第262話:踏み込み
開始と同時に鳴り響いた高い金属音とともに、交わった蒼と黒の剣が赤い火花を生む。
「「……ッ!」」
剣圧は互角。
両者の身体はその場に留まり、そのまま鍔迫り合いへと移行していた。
この時点で互いが互いの力量をある程度理解し、筋力、速さともに大きな差異がないと察する。
故に勝負を決めるのは技と経験、そして……己が能力であるとも。
「う、動かないね……」
剣を合わせたまま睨み合う2人に、メルは思わずそう呟いていた。
「ええ。ですが、見えないところでお2人は戦っています」
「えっ? どういうこと?」
「今の一合で互いの力量を察したのだ。私の見立てでは、ほぼ互角といったところかな。つまり、ここから先は読み合いとなる。必殺剣を放てるのは一度きり……外した方が破れるのは必定ぞ。故に、下手には動けぬ。そういうことよ」
「ほえ~……」
「だが、互いにこのままという訳にはいかぬ。何故ならあまり……時間がないからな」
クラウソラスの言う通り、実力が拮抗している彼らにとって、5分という時間はあまりにも短い。
とはいえ、無駄な打ち合いは隙を作るだけであり、自身の手の内を晒すことにも繋がってしまう。
「先に動いた方が不利だが、動かねば両者敗退となる。しかし、おいそれとは動けない。特に……デュランダルはな」
「なんで?」
「デュランダル様の能力は、硬ければ硬いもの程よく斬れる……というものです。今は能力を使っておられないようですが、仮に使ったとしても、アロンダイト様の剣を斬ることは出来ません」
「え? そ、そうなの?」
「我ら伝説の武具は同じ材質で作られていることが多い。いかにデュランダルとはいえ、自身と同格のものは斬り裂けないということだ。だが、纏っている鎧は別……あれなら能力を使うことで容易に斬れるだろう。問題はどう当てるかということだが、それ以前にアロンダイトの能力が厄介でな。それを乗り切らなければ……あやつに勝ちの目はない」
デュランダルの勝ち筋は、いずれ放たれるであろう気配を消した斬撃を受けきり、更にアロンダイトの防御を崩した後、全てを断ち斬る一撃を鎧に打ち込むしかない。
対するアロンダイトは寸止めでも勝負が決するというルール上、打ち合いの最中に首筋を狙ったその一撃を放てば、そのまま決着となる可能性が高いだろう。
「よく見ておけメルよ。恐らく、次にどちらかが動いた時……勝敗は決する」
「しょ、勝負は一瞬……あッ!」
メルがそう呟いた刹那、再び高い金属音が晴天の空に鳴り響く。
アロンダイトはデュランダルの剣を弾いて距離を取ると、両手で握った自身の切っ先を彼へと向け、踏み抜いた芝生を撒き散らしながら再び間合いを詰めていた。
そうして放たれた"気配のない斬撃"。
周りで見ていた者にすら、アロンダイトがただ間合いを詰めているだけにしか見えなかったその一撃が、デュランダルの首筋へと――――
「うッ!?」
しかし、聞こえてきたのは、アロンダイトが発する驚愕の声。
放たれた斬撃は空を切り、直後アロンダイトの腹部に激痛が走る。
「がッ……あ……!?」
そのまま吹き飛ばされ、アロンダイトの身体が宙を舞う。
地面に叩きつけられた瞬間、砕けた鎧に手をやりながら立ち上がろうとするも、その肩口に黒き神剣が突きつけられていた。
「……参った。僕の負けだ」
「そこまで! 勝者デュランダル!」
「デュランダルすごーい!」
「お見事です」
勝ち名乗りを受けたデュランダルに、レヴィ達から拍手が送られる。
彼は満足そうに微笑んだ後、自身を鞘に収めてアロンダイトへと手を伸ばした。
「紙一重だった。さすがは凪の剣……危うく首を刈り取られるところだったよ」
デュランダルが伸ばす手を握り、立ち上がったアロンダイトもまた剣を収め、少し俯きながら口元を緩ませた。
「いえ、お見事でした。まさか躱されるとは……どうやって見切ったのですか?」
「足を見ていたんだ」
「足?」
「ああ。どんな斬撃であれ、踏み込み無くして放つことなど不可能。だから、君が強く踏み込んだのに合わせて私も前に出たんだ。あとはどこに飛んでくるかというところだけど……私が君なら首を狙う。鎧に当てても致命傷にはならないからね」
「……なるほど。全てお見通しという訳でしたか。完敗です」
「いや、あくまでこの勝敗はルールの中でのもの。それがなければ果たして……見えない斬撃がこれ程恐ろしいとはね。いい経験をさせてもらった。ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます。自分を知るよい機会になりました。次は負けません」
「ああ。またやろう」
「2人ともお疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
固い握手を交わした2人を手帳に収め、ロードはレヴィ達の下へと向かう。
「どうだロードよ。存外悪くはあるまい?」
「ああ。むしろ、やってよかったかもしれない」
武具達の息抜きはもちろんのこと、戦いの中で新しい発見もあり、ロードにとっても有意義な一戦であった。
また、これから先にはまだロードが戦いで使っていない武具達もおり、彼らの特性を知ることは、即ち自身の力となる。
「フフ……そうであろうて。さぁ、早く次を決めようぞ。日が沈むまでに終わらせねばなるまい?」
「ん、そうだな。じゃ、次を引くぞ」
「デュランダル様が1回戦突破……と。どうぞ、ロード様」
トーナメント表を書き終えたレヴィが箱を差し出す。
ロードは中を軽くかき混ぜた後、1枚の紙を引き抜いた。
「次は誰かなぁ?」
そうして開かれた紙に書かれていた名前は――――
「お、1人目は……ブリューナク」
メルが持つ手帳から、橙色に輝く槍が顔を出す。
ロードが生命を与えると、眩い光の中から軍服を着たブリューナクが現れた。
「久しぶりだなブリュー……ナク?」
しかし、どこか様子がおかしい。
彼は何かに怯えるようにガタガタと震えていた。
「ど、どうした……?」
「……聞いてない」
「え?」
「アレが出るなんて聞いていなかったのですよ!」
「へ!? あ、ひょっとして……トラ――――」
「な、名前を出さないで下さい! 恐ろしい……」
「そこまでか……」
雷の槍である彼は海が苦手であり、更にある人物……つまり、トライデントによってその苦手意識が最大まで増幅されていた。
同じ槍という分類であることもあってか、トライデントにとってブリューナクはからかいやすい相手であったのだろう。
結果、ただでさえ苦手だった海は恐怖の対象となり、彼は海を感じるだけでヘタレと化すようになってしまったのだった。
「エクスカリバーめ……アレは出ないなどと嘘を……!」
「ま、まぁまぁ……ほら、当たらないかもしれないし、とにかくやれるとこまでやればいいじゃないか」
「それは……まぁ……」
「とにかく相手を引くよ。じゃ、これ。えーっと……あっ……」
「棄権します」




