第239話:クラウソラス
「いッ……くぜぇぇぇえッ!」
ブランスは全ての魔力を剣へと叩き込み、大上段に構えたそれを一気に振り下ろす。
放たれた勇気の魔力は黄金の閃光となり、天から迫り来る黒き死の塊と――――激突した。
「うッ!?」
「ぐッ……!」
直後発生した巨大な衝撃波が、その威力を雄弁に物語っていた。
空中で激突した二つの力は拮抗し、激しい光と轟音を上げながらせめぎあう。
「ぬぎぎッ……!」
あまりの衝撃に耐え切れず、ブランスの身体が徐々に後退し始める。
更に彼の身体からミシミシと嫌な音が鳴り、その顔が苦痛に歪んでいた。
「踏ん張れブランス! もうお前しかいねぇ!」
「ッ! わ、分かってるッ……つーのぉッ!」
ズィードの言葉を受けた彼の目に力が宿る。
持っていかれそうになる身体を必死に堪え、ブランスは強引に前へと足を出した。
「うッ……おらぁぁぁぁぁあッ!」
一際強い踏み込みと同時、ブランスは握りし剣を斜め上へと斬り上げる。
瞬間、黄金の閃光は黒い塊を跳ね上げ、死の恐怖を天へと弾き飛ばした。
冥界の息吹は雲を突き破り、そのまま空の彼方へと消えていく。
「はッ……はッ……!」
「あ、あんたやるじゃん!」
「よくやったブランス!」
「さすがです!」
「はぁッ……はッ……あ、あたぼーよ! つか、お前は何のんびりしてやが……ッ!?」
「……う、嘘でしょ?」
「くそったれ……!」
歓喜も称賛も束の間、それを感じてしまった全員が空を見上げる。
彼らの視線の先、竜王は天を見上げて口を開いていた。
その上に、自身の身体よりも大きい……黒い魔力の塊を浮かべて。
「ちょっ……さっきより遥かに大きい……」
「マジで無限なのか……!」
彼らは知る由もないが、正確に言うと無限ではない。
確かに冥界から魔力を引き出すことは、ヨルムンガンドの中にいる者がその気である限り無限に行える。
しかし、器がもたない。
既にヨルムンガンドの肉体は限界を超えており、強過ぎる砲弾を撃ち続けたことで、大砲代わりの彼の身体は徐々に崩壊し始めていた。
だが、中にいる者にとっては関係ない。
やがて自分達の障害になるであろう……ロードさえ消せれば。
「上等だクソ野郎……何度でも弾き返してやらぁッ!」
それを知らずとも、ブランスはやはりブレない。
再び全身に魔力を滾らせ、ただひたすらに前を向く。
勇気の炎は決して消さない。
その命が……続く限りは。
『ガ……ガガッ……ガァァァァァァァァァアッ!』
「うおらぁぁぁぁぁあッ!」
ヨルムンガンドは勝手に命を燃やされながら、その息吹を再び彼らへと解き放つ。
迫り来る絶対的な"死"に対し、ブランスは今一度その剣を振り下ろした。
だが――――
「ぐッ……ぬがぁぁぁぁあッ!」
先程よりも遥かに重い衝撃に加え、連戦による消耗がブランスの体力を容赦なく削っていく。
膝が折れかけ、踏みしめた大地には亀裂が広がっていた。
「ブランスッ!」
「お、俺はぁッ……引かんッ!!」
しかし、その想いとは裏腹に冥界の息吹はブランスの勇気を一気に飲み込んでいく。
その光景に、バルムンクは思わずロードへと駆け寄っていた。
「ロ、ロードぉッ!」
「くッ……何が……何が足りないッ!?」
"違う"
「えっ!?」
「ロ、ロード様?」
突如聞こえた女性の声。
それは、ロードの頭の中に直接響いていた。
「い、今のは……?」
"足りないのではない。逆だロード"
「ま、まさか……クラウソラスなのか?」
右手に握った光の剣が語りかけていた。
自身を扱う術を、彼へと伝える為に。
"無の中に優あり。一切の情念は、それ即ち不浄である。抱え過ぎるなロード……時にはそれも必要ぞ"
「無の中に……優……」
「こ、こんちくしょうがぁぁぁぁぁぁあッ!」
「はっ!?」
「うぐッ!?」
「こ、こいつはッ……魂を……!?」
黒い魔力が眼前へと迫り、それと同時に彼らの身体から力が抜けていく。
近付いていくにつれてその感覚はより強くなっていき、彼らはまるで極寒の雪山にいるかのような寒さを感じていた。
そして、ブランスの膝が意思とは関係なく折れた瞬間、冥界の闇が彼らを一気に包み込む。
「ッ!」
その時だった。
「お、おまた……!」
「てめッ!?」
その男の声が聞こえた瞬間、触れかけた"死"は直前で方向を変え、再び空の彼方へと消えていく。
そして、地面に膝を突いて荒い呼吸を繰り返すブランスの前に……血まみれのディーが立っていた。
「ディー様!」
「この野郎……! おせーぞディー!」
「ゼェッ……ゼェッ……わ、わりーね……ちょい邪魔が……」
ソロモンの下へと向かっていたディー達だったが、その前に1匹の……いや、1本の首が現れる。
ミドガルズオルムの能力。
それは"分裂"。
首を切られて胴体から離れても彼らは死なず、再び胴体へと戻ることが出来る力。
だが、帰るべき胴体はディーによって破壊され、またほとんどの頭部も破壊されていた為に、残ったのは僅か2本。
そのうちの1本はヨルムンガンドの盾となり、もう1本がディー達の前に現れたのだった。
「だ、誰かルカちゃんを治療してあげて……そこにいるからさ……」
「アスクレピオス様!」
「は~い!」
「お前は大丈夫なのかよ!?」
「な、なんとか……ごほッ!? あ、やばいかも」
「ばッ……!」
大量の吐血とともにディーが地面へと崩れ落ちる。
ルカを庇いながら戦った結果、再び毒を吸ってしまったディーの身体は崩壊を始めていた。
「くそッ……ディーも頼む!」
「はいは~……あ」
「ッ!? また……!」
ヨルムンガンドの頭上には再び冥界の魔力の塊が練り上げられ、その大きさは先程のものを更に上回っていた。
「ロー……!」
「バルムンク様!」
「レ、レヴィ?」
「ロード様を……信じましょう」
「ふー……」
頭上から強大な力を感じる中、ロードは静かに息を吐く。
"足りない"のではなく"足り過ぎている"。
確かに……と、彼は思った。
そして、自分は恵まれていると。
力に、仲間に、環境に、そして……愛する人に。
これ以上ない程、かけがえのないものを彼は得ていた。
苦しみの3年間など、もはや思い出すこともないくらいに。
「だから……!」
今はただ、苦しみの中にいるヨルムンガンドを救う。
そして、その連鎖を断ち切る為に――――
『ガァァァァァァァァァァァァァアッ!!』
「……任せろッ!」
冥界の息吹か放たれたと同時、ロードは大地を蹴って空を駆ける。
魔銀の義手が握る光の剣は白い輝きを放ち、彼を導くように息吹の中央を照らしていた。
ロードは柄に左手を添え、その剣を天へと掲げる。
そうして、ただ一つの願いを込めた光の剣が――――
「"世界を照らす光の剣"ッ!」
冥界の闇を……断ち切った。




