第273話:舐
開始と同時、ゲイボーは長い足を前へと踏み出す。
剣と槍。
そのリーチ差は明白であり、それはそのままゲイボーが有利であることを示していた。
「うひッ! あはぁ……遠いねぇ……!」
連続して放たれる高速の突きを剣で受けながら、クルージンは少しずつ後退していく。
彼女の剣が通常のものより大きいとはいえ、それは大剣とまでは決して言えず、そのリーチ差を埋めることは敵わない。
ならばと、クルージンは槍を受けた直後、地を蹴って前へと出る。
だが――――
「……ちッ」
ゲイボーはそれを予測していたのか、クルージンが前に出た分だけ後退する。
「付き合いの悪いこって……」
「悪いが、お前の間合いに付き合うつもりはない」
「あはぁ! そう言われっとさぁ……無理にでも入りたくなるんだよねぇ!」
剣を両手に持ち、前に出ようとするクルージンだったが、直後その眼前に穂先が突きつけられる。
「ぬひッ!」
身体をよじらせてそれを躱したものの、前に出る力は完全に殺され、開いた間合いから突きの雨が彼女に向けて再び降り注ぐ。
無理に避けたことにより崩れた体勢。
ゲイボーが命中を確信した刹那、クルージンの身体が歪に曲がる。
「なッ!?」
「ほら……舐めた」
完全に脱力した彼女の肉体は、迫り来る槍を縫うようにゲイボーへと迫っていた。
「言ったろぉ? 柔らかいってさぁ!」
「ちぃッ……!」
一瞬で懐に潜り込んだクルージンは、そのまま剣を前に出す。
喉元を狙ったその一閃。
ゲイボーは首を曲げてギリギリでそれを避けると、突きを放つ為に伸びきった手を、手前に引きながら下へと振り下ろした。
「にひッ! ざぁんねぇん!」
穂先は鎧の右肩に当たり、鋼を叩く音とともに火花が散る。
その直後――――
「ぬおッ!?」
ゲイボーの首が、彼女に引き寄せられた。
「つぅかまえたぁぁぁぁあッ!」
それは、先に放ったクルージンの剣。
まるでフックのように折れ曲がったそれが、ゲイボーの首を後ろから掴んでいた。
クルージンは剣を引き寄せると同時に、前へと跳んでゲイボーの身体に飛びかかる。
そうしてそのまま、彼を強く抱き締めた。
「な、何をッ!?」
「にっひっひっひっ!」
クルージンの柔軟性は、剣だけに適用されるものではなかった。
鎧や首に腰、手足やその先端に至るまで、その全てが通常ではあり得ない方向に曲がり、ゲイボーの身体を縛り上げていく。
「く……おッ……!?」
拘束されたゲイボーはそれを振り払おうと力を込めるが、まるで鉄の鎖に囚われたかの如く、その動きを完全に封じられてしまう。
「す、すごっ! 巻きついてるよ!? どうなってんのあれ……!」
「どうやらクルージン様の身体もまた、ご自身の能力通りに柔らかいようですね……」
「フフ……まるで蛸だな。しかも、どうやら柔らかいだけではなく、あの状態からでも身体を硬化出来るらしい。単純な腕力ならゲイボーの方が上の筈……それでも動けないということは、恐らくそういうことだろう」
軟化と硬化。
それがクルージンの本質であった。
その切り替えは自由自在であり、更に剣の形状を意のままに操ることも可能な彼女の攻撃は、常識を超えた動きを容易に実現する。
「あんたさぁ、うちの能力を知った時こう思ったろぉ? "なぁんだ……柔らかいだけかぁ"ってさぁ」
「ッ!」
彼女はゲイボーを締め上げたまま、その耳元に唇を近付けてそう囁く。
「ダメダメぇ……舐めたらさぁ……にっひっひっひっ!」
クルージンの刃が、ゆっくりと彼の首に巻きついていく。
そのまま締め上げるもよし。
そのまま引き裂くもよし。
生殺与奪の権限は、今間違いなくクルージンの手にあった……筈だった。
「……確かに。俺自身にも気付けぬ甘さがあったかもしれん。だが……」
「あ?」
「今この時においては……お前が俺を舐めている」
「はぁん? 何言っ……いぎっ!?」
直後、彼女の胸に激痛が走る。
いきなり出現したその痛みによって余裕の笑みはかき消され、その顔は苦悶の表情へと変わっていた。
「なんで……う、うちは当たって……ねぇぞ……!」
「その柔らかい首を捻ってよく見てみるがいい。己の鎧をな」
「な……なッ!?」
確かに、彼女の身体に槍は当たっていない。
だが、鎧には当たっていた。
「き、傷が伸びて……!」
クルージンの目に映ったのは、右の肩から伸びた傷が鎧を這うようにして心臓の上へと達し、そこに拳大の穴が開いている光景であった。
「なんだこ……ぐぎッ!」
「ぬんッ!」
痛みと驚きによってクルージンの力が弱まった瞬間を、ゲイボーは逃さない。
「あ……がッ!?」
瞬間、クルージンは弾き飛ばされ、地面を転がってうつ伏せに倒れこむ。
それでも痛みを必死に堪え、なんとか顔を上げた彼女の眼前に……ゲイボーの槍が向けられていた。
「お前も見誤ったのだ。我が槍の力は、身につけているものにも適用される。鎧であれ盾であれ、刻まれしその"傷"は……やがてその者の心臓を抉る」
突きつけられた槍と言葉、そしてその胸の痛み。
彼女はそれらを受け止めると、目を閉じてニヤリと笑った。
「……あーあ。うちの負けだね……いつつ!」
「潔し。お前を赦そう……クルージン」
そうして、彼女の身体から痛みが消えたと同時――――
「勝者、ゲイボー!」
ロードの声が、2人の戦いに終わりを告げた。
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「だいぶ日が傾いてきたな……レヴィ、今何時?」
少し赤みを帯びてきた空を見上げながら、ロードはレヴィにそう声を掛ける。
主人の問い掛けに、彼女は懐中時計を取り出して時間を確認した。
「午後3時を回ったところですね。どうやらこの時期、この地方は昼間の時間が短いようです」
「みたいだなぁ。んー……ギリギリいけるか? とにかく次を始めよう。いっぺんに引くね。まず1人目は……ん、ミョルニルか。で、もう1人が……お、初めての人だな。フロッティだ」
「はいはーい!」
まず現れたのは、青白く光る雷神の槌。
かつて雷の神が操ったというそれは、まるでその時を待ちわびているかのように、ロードの手の中で唸り声にも似た雷鳴を轟かせていた。
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ミョルニル 雷神の槌
雷の神が自身の為に生み出したという伝説の槌。
振るうだけで雷を生み出し、そして操ることを可能とする。
単純な槌としての威力も凄まじく、神が握りし時は巨大な岩山を一撃で粉砕したという。
雷は何かを叩けば叩く程に威力を増していき、その繰り返しの終に放たれたそれによって、巨大な湖を一撃で蒸発させたという伝承が残っている。
ただし、使用者より小さい者にはダメージを与えられない。
武器ランク:【SSS】
武具ランク:【SSS】
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そして、続けて現れたその柄にロードの手が触れた瞬間、もう一つの伝説もまた……その針のような剣身から鋭い光を放っていた。
「これは……レイピアだったっけ?」
「はい。見た目からも分かるように、斬るのではなく、貫くことを目的とした剣ですね」
「確かヒストリアのギルドマスター、イネアさんが使ってたよね。よし、それじゃあ早速……」




