第240話:儀式
『ガッ……ガガガッ!?』
クラウソラスの純白が、冥界の漆黒を塗り替えていく。
煌めく斬光は死の塊を霧散させ、その光はロードと共に、ヨルムンガンドの下へと遂に辿り着いた。
「お前が誰かは知らないッ! ただ! 邪魔をッ……するなぁッ!!」
確かに感じたその気配に向け、ロードはクラウソラスを振りかぶる。
そうしてヨルムンガンドの胸の中心に、光の剣が深々と突き刺さった。
『ガァァァァァァァァァアッ!?』
「あぁぁぁぁぁあッ!」
瞬間ヨルムンガンドの全身が光に包まれ、その瞳や牙の隙間から黒い魔力が一気に溢れ出す。
それは、浄化の光。
光の剣は闇を打ち消し、冥界の力をこの世界から消さんと猛烈な光を放つ。
「闇が……消えて……」
「綺麗……」
全員が空を見上げる。
それは、この場にいるレヴィ達だけではなく、今ギリシアで戦う者全てがそうであった。
戦の終焉を告げるかのようなその眩い輝きに、人も竜も振り上げたその手を自然と止める。
そうして、世界を照らすその白く清い光だけを……彼らはただただ見つめ続けていた。
「おい、ミョルニル……あれは……」
「ああ……やっぱ……ただ者じゃなかったね……」
ロードの下へと向かう途中、アイアンハートに抱えられたミョルニルがそう呟く。
彼はそれに頷くと、誇るべき主人の下へと駆け出した。
その先にある空は未だ白く煌き、尚その輝きを増していく。
『ガッ……ぐ……おぉぉぉおッ!?』
「ッ!」
その時、赤黒く濁っていたヨルムンガンドの目に光が戻っていく。
それに気付いたロードは、肺に目一杯空気を叩き込んだ。
「こいッ……ヨルムンガンドッ! まだ決着は……ついてないッッ!!」
『ッ!!』
ロードは全ての魔力をクラウソラスへ流し込み、心の底からそう吼える。
「お前はッ……お前なんだろうッ!?」
『ぐッ! が……あッ……わ、我はッ……!』
「だったら……帰ってこいッ!!」
瞬間、クラウソラスの光がギリシア全体へと広がり、それを見つめていた全ての者の視界を奪った。
「ぐッ!?」
「なんも見え……!」
「ひゃあッ~!?」
「ロ、ロード様ッ……!」
目を開けていられない程の強烈な白い閃光。
瞼越しでも強く感じるそれに、ギリシアの時が一瞬止まる。
「ん……」
やがて光が弱まったのを感じたレヴィは、薄っすらとその目を開いた。
「あっ……」
そうして映ったロードの背中に、彼女の口から安堵の吐息が漏れる。
だが、すぐに口元をぎゅっと噛み締めると、彼女は彼の下へと歩み始めた。
何故なら、まだ決着はついていないから。
彼女の瞳に映る彼は、その前にいる者を静かに見つめていた。
2本の脚で大地を捉え、その大きな黒い翼を広げる……竜王ヨルムンガンドを。
『……ロード』
レヴィがロードの隣に立った直後、ヨルムンガンドが静寂を破る。
冥界の魔力はクラウソラスによって消され、ヨルムンガンドは既に己を取り戻していた。
しかし、一見無傷に見えるその身体は限界を超えており、それと同時にほとんどの魔力を失っていた。
『どうやら……我は貴様に……』
「ヨルムンガンド」
そしてそれはロードも同じ。
魔力のほぼ全てをクラウソラスに使い、もう新たな魔法は使えない状態にあった。
だが、それでも彼は――――
「……決着をつけよう」
『ッ! クックックッ……貴様という奴は……』
「お互いに魔力はほとんどなし……条件は五分だ」
『ああ……そのようだな』
「レヴィ、下が……」
「お断りします」
「えっ?」
「私も……ヨルムンガンド様を救いたいので。ロード様と一緒に」
「レヴィ……」
『フッ……ヨルムンガンド"様"か……』
竜王は笑う。
竜族以外に初めてそう呼ばれ、なんとも言えない不思議な感覚を覚えて。
『……いいだろう。2人まとめて掛かってくるがいい。我は竜王ヨルムンガンド……貴様達に勝ち、我は竜族を導く。それが竜王としての……我が使命なり』
既にヨルムンガンドは気付いていた。
竜族の戦いはもう……終わったのだと。
6匹の長は討たれ、既に戦は終局へと導かれている。
だが、不思議と悔しさも憎しみもなかった。
そして、目の前にいる人間ならば……いや、ロードならば構わないと。
「なら……それを俺達が止めてやる」
ロードは拳を握り締める。
レヴィもまた、彼の隣で拳を構えた。
『……強き者が真理。敗者はただ……勝者に従うのみ。それが、竜族の掟だ』
期待通りのロードの言葉に、ヨルムンガンドはそう答える。
戦だけではなく、彼らの決着もまた既についていた。
故にここから先は、ヨルムンガンドの竜王としての矜持を守る為に、ロードが催した儀式に過ぎない。
それら全てを理解し、ヨルムンガンドは全身に力を込める。
そうして、彼もまた拳を握り締めた。
その爪を……立てないように。
『さぁ……』
長い戦いの全ては、今ここに到達する為だけにあった。
勝負は一瞬。
体力も魔力もない今、残る全てをその一瞬に凝縮するしかないと互いに理解していた。
そうして微かな淀みの後、竜王の口が大きく開き――――
『我を止めてみよッ……ロードッ!』
彼に"止めろ"と……そう言った。
「……ああ、止めてやる。そして、違う道を歩こう……ヨルムンガンドッ!」
『フッ……ぬかせッ!』
「いくぞレヴィッ!」
「はいッ……ロード様ッ!」
刹那三つの足は同時に踏み込み、一切の迷いなくその拳を振りかぶる。
レヴィは主人の先に立ち、ヨルムンガンドが全てを込めるその巨拳へ向けて大地を蹴った。
彼女の魔力もまた、二発の超魔力弾を放ったことでそのほとんどが失われている。
しかし、それはあくまで自分が扱い切れる範囲の話。
海の王を圧倒したあの力は、まだ彼女の中で眠っていた。
だから彼女は、それを強引に呼び覚ます。
自分の為ではなく、背中にいる……愛する者の為に。
「うぁぁぁぁぁあッ!!」
『おぉぉおッ!!』
瞬間、激突する二つの拳。
それは、誰が見ても絶望的な差があるように見えただろう。
たが――――
『ぎッ!?』
嫌な音を立てたのは、ヨルムンガンドが放つ巨拳であった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」
レヴィは右の拳に魔王の力を宿し、そうしてヨルムンガンドの全てを込めた拳を――――
「はぁぁぁぁあーッ!!」
『がッ……あッ!?』
粉々に……打ち砕いた。
「ロード様ッ!」
レヴィの雄叫びと同時、ロードは彼女の肩へと足をかけ、そのまま一気に空へと跳んだ。
拳を粉砕されたヨルムンガンドの体勢は大きく崩れ、もはや立て直すことはかなわない。
いや、仮にそれが可能であったとしても、ヨルムンガンドはやはりそれを受け入れただろう。
ロードの想いが込められた……その魔銀の拳を。
『ロー……ドッ……!』
「……受け取れッ! ヨルムンッ……ガンドォッッ!」
そうして、美しい銀色の輝きを放つその拳が、ヨルムンガンドの魂へと……確かに届いた。
「はぁぁぁぁあッ! "意志を貫く魔銀の義手"ッ!」
『ごッ……おッ……!』
打ち抜いた拳は竜王の牙を粉砕し、その巨躯を弾き飛ばす。
竜王は地面を跳ねながら瓦礫の山へと叩き付けられ、それを背に顔を上げる。
霞む瞳に映る……自身を打ち破りしその男。
やはりその魔力は――――
『クッ……クックックッ……ああ……見事なり』
彼の目にはただひたすらに……美しく輝いて見えた。
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「はぁッ……はぁッ……ぐッ……」
その時、倒れそうになる俺の身体を何かが包んだ。
「レ、レヴィ……」
「ロード様ッ……」
ああ……温かい。
やっぱり俺には……君がいなきゃ……。
「レヴィ……ごめんな。君を……傷付けて……」
「わ、私こそ……! 分かっていた筈なのにッ……あ、あなた様のことをッ……!」
「じゃ、じゃあ……仲直り……してくれるか?」
「ッ! うぅっ……ぐすっ……はいっ! はいっ……!」




