語るがいい。だが、何を語ろうが……」
ゲイボーの槍先が、ゆっくりとクルージンに向けられる。
「俺がやるべきことは……お前の身体にこの槍を当てることのみ」
ゲイボーの槍につけられた傷は、彼が赦さない限り癒えることは決してない。
更に、それはやがて心臓へ至り、僅かな傷が致命傷へと昇華する。
無論、至る前に彼が止めればその限りではない。
だが、結局のところ、クルージンは傷をつけられただけで敗北が決まってしまうということである。
「あんたのお兄ちゃんと同じ……当たればうちの負けって訳か」
「そういうことだ」
「……いいね。それならゲイボルグにでかい顔をされないで済む。あ、そうだったそうだった……まだうちの能力を言ってなかったねぇ。ねぇレヴィちゃん! 悪いんだけど説明よろしく! フェアにやりたいからねぇ……」
「あ、分かりました。では……」
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クルージン 柔剣
神が生み出した伝説の剣。
英雄クーフーリンが用いたことで知られる。
鉄を容易に引き裂く斬れ味もさることながら、クルージンの最大の特徴はその柔軟性にあった。
剣身を二つに折りたたむことすら可能であり、どんなに曲がっていても一瞬で元に戻る。
やはり犬が苦手。
武器ランク:【SS】
能力ランク:【S】
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「以上です」
「ありがとねん」
「……柔らかさがお前の武器ということか」
「そうさ。ほれ」
クルージンは柄と刃先を掴むと、そのまま両手に力を込める。
すると、手にした剣はぐにゃりと曲がり、通常ではあり得ない形へと変化した。
「単純だろぉ? にっひっひっひっ……」
「……」
「じゃ、そろそろ始めようか。準備はいいな?」
「いつでも」
「はいよぉ」
2人の声を聞き、ロードの右腕が空を指す。
「……始めッ!」
そうして、8試合目が始まった。




