第214話:突入
ニーズヘッグの砲撃をヴィヴィアンが防いでくれたことにより、兵達が完全に戦意を喪失することはなかったのだが、ゆっくりと近付く巨大な影が兵達の足を無意識に後方へと運ばせてしまう。
予定通り町から引き離せているのはいい。
しかし、先程までそれを意図してやっていた筈が、今は竜族に押し込まれているような状況になってしまっていた。
町の方角からは大竜種が迫り、左からは主力を含めた巨腕竜種が、右からも同じく主力が混ざった多頭竜種が押し寄せ、空からは騎兵騎士団が抑え切れない翼爪竜種と息吹竜種が降りてくる。
人間達が竜族を囲んでいた筈の陣形は、いつの間にか人間達が竜族に囲まれる形へと変わっていた。
特に左右から迫る巨腕竜種と多頭竜種の動きが激しく、フレイア率いる魔法騎士団やエディ率いるケルト軍の奮戦によりなんとか耐えていたものの、人間達は押し返すことが出来ずに防戦一方となってしまう。
「……なるほど。あり得ますな」
混乱する周りの兵達をまとめ、戦線を維持していたザイルの下にアディードからの通信が入る。
『左右の動きが激しいのはその所為やもしれん。とにかく軍全体をまだ薄い左翼へと向けよ。多頭竜種達よりは巨腕竜種の方が御し易いからの。もし妾の考えが当たっていれば時がない……一点突破するしかないじゃろう』
「分かりました。他の軍には?」
『既に部下が連絡を入れておる。タイミングは合わせられる筈じゃ。ちと早いが援軍もつぎ込む故、なんとしても突破してくれ。任せたぞ……ザイル』
「は……!」
通信魔石を懐に入れ、ザイルは町の中に立つファーブニルを睨みつける。
やはりそれは動かず、ただただじっと戦場を見下ろしていた。
「……アディード様のお考え通りなら確かにまずいな。下手をすると全滅もあり得る……急がねば! 全軍に通達ッ! これより我らは左翼の巨腕竜種を突破する!」
「「「「はッ!!」」」」
ザイルの号令により、オリンポス軍は一気に左翼へと舵を取る。
ケルト軍もそれに合わせ、追撃を防ぎつつ移動を開始した。
その瞬間――――
「うッ!?」
あり得ない量の膨大な魔力。
自身の右半身がひりつく程のそれを感じ、ザイルの視線が再びギリシアの町へと向けられる。
その目に映ったのは、その大きな口を限界まで開いたファーブニルの姿であった。
「気付いたことに気付かれたかッ……! 全軍敵は無視せよ! とにかく走り抜けるのだッ!!」
ザイルは指示を出した後、すぐに魔石を握りしめて魔力を込めた。
『こちらエディ』
「ザイルだ! ケルト軍はこのままだと間に合わない! すぐに転進して多頭竜種を突破するんだ!」
『分かっている……が、無理だな。転進しようにも、背後は毒の沼と化している。突破は不可能だ』
多頭竜種が吐き出す猛毒は、土には吸収されずに残り続けていた。
仮に踏めば靴が溶けて肌に触れ、適切な治療を施さなければ死に至る。
「クソッ……どうすれば!」
『案ずるなザイル。どうやら……彼らもそう判断したらしい』
「えっ?」
エディの言葉を受け、ザイルはファーブニルへと三度視線を向ける。
開いていた筈の口は閉じられ、ファーブニルはザイルから見て町の左側を見下ろしていた。
「そ、そうか……彼らが!」
『ああ……我らには見えぬが、結界を破ったのだ』
――――――――――――――――――――――
「儂はファーブニルの気を逸らす。お主らは先に行け」
ファーブニルの息吹を止める為、突入のタイミングはここしかないと判断したヴォルクスファング達は、"粉砕魔法"で結界を破り、更に壁も粉砕して町へと突入していた。
ファーブニルは結界が破られたことに気付き、息吹を吐くことを一旦は止めていたが、いつ再び放つとも分からない。
「やれんのか? ……あのデカブツをよ」
「ほぉ? なんだズィード……心配してくれてるのか?」
「……ちげぇし。あんた1人で止められんのかって意味だよおっさん」
「だっはっはっ! そうかそうか! ま、殺すのは難しいやもしれんが……足止めくらいは出来るだろう」
ヴォルクスファングの"粉砕魔法"は全てを砕く力があるが、それには効果範囲というものがあった。
仮に二階建て建物を殴った場合、粉々に砕けるのはせいぜい一階部分のみであり、二階部分にまでは効果が及ばない。
つまり、ファーブニルの足を殴ったとしてもその身体全てに効果が出る訳ではなく、殴った部分の肉が弾け飛ぶだけとなる。
150メートルを超えた巨体を誇るファーブニルにとって、それは大したダメージにならない可能性が高い。
「儂が空を飛べれば頭をぶん殴れるのだがな……まぁ、無い物ねだりをしても仕方がなかろう。だが、多少は痛みを与えることが出来る筈……なんとかやってみるわい」
「……分かりました。ヴォルクスファング様、ご武運を」
「ありがとうレヴィ。必ず勝って……ロードの下へ共に帰ろうぞ」
「はいッ……!」
「死ぬなよおっさん!」
「またお会いしましょう!」
「おうッ! ヨルムンガンドは任せたぞ!」
ヴォルクスファングは巨大な斧を肩に乗せ、瓦礫が散乱する町の中へと消えていった。
残された5人は、恐らくヨルムンガンドがいるであろうギリシア城に向けて走り出す。
そして、それぞれが既に理解していた。
恐らく辿り着く前に―――――
「……私が残ります。アレ相手ならその方がいいでしょう」
「分かった。ルカに任せよう」
ズィードの言葉に残りの3人も無言で頷く。
彼らの耳には既に聞こえていたのだ。
上空から聞こえる……巨大な羽音が。
「止まらずに走ってッ!」
ルカが叫ぶのと同時、雷の息吹が空から降り注ぐ。
しかし、走り抜ける彼らの上空から迫るそれを、突如現れた灼熱の盾が弾き飛ばしていた。
『ぬ……!』
「私がお相手致しますよ。翼爪竜種の長……ヴィーヴルさん?」
ルカは肩越しに4人を見る。
振り返ることなく進む彼らを確認し、彼女は嬉しそうに笑った。
『フッ……薄情な奴らだな。こんな小娘1人を残し先に進むとは……』
「……そいつぁちげぇな」
『ッ!?』
瞬間、ルカの身体から灼熱の魔力が迸り、そのあまりの熱気にヴィーヴルは思わず距離を取る。
「"薄情"なんじゃねぇ……コイツァなぁ……"信頼"ってんだよクソボケッ!!」
『う……おッ!?』
ルカから放たれた灼熱の魔力弾を、ヴィーヴルはギリギリで回避して背後を見る。
それに触れた瓦礫は一瞬で消滅し、消えた部分には煤一つ付いていなかった。
『……貴様』
「気付くのがおせぇんだよタコ……分かったか? 私はてめぇと同じレベルにいる。偉そうに上から見下ろしやがって……叩き落としてやるよぉッ!!」
『ほざくなガキがッ!!』
「もう猫をかぶる必要はねぇ。思いっきり……やらせてらもらうぜッッ!!」
瞬間、ルカの灼熱とヴィーヴルの雷が空中で激突し、凄まじい爆発音がギリシアの町に響き渡った。
――――――――――――――――――――――
轟音を背中で聞きながら、4人は崩壊したギリシアの町を前へ前へと進んでいく。
レヴィはその風景を眺め、1人あの日のことを思い出していた。
雨が降りしきる中、ロードに拳を叩き込んでしまったあの夜のことを。
そして、自分の命を守る為に腕を差し出し、全員を救う為にヨルムンガンドに立ち向かったロードの背中が、今でも彼女の脳裏に焼き付いて離れない。
だからこそ彼女は拳を握り締め、そうして改めて強く決意する。
必ずヨルムンガンドを倒し、ロードの下へ帰ってみせると。
「……次は俺がいくねん」
その時不意にディーがそう呟いた。
レヴィもそこで背後から迫る強大な気配に気付く。
「ディーてめぇ……」
「大丈夫大丈夫。珍しく本気だよ……俺」
ディーはそう言って笑ってみせる。
しかし、ズィードが気にしているのはそれではなかった。
「んなことは分かってる……気負い過ぎるなってことだ」
「ありゃ、優しいじゃん。どったの?」
「うるせぇ」
「ははっ! ま、死ぬ気はないから安心しなよ。じゃ……またな」
「……ああ」
「ディー様……」
「あ、そういや俺……レヴィちゃんに頼みがあんだよね」
「は、はい? なんでしょうか?」
「無事に帰ったらハグを……」
「さっさといけッ!!」
「おーこわ! んじゃ、またね! ソロモンもまた女の子談義しよーぜ!」
「ああ、楽しみにしてるぜ……またな!」
「ディー様! また!」
立ち止まり、3人の背中を見送ったディーはゆっくりと振り返る。
そこには、20の瞳で彼をじっと見つめる巨大な多頭竜種の姿があった。
「やぁ! えっと…………なんだっけ名前」




