第241話:天竜種
活動報告にも書きましたが、書籍第2巻が3月25日に発売となります。
皆さまのおかげです……ありがとうございます!
「ありがとう……レヴィ。あ、ちょっと肩を貸してくれ……1人じゃ歩けそうにないや」
「ぐすっ……はいっ……!」
俺はレヴィに支えてもらい、2人で一緒にヨルムンガンドの下へと向かう。
瓦礫に背を預けたヨルムンガンドは動かず、顔を上げてじっと空を見つめていた。
やがて俺達が彼の足下まで辿り着くと、その視線がこちらへと向けられる。
「ヨルムンガンド……」
『ロード……貴様の……いや、貴様達の勝ちだ』
俺が頷くと、ヨルムンガンドは再び空へと顔を上げる。
俺にはその表情がどこか……笑っているように見えた。
『……美しい空だ。ドラゴニアには無い色よ。我らはこれを……求めていた』
俺とレヴィも空を見上げる。
青く澄んだ空はどこまでも広く、ただひたすらに……美しかった。
「なぁ、ヨルムン……」
『一万年だ……加えて、此度の戦がそれを許しはしまい。たとえ……貴様が許したとしてもな』
「……」
その通りだろう……。
人と竜の間には、あまりにも深い溝がある。
一万年かけて掘り進められたそれは、そう簡単に埋まるものではない。
俺の個人的な想いだけでは……。
『魔力と匂いから察するに、今戦場に残っている同胞はドラゴニアにいた者達だろう。そして、ここから離れていく多くの気配を感じる……これはもともとヴァルハラにいた同胞だな。我が敗れたことを感じ取り、それによって逃げ出したようだ。恐らくそやつらは再び人間へと牙を向け、そしていずれ人間に討たれるだろう。すぐに全ては変えられない。だが……』
ヨルムンガンドが再び俺を見る。
その瞳は――――
『無論……時が必要だ。我らには過去の憎しみが、人間達には今の憎しみがあるだろう。それを消すことは容易ではない。だが、我は貴様に変えられた。故に、不可能ではないと……我はそう思う』
「ヨルムンガンド……」
『……恥を忍んで貴様に乞う。どうかこの命……暫し我に預けてはくれぬだろうか?』
「えっ……?」
い、命?
『フッ……貴様にはその考えすらなかったようだな。我は竜の王……偉大なギリシアの王がそうしたように、この戦の責は我が取らねばならならない』
あ……。
『故に、本来ならばこの命は貴様達に捧げねばならぬものだ。だが、今我が死ねば……やがて新たな竜王が生まれ、再び同じ時を繰り返すことになるだろう』
「そう……なるだろうな……」
『我らが抱く憎しみの根幹には、神が人間だけを優遇し、その庇護の下で何不自由なく暮らしているということがある。神の力がなければ弱い生き物であるにも拘らず、我が物顔でこの素晴らしい大地を占領している……とな』
「そうか……」
魔王もヴァルハラを求めていた。
この大地で生きることが当たり前の俺達には、彼らの気持ちを真に理解することなど恐らく出来ないだろう。
だから争う。でも、道はそれだけじゃない。
少なくとも今……。
『だが、貴様と戦って分かった。人間は魔法があるから強いのではない。その心が、その想いが、その意志が……そして、その魂があるからこそ強いのだ。魔法など……それを伝えるための方法に過ぎなかったのだと』
魔法は……伝える為の方法……。
確かにそうかもしれない。
俺は以前から、魔法はその人にあったものが与えられているんじゃないかと感じていた。
決して偶然ではなく、それは必然なんじゃないかと。
その人の想いを……力に出来るように。
『我は今一度考えたいのだ。果たして竜族はどうあるべきなのかを。その時を……どうか我らに与えてはくれぬだろうか?』
「ああ……分かった」
そう答えると、ヨルムンガンドは驚いた表情を見せたまま黙ってしまった。
「どうした?」
『クックックッ……いや、あまりにも簡単に返事をするものでな。だが、本当によいのか? また再び我らが来るやも……』
「……俺はお前を信じる。まぁ、もし万が一そうなったら……その時はまた止めるだけだ。俺の全てを懸けて」
でも、きっと……。
『……そうか。ならば、そうなる訳にはいかんな。貴様とはもう……戦いたくない』
そう言って、ヨルムンガンドはニヤリと笑う。
「はは……俺もだ」
『うむ……さて、ちと耳を塞げ』
「え?」
『いくぞ……グォォォォォォオッッ!!』
「わっ!?」
「きゃっ!?」
瞬間放たれた竜王の咆哮が、静かなギリシアへと轟いた。
「な、何を……あ……」
高い金属音が頭の奥で響く中、確かに聞こえたその音に、俺とレヴィは空を見上げた。
視線の先、青く広がるその空を、竜王の咆哮に導かれた数百の竜の群れが列をなして飛んでいく。
そうか……帰るんだな。
あ、その前に……。
「なぁ、ヨルムンガンド。聞きたいことがあるんだけど……構わないか?」
『無論だ。我が知り得ていることなら全て答えよう。まぁ、大体何を聞きたいかは分かるがな……』
「ありがとう。じゃあ、単刀直入に聞くよ。お前の中にいた奴は……なんだったんだ?」
確かに感じたその気配。
上手くは言えないが、とにかく嫌な感じだった。
あれはいったい……。
『……答える前に言っておく。それを聞けば貴様達は……いや、この世界に生きる者全てが絶望を感じるやもしれん。それでも聞くか?』
それ程の……。
けど、聞かなきゃならない。
なんとなくだが、それは俺の道に続いている気がする。
つまり、この世界の歪みに……。
「頼む。聞かせてくれ」
『……分かった。では、語ろう。あれは今から数百年前のことだ。まだ我が竜王どころか……劣等種と呼ばれていた頃の話よ』
「れ、劣等種……? お前がか?」
『そうだ。む、そうか……まずはそれから語らねばならんな。竜の種類は知っているな?』
「あ、ああ……大きく分けて7種類だったっけ?」
『うむ。我はその中の一つ……竜の中でも最強と呼ばれる種族、天竜種としてこの世に生を受けた。天竜種が最強と呼ばれる所以はいくつかある。翼爪竜種の如き飛行能力や、息吹竜種にも引けを取らないブレス……巨腕竜種程ではないがこのように腕を持ち、大竜種に次ぐ身体を持っている。また、多頭竜種の毒にも耐性があり、海竜種程ではないが泳ぐことも可能だ』
「なんでもありだな……そりゃ最強と呼ばれる訳だ」
『クックックッ……そうだな。だが、その代わりに数が極端に少ない。繁殖能力がとにかく低いのだ。それだけ力を凝縮しているともとれるが……実際我が生まれた時、この世界の天竜種は我を含めて4匹しかいなかった。翼爪竜種などは、ドラゴニアだけでも1000匹以上はいたにも拘らずだ。だが、それでも天竜種の地位は揺るがない。我を含めたたった4匹で、ドラゴニア全土をほぼ統べていた。力と恐怖でな』
1000対4で……いや、他の竜族も合わせればもっと差があった筈だ。
だが、ヨルムンガンドクラスが4匹いれば……納得出来る。
『それだけの力が天竜種にはあった。それは、先に述べた理由とは別に、天竜種が生まれながらにして特別な能力を備えるということも大きい。無論、他の竜族も特別な能力を得ることはある。現に貴様達に破れた各種族の長達も、皆それぞれ特殊な能力を持っていたからな。だが、それを得られるのはほんの一握りの個体だ。長い時を生き、その中でも選ばれし者のみがそれを得る。それだけに、その力は絶大だった。特に、当時は我ら天竜種以外、そういった力を持つ個体がいなかったのでな。一匹で数百匹を相手取り、余裕を持って勝ち切るといった光景を何度も見たよ。そう……我は見ているだけだった。何故なら我には……能力が何もなかったからな』




