第248話:敬礼
仮の本部である図書館を離れた俺達2人は、次に何を直すかを相談する為、とりあえず現場の指揮を執っている第二騎士団長のテーベさんの下へと向かっていた。
何から直した方がいいかを考えながら歩いていたのだが、どうにも2人のことが気になってしまい上手く考えがまとまらない。
アスナはどうか分からないが、ティアがティタノマキアに狙われる可能性はゼロじゃないし、奴らが北にいるとすれば……偶然鉢合わせるなんてことも考えられる。
でも、今ギリシアの復興を放り出して行く訳にはいかないし……それに……。
「……私は別に構いませんよ?」
「え?」
そんなことを考えていると、不意にレヴィがそう口を開く。
「ロード様の考えていることくらい……分かりますから」
そして、レヴィは笑顔でそう続けた。
でも、俺にはそれが――――
「……いや、行かないよ」
「えっ……いいんですか?」
「ああ。2人はやることが終わったら会いに来るって言ってた。なら、待つべきだろう。なんか味方もいるみたいだし、きっと2人は大丈夫だ」
そう。きっと大丈夫。
そもそも見つけ出すことだって難しいし、結局のところ2人を信じて待つしかない。
まぁ、何よりも……。
「それに……さっき約束したばっかりだろ?」
「ロード様……」
「俺だってたまにはのんびりしたいさ。それがレヴィと一緒なら……きっと最高に楽しい時間になると俺は思う」
先に進むことばかりが正しいとは限らない。
別に寄り道したって、忘れなければいいだけだ。
どう歩こうが、道はきっと続いてる。
目的さえ……見失わなければ。
「……はい。私もそう思います」
「ん……さぁ、まずはギリシアの人達が安心して暮らせるように頑張らなきゃな!」
「ふふっ……ですね!」
今度の笑顔は本物だと……そう思った。
もちろん、さっきのセリフも本心だったのだろう。
2人を探しに北に行ってもいいと、レヴィは本気でそう思っていた筈だ。
あるいはそれでもよかったのかもしれない。
2人を探す旅ってのも、それはそれで楽しそうだしな。
けど、今の嬉しそうなレヴィを見て、やっぱりこっちで正解だったと……そう感じた。
――――――――――――――――――――――
竜族との戦が終わってから、今日でもう1ヶ月。
ギリシアはもうすっかり元通り……とまではさすがにいかなかったが、人が住める環境が整い始めたことで、毎日少しずつギリシア人やアルメニア人、未だ復興の目処が立たない水上国家アークマリンの出身者達が町へと入り始めていた。
今現在、ロード様と私はギリシア城の一室を与えられ、そこから毎日復興作業へと赴いている。
もちろん、武具様達と一緒に。
「ヘラクレス、マルテ。今日は西地区の瓦礫を頼む。長かった撤去作業も今日で終わりだ。任せたぞ」
「心得た」
「わかった。がんばる」
「俺とレヴィは南の壁付近にいるから、何かあればそこへ頼む。じゃ、今日もよろしくな」
「うむ。では、また後でな。行くぞマルテ」
「あい」
2人の大きな背中を見送り、ロード様と私は南の壁へと向けて歩き出す。
今日もいい天気……いや、良過ぎるくらいだ。
さすがにこの服だとちょっと暑い……。
「レヴィ、暑くないのか?」
「へ? あ、そうですね……少し……」
ロード様に心を読まれてしまった。
どうやら顔に出ていたらしい。
「ロード様こそ……そのマントと口当てを付けていて暑くないのですか?」
ロード様はフード付きのマントを羽織り、グラウディ様からいただいた黒いマスクをしている。
ズボンは私が以前に購入した黒いものをそのまま穿いており、下半身のみ無事だったハガー様の鎧を着けていた。
上はケルトでいただいたという黒い服を着ていて、なんでもケルト謹製のその服は、鎧の下に着る為だけに開発されたものらしい。
よく伸び、よく縮む素材で作られており、ピタッと肌に貼り付いて動きやすいとのことで、ロード様はかなり気に入られている。
もう普段は鎧を着ないらしい。
まぁ、伝説の武具様の中には何名か鎧の方もいるし、常にアガートラム様も付けているから問題ないということだろう。
「うん。これさ、意外に両方とも風通しがいいんだよね。だから俺は平気だけど、レヴィはもっと薄手の服を着た方がいいんじゃないか? 長袖にロングスカートじゃ……そりゃ暑いよ」
「む、いけません。メイドたるもの……この服と共に生き、共に死ぬと定められております。掟で」
「そ、そんな掟が!? じゃあ……せめて袖をまくるとか……」
む、その手があったか。
というか……。
「忘れておりました。この服は……よいしょっと」
「え!? 袖……脱着式!?」
「ふふふ……どのような場面にも対応出来るようにと服を改造していたのですが……自分で作っておいて忘れておりました。ああ……涼しいです……」
構造上、肩部分から全て外れてしまうので少し恥ずかしいが……まぁ、たまにはいいか。
ん? なんだかロード様の視線が……。
「ど、どうかされました?」
「あ、いや……なんか新鮮だなぁと思って……」
「そうですか? ん……えっと……あんまりジロジロ見ないで下さい……えっちです」
「レヴィ……そうやって言えば俺が照れると思ってからかってるだろ?」
おや。
恥ずかしがるロード様が見られるかと思ったが、どうやら作戦失敗らしい。
「ふふっ……バレましたか。でも、恥ずかしいのは本当ですよ?」
「え? そうなのか?」
「普段は隠れている部分ですから……ロード様以外に見せたことはありませんし」
「えっ……あ、う、うーん……」
「ククク……当てましょう。袖をつけてくれと言いたいが、そうするとレヴィが熱いしなぁ……ですね?」
「……バレバレか」
「ふふっ……はい。バレバレです」
結局当初の予定通り、恥ずかしそうに頭をかくロード様を見ることが出来た。
そんな彼越しに見える新しいギリシアの町並みが、この幸せな時間をより彩ってくれている。
以前は白一色の美しい町並みだったこの皇都ギリシア。
それは確かに素晴らしい景観で、初めてロード様と一緒に見た時には思わず感嘆の声が漏れた程だった。
今はその時と違い、ミスティルテイン様の樹木から造られた家屋や店屋が町の半分以上を占めており、ギリシア原産の白鋼石で造られた白い建物は、その合間合間にいくつか見える程度となっている。
でも……。
「おかーさん! 今日のご飯は!?」
「そうねぇ……何か食べたいものある?」
「うーん……オムライスかな!」
「オムライスね……じゃ、そうしよっか」
「わーい!」
「おっ! こいつぁ上玉じゃねぇか! よく捕まえてきたなおい!」
「へっへっへっ……砂中の鰐を捕まえんのはコツがあっからな。竜族もこいつは見つけられなかったみてぇだ」
「こいつの皮は武器や防具にもなるが、何より肉だな! 待ってな! 今勘定すっからよ!」
人の賑わい。
それが戻っただけで、町はこんなにも輝いて……。
「ギリシアの人達は強いな」
「ロード様……そうですね。これならきっとフリードリッヒ様の言うように……」
「ああ……ギリシアは大丈夫だ」
私達は頷き合い、人々が行き交う大通りを南に進む。
エクスカリバー様を始めとする武具様達のおかげもあり、既に町の主要機関は正常に稼働を始めていた。
後は資材と時間さえあれば、ギリシアは元の姿に……いや、きっとそれ以上にいい町になるだろう。
私達はそんな未来を感じながら、目的地である南の壁付近へと足を進めた。
――――――――――――――――――――――
「おや?」
「ん?」
レヴィと話しながら賑わう大通りを抜け、資材となる樹木が生えている南の壁付近へと辿り着くと、何故かそこに多くの人達の姿があった。
普段は作業員以外にあまり人がいない場所なんだが……というか、みんな鎧を着ているから兵士の人達か?
ギリシア兵の人達がなんでこんなところに大勢で……。
「あれは……フリードリッヒ様では?」
「え? あ、ほんとだ。それにジルさん達まで……何かあったのかな?」
よく見ると、彼らの中心にフリードリッヒ様の姿が見え、その脇を固めるようにジルさんを始めとする四騎将の人達が立っている。
疑問を抱きつつとりあえず近付いていくと、何人かの兵士さんが俺達に気付き、やがてフリードリッヒ様達がこちらを向いた。
「やぁ、ロード、レヴィ」
「おはようございます陛下」
「おはようございます。あの、どうかされたんですか? こんなところに皆さんで……」
「ああ、驚かせてすまない。君らがいつもまずここに寄ると聞いてな。民の姿もないし、話すにはここが丁度いいと思ったのだ」
「話? なんでしょう?」
「うむ……もう君らには十分尽くしてもらった。1ヶ月程前にも言ったが、これ以上君らの道を邪魔したくない。後は我々に任せてはもらえないだろうか?」
「陛下……」
「ジル」
「はっ! おい!」
ジルさんが兵士の人に命ずると、聞き慣れた足音が彼らの背後から――――
「ヴァ、ヴァンデミオン!? 無事だったのか!」
「い、今までどこに……!」
俺達が駆け寄ると、ヴァンデミオンは嬉しそうに頭を上下に振る。
竜族の襲撃後から行方が分からなくなり、正直もう諦めていたんだが……。
「実は私も気になっていてな。生き残っていた厩の店主を探し出して話を聞いたところ、襲撃の直前に壁を蹴り抜いて逃げ出していたらしい。それを聞いてギリシア周辺を探索したら、東の山付近で見つかってな。最初は暴れたのだが、ロードとレヴィの名を出した途端に大人しくなったよ。まったく……大したやつだ」
「そ、そうだったんですか……よかった……」
「また会えたね……ヴァンデミオン……」
「ブルッ!」
「何か一つでも君らに返したいと思い、一番君らに近いジルに話を聞いたところ……この馬の話になってな。なんにせよよかった。少しは恩を返せただろうか?」
「はい……これ以上はありません」
「ありがとうございます……皆様」
「そうか……あ、さすがに馬車は見つけられなかったが、既に新しいものを用意してある。是非受け取ってくれ」
……ここで断るのは失礼にあたるだろう。
「分かりました……ありがたく頂戴します」
「……ありがとう。本当は謝礼金をいくらでも積み上げたいところなのだがな……どうせ君らは受け取ってくれまい?」
「はい。それはギリシアの為に使って下さい。俺達には不要です」
「フッ……馬車には食料と水、それから最低限必要なものを乗せてある。荷物を纏める時間も必要だろうし、明日の朝にでも立つがよい。君らには本当に……」
そう言いながら、フリードリッヒ様は頭を――――
「お、おやめ下さい陛下! どうか頭を……!」
「へ、陛下……あっ……皆さんまで……!」
全員が胸に手を当て、深く頭を下げてくれていた。
「……誰も君らの名を知らぬ。ギリシアを……いや、世界を救ったのは君らなのに。だからせめて……我々だけは胸に刻もう。そして、常に祈ろう。我らの勇者の旅路の果てが……思い描いた未来になるようにと」
「陛下……」
「我が父の遺言……それを成し遂げてくれたこと、心より感謝する。そして、全てを救ってくれて……ありがとう。スパルタクスッ!」
「総員頭を上げぃッ!」
スパルタクスさんの号令で、一斉に彼らが顔を上げる。
「我らの勇者に……敬礼ッ!!」




