第254話:本当
「そ、そうですか……」
「なんか話した途端にすげー悲しい顔されてさ。それでも説得してみたんだけど……絶対嫌だと」
「やっぱり……痛いのが怖いんですかねぇ~……」
「いや、俺もそう思ったんだが……それ聞いたら"違う"って言われた。じゃあなんでだって聞いても俯いたままでよ。もうどうすりゃいいか分かんなくて……はぁ……」
うーん……それが理由じゃないとするならいったい……。
「ブランス殿。我にもう一度話をさせてはくれまいか?」
「エクスカリバー……」
「話した時間は短いが……我が感じたアプル殿は聡明で、人を思いやることの出来る強い女子に思えた。恐らく、兄である貴公には話せない理由があるのだろう。まぁ、それを我に話してくれるかは分からぬが……」
「いや……頼む。あんたの言う通り、俺には言えない何かがあんのかもしれねぇ。話を聞いてやってくれ」
「心得た。主人も来てくれ」
「分かった」
「私も行きます」
「では3人で。他の者はここに」
頷くアスクレピオス達を残し、俺達3人はメイドさんに案内されて再びアプルさんの部屋の前へと足を運んだ。
心なしか、その扉が先程よりも暗く見える。
とにかく話だけでも聞ければいいのだが……。
「アプル殿。エクスカリバーだ。我が主人もいるのだが、入ってもよいかな?」
「……どうぞ」
明るい声は暗く沈んだ声へと変わっており、そのまま彼女の心境を表しているかのようだった。
アプルさんだって身体が治ることは嬉しい筈……ということは、それ以上の何かが彼女をそうさせているのだろう。
そうしてエクスカリバーが扉を開けると、やはり浮かない表情をしたアプルさんがそこにいた。
「ごめんなさい……せっかく私の為に……」
「いや、そんなことは気にしないで下さい」
「ですが……お兄様に頼まれて、わざわざ私の足を治しに来て下さったのでしょう? なのに私……」
「アプル殿。我が主人は人の為に生きる男だ。そして、そこに紛れがないという稀有な男でな。報酬や名誉、そこに至るまでの苦労すらまるで気にせぬ。仮にこのまま何もなく帰っても、貴公がそれを望むのなら……我が主人はそれでよしとするであろう。それは主人の剣である我や、ここにいるレヴィとて同じこと。ただ、よければ理由を聞かせて欲しい。無論、貴公の兄には許しがない限り決して話さぬ。どうだろうか?」
アプルさんはそれを俯いたまま聞き終えると、意を決したかのようにすっと顔を上げる。
「……そうですね。このまま理由も語らずというのは、あまりにも皆様に対して義を欠く行為……どうぞお掛けになって下さい。訳をお話し致します」
アプルさんに促されてソファーに座ると、彼女は車椅子を操作して俺達の近くまで寄り、自身の足を撫でながら口を開いた。
「お兄様から話は聞きました。この足が治るかもしれないと……」
「うむ。先に会ったアスクレピオス……あれは傷病を癒す力を持つ。その代わり、その重さに見合った痛みを伴うのだが……」
「痛みは怖くありません。私が怖いのは……お兄様のことなのです」
「ブランスさんの? それはどういう……」
俺の質問に再び俯いてしまうアプルさんだったが、きゅっと唇を噛み締めて真っ直ぐに俺達を見る。
「……私は臆病者です。お兄様は私が"こう"なったから外へと出られた。確かに歩くという行為は失いましたが、私はそれ以上に嬉しかったのです。お兄様が元気に明るく……ご自分の世界を変えられたことが」
アプルさんは……本当にブランスさんが好きなんだな。
なんだか羨ましい。
俺には兄弟がいないから。
「この足が治ると聞いた時、本当に嬉しく思いました。ですが同時に、もし私が治って"しまった"ら……いずれまた、以前のようなお兄様に戻ってしまうのではないかと……私にはそれが……何よりも恐ろしいのです」
……そういうことか。
「なるほどな……だが、今のブランス殿は強い男だ。我も過去の話は聞いている。故に、アプル殿の不安も分からない訳ではない。だが、その足が治ったとしても、今の彼なら冒険者を続けると我は思うぞ」
「俺もそう思います。ブランスさんは優秀な冒険者です。ブランスさんを頼っている方は大勢……」
「果たして……本当にそうなのでしょうか」
「え?」
「アプル殿……それはどういう意味だ?」
「お兄様は私に隠し事をされています。私がそれに気付いていることに、お兄様は気付いていないようですが……」
「か、隠し事?」
「ええ。私は知っているのです。お兄様が……世間でどういった評価をされているのかを」
あ……。
「いや、それは……」
「以前からおかしいとは思っていたのです。我が家に情報誌の類いが入らなかったり、他国にはよく連れて行って下さるのに、私をシュメールの町へは行かせなかったり……それが何故かは分かりませんでした。しかし、今より半年程前、お父様のご友人が訪ねられた際、そのお子様の話し相手をする機会があったのです。そこでようやく……私はその疑問の答えを知ることが出来ました。お父様もお兄様に口止めされていたのでしょうが、相手が子供だと思って油断されたのだと思います。その子は有名な冒険者の方々に憧れを抱いているようでして、お兄様のことも知っていました。ただ、ここがお兄様の実家とまでは……」
「それで巷の噂を耳にした訳か……」
「はい。目が合っただけで殴りつけるとか、恫喝に脅迫、依頼者の方や同業の方に対する礼節もない……今の肩書きも、貴族であることを利用したものだと。もちろん、全てが全て真実だとは思っていません。もし仮に真実があったとしても、お兄様にはお兄様なりの理由があったのだと思います。ですが……」
そうか……アプルさんはそれを聞いてしまったから、ブランスさんのことが信じられなくなってしまったのかもしれない。
バーンさんや俺達が友達だということも、ギリシアの戦に行ったことも……全ては自分を安心させたり、喜ばせたりする為だと。
たからアプルさんは……。
「お兄様だって、周りの方々がどう思っているかは知っている筈です。でなければ、私を町に連れて行かない理由がない。私に余計な心配を掛けたくないことは分かります。ですが、それではまるで……私以外はどうでもよく、私にだけかっこいい姿を見せられればいいい……つまり、お兄様は私のこと"だけ"を考えて冒険者をしているのではないかと……そう感じたのです」
「アプル様……」
「今の私には、何が真実で何が嘘なのかが分からないのです。だったら私は……このままでいい。お兄様は、いつも私に受けた依頼のことを話して下さいました。私はお伽話のようなそれを聞きながら、戦うお兄様の姿を想像するだけで心が踊って……それがなくなってしまうことは、この足が治らないこと以上に嫌なのです」
恐らく、アプルさんはブランスさんがどれだけ強いのかを知らない。
だから全ては想像の中にあるんだ。
仮にそれら全てが嘘だとしても、アプルさんにとっての幸せは、ブランスさんと語らうその時間なのだろう。
それがなくなってしまうくらいなら、足のことなどどうでもいいってことか……。
「……お話は分かりました。ただ、これだけは信じて下さい。ブランスさんは本当に強いんです。俺が命を助けられたのは嘘じゃありません。仲間もちゃんといますし、俺もその1人だと思っています」
「はい……ありがとうございます」
「アプル殿。このことをブランス殿に伝えても構わぬだろうか?」
「え? いや、それは……」
「気持ちは分かる。だが、言葉にする勇気も必要だ。貴公の兄は恐怖を乗り越え、貴公の為に命を懸けている。ならば、貴公もそれに応えるが義。無論、悪いようにはせぬ。聖剣の名に誓ってな」
「そう……ですよね……分かりました。では、せめてあなた様方からお兄様に。私は少し休ませていただきます。どうかご無礼をお許し下さい」
「うむ。ゆっくり休まれよ」
「俺達は暫くこの町にいます。だから……いや、今はやめておきます。それじゃ、また」
「はい……また」




