第255話:一言
「……そっか」
ブランスさんは俺達の話を聞き終えた後、普段の彼からは想像もつかない程静かにそう呟く。
俺にはその一言に、いろんな感情が詰まっているような気がした。
「ブランスさん……あの……」
「分かってる。無理にどうこうする気はねーよ。アプルに隠してたのは事実だからな。多分、もう言葉じゃ伝わんねー……それに、アプルの考えが全部間違ってるって訳でもねーし」
「それは……足が治った後のことですか?」
「ああ。まぁ、そうなってからじゃなきゃ分かんねーけど」
「そうですか……」
冒険者を目指す動機は人それぞれだ。
生活する為というのはもちろんのこと、地位や名誉の為や、誰かを守りたいと思ってなる人もいるし、戦うことが好きな人にとっては、冒険者はうってつけの職業だろう。
ただ、ブランスさんはそのどれにも当てはまらない。
ブランスさんが冒険者になった理由は、アプルさんに見せる為だった。
つまり、臆病な自分が変わったということで、アプルさんが喜んでくれるようにと。
それ自体は、もう十分にアプルさんへと伝わっているだろう。
それでもブランスさんが冒険者を続けている理由は、アプルさんの足を奪ってしまったという業からだと……恐らく彼女はそう考えている。
だから怖い。
その業が消えた時、ブランスさんの糸が切れてしまうのではないかと。
「ただ、今はアプルの為だけにやってる訳じゃねーぞ?」
「え? そうなんですか?」
「うん。最初は嫌で嫌でよー……ほら、俺びびりだったし、貴族の息子だろ? 結構色々言われた訳よ。だから変に空回りしてさ。今思えば、結構やんちゃしちまってなぁ。びびってんのがバレないように目が合った奴ぶっ飛ばしたり、町ん中でめっちゃ暴れたり……まぁ、内心ビクビクしながらな。んでもって手加減を知らなかったから、そりゃもう大騒ぎよ」
ああ……そういう感じで……。
「だんだん慣れてきて、この町から離れた後は減ったけどな。だから、まだ他国には連れて行けるんだが……この町は駄目だ。初期の俺の印象しかねーからよ。あ、いや、帰ってきた後も何度か似たようなことしたからってのもあるか……」
「ブランスさん……」
「だ、だってよぉ……あいつら人の顔見る度にああだぜ? 鬱陶しいったらねーよ。まぁ、俺が戦うとこを見た奴なんかいねーだろうし、実際の強さは当然として、普段の行いが重要ってのも分からなくはねぇけどな?」
あ、分かってはいるんだ。
「とにかくそーいう訳で、俺はシュメールの冒険者ギルドに行かねーようにしてる。ま、今は優秀な奴らがわんさか入って来てるみてーだし、俺がいなくてもこの町は大丈夫ってこった」
なるほど。
今思えば、オリンポスやケルト、ギリシア兵の人達なんかは全然騒いでなかったもんな。
故郷だからブランスさんの家柄も知れ渡っているし、どういった人なのかもよく知られているってことか……。
「じゃあ、今は他国で依頼を受けてるんですか?」
「というか、勝手にどこぞから依頼がくんだよ。バーンとかズィードもそうだが、俺らクラスになるとギルドに行く必要がなくなってくって訳……っと、話が逸れたな。まぁ、とにかく今は結構好きなんだわ。冒険者が。一番はアプルの為だけど、それと同じくらい自分の為っつーか……ま、結果として誰かが喜んでくれりゃ嬉しいじゃん? こんな俺でも何かの役に立てるならってさ」
もの凄く失礼だけど……なんか意外だ。
「あの、ブランス様? それを誰かに話されたことって……」
「ない。だって恥ずいじゃん。流れでなんとなく言っちゃったけど、今は割と後悔してる。お願いだから痛い奴とか思わないで……」
「お、思ってないですよ! むしろ、よかったなって思います。俺も似たような気持ちですから」
それに、その想いがあるならきっと……。
「そっか? まぁ、だからとにかく続けるよ。アプルの足が治ってもな。ただ、今更それを言っても今のアプルには届かねー……さーて、どうすっかなぁ……」
「うーん……今日明日でなんとかなることでもないですし、今出来ることは……真面目に冒険者を続けることくらいしか……」
「そーだよなー……それしかねーよなぁ」
「いや、それだけでは足りんな」
「エクスカリバー?」
「ん? 他になんかあんのか?」
「ある。むしろ、それしかない」
「そりゃいったい……」
「決まっている。この町の人間達に、貴公が認められることだ」
「……この町の連中に?」
「そうだ。アプル殿が抱えている悩みは二つ。一つは自分の足が治った場合、貴公が冒険者を辞めてしまうかもしれないということ。そしてもう一つは、そう思うに至った……貴公に対する評価だ。つまり、自分という理由を失った際、あまりよい感情を向けられていない貴公が、その者達の為に冒険者を続けるとは思えないということだ」
「あー……」
「世界全体の評価を変えることは困難だが、この町に絞ればまだ策はあるだろう。というより、身近なこの場所だからこそ変えねばならんのだ。アプル殿の目と耳が届く……貴公に対するこの町の評価を」
エクスカリバーが言っていることは、恐らく間違っていない。
ただ、問題は……。
「言ってることは分かる……が、そりゃかなり難しいなぁ」
「だろうな」
ブランスさんも言っていたように、この町の人達は彼の強さをよく知らない。
困難な依頼をいくら完璧にこなしたとしても、これまでの言動はもちろんのこと、貴族の力で成り上がったという噂まである以上……恐らくその効果は薄いだろう。
「だが、やらねばならん。アプル殿は過去の英雄達に憧れている。恐らくそれを知るまでは、貴公も過去の英雄達のように誇り高く、そして尊敬されているものだと思っていた筈だ。だが、彼女は知ってしまった。ならば、現実がそれに追い付くしかない。なんとしても」
「……だな。分かった。俺頑張る」
ブランスさんが纏っている魔力は本物だ。
気付いている人は気付いている筈……ただ、町全体がブランスさんをよく思っていない以上、その人達はそのことを表には出さないだろう。
どうにかしてこの町の人達全員に、ブランスさんの強さと……その想いを知ってもらわないと駄目だ。
何かいい方法を探さないと……。
「ブランスさん。俺達は暫くこの町にいます。こっちでも色々考えてみるんで、ブランスさんも何か方法を考えてみてください。出来ることがあれば協力します」
「分かった。俺も考えてみるよ……あんがとな」
「いえ……それじゃ、今日はこの辺で失礼します」
「ああ。じゃ、町まで送る……あ、そういやお前らどこに泊まるんだ?」
「まだ決めてません。これから宿探しですね」
「なんならうちに泊まるか? 部屋なら腐る程あるぞ」
「いや、多分そうすると……アプルさんが俺達を見る度に色々考えちゃうと思うんで……」
「あー……そっか。そうだよな……こういうところかなぁ……」
「あ、えっと……お気持ちは嬉しいです!」
うーん……見た目にはよく分からなかったけど、これは相当落ち込んでるな。
思い詰め過ぎないといいんだけど……。
「じゃ、謝礼だけでも受け取ってくれ」
「え? いやいや! 何もしてないんでいらないですよ!」
「えー……じゃあ俺はどうしたらいいんだよ!」
今度は怒り出した。
大丈夫かなブランスさん……。
「あ、そうだ。うちの別荘に泊まれよ。もう何年も使ってないからさ。それならいいだろ?」
「え? ありがたいてすけど……いいんですか?」
「うん。せめてそれくらいさせろこの野郎」
「はは……じゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
「よし、早速うちの使用人を向かわせて掃除を……ッ!?」
「お待ちを」
瞬間、レヴィがブランスさんの肩を掴む。
さっきまで俺の後ろにいた筈なのに……速過ぎて全く見えなかった。
「お掃除は私がやりますので」
「え? あ、わ、分かった……」
「ふふふ……何年も使ってない……うふふふふ……」
よかったね……レヴィ。




