第215話:業火
『こいつ……舐めてやがるぜ?』
『不遜』
『俺らを馬鹿にしてやがんのかコラァッ!』
『ムカつくよね! ムカつくよね!』
『騒ぐな。所詮……人間は名前すら覚えられない下等な生物というだけの話よ』
『ミドガルズオルムだ。よろしくなにーちゃん』
『おい……簡単に教えてんじゃねぇよ……』
『……その辺にしておけ』
個々に騒いでいた首達が一斉に口を閉じる。
中央に陣取った、少しだけ大きい頭部を持った首。
それこそが、多頭竜種の長であるミドガルズオルムの本体であった。
「ああ、そうだそうだ! ミドガルズオルムな! 思い出したよ! いやーそれにしてもさぁ……変な名前だよね!」
瞬間空気が変わる。
今までふざけていた首達の視線は鋭く尖り、明確な殺意をディーへと向けていた。
それは、名前を馬鹿にされたからというよりも、人間ごときが多頭竜種の長である自分を舐めていることが許せなかったからだろう。
しかし、ディーは腰に手を当てたまま、いつもの笑顔を崩さない。
その完全に舐め切った態度が、ミドガルズオルムの逆鱗に触れた。
『死ね』
直後吐き出された大量の毒液。
ディーの空は覆われ、彼の身体がその影に飲み込まれていく。
しかし、彼は動かず、ただじっとその毒液を微かに笑ったまま見つめていた。
もう躱す場所も時もなく、ミドガルズオルムが間違いなく当たると確信した……その刹那。
『ぬぅッ!?』
「んー……」
毒液は彼だけを避け、嫌な音を立てながら地面や瓦礫を毒々しく彩っていく。
それに触れたものは瞬時に溶けだし、辺りには薄っすらと白い煙が漂い始めていた。
『貴様……何をした』
「あのさぁ……」
ここで初めてディーは表情を変える。
その目には、凄まじい怒りが込められていた。
「敵に……教える訳ねぇだろう」
ディー=マイネリーベは北の小国アルスの出身である。
アルスは自然豊かな国で、領土の殆どが牧草地であり、特産品は国の名を冠した固有種のアルス牛。
極上の霜降り肉は"アルスの宝石"と呼ばれ、他国でも非常に高値で取引されていた。
だが、今はもうない。
牛も、国すらも。
それは、ディーが2歳の頃。
アルスは小国ながらも優秀な騎士団を抱え、周辺の中堅国家にも全く引けを取らない程の軍事力を有していた。
その騎士団の団長こそがディーの父親であり、近隣諸国では知らぬ者のいない程の実力者であったという。
当時の北は今のような大規模な戦こそなかったものの、国同士のいさかいは決して少なくなかった。
アルス騎士団はそんな小競り合いの全てで勝利を収め、小国でありながらもその周辺に大きな影響力を持つこととなる。
だが、出過ぎた杭は打たれるのが世の常。
5大国家の一つであるティーターンが、それを見過ごす筈がない。
強大な力を持った者が恐れることとは何か。
それは、失うことである。
今の立場を、金を、力を。
では、どうすれば失わずに済むのか。
それは、奪い続けることである。
それがティーターンという国が持つ理念。
そして、それを実現してきたからこそ、ティーターンは5大国家と呼ばれるまでに至ったのだ。
今でこそ力を失っているが、当時のティーターンは北の大地の半分以上をその手中に収めており、北では並ぶ国などいない絶対的な存在。
そんなティーターンが何よりも恐れていたことは、アルス騎士団という希望の光に周辺国家が引き寄せられ、複数国家からなる反乱軍が結成されてしまうこと。
それは、万が一を考えれば何がなんでも阻止しなければならないことであった。
ティーターンのやり方はいつも同じ。
まずは言葉。
次に金。
そして、それで駄目なら力で制す。
アルスはティーターンの要求を断り続け、"これが最後の通告だ"と言った使者を追い返した数日後、その全てが灰燼に帰すこととなる。
圧倒的な物量という力の前に、武勇を誇ったアルス騎士団も為す術なく飲み込まれ、アルスという国はたった1日でこの世から消えた。
正直なところ、さしものティーターンでもそこまで無茶なことはしないだろうとアルス政府は高をくくっていたのだが、ティーターンは最初から決めていたのだ。
属国にならないのであれば、見せしめとして完膚なきまでに叩き潰すと。
結果、アルスの王族や高官達はその殆どが処刑され、生き残った国民はティーターンの本国へと移送。
国も、財産も、そして今までの日々も含めて全てを失ったアルス国民は、その大多数がスラム街での暮らしを余儀なくされた。
また、生き残ったアルス騎士団はティーターン軍へと吸収され、軍の中でも最も過酷な任務ばかりを割り当てられる最底辺の便利屋として使われることとなる。
ディーの家族はなんとか生き延びたものの、騎士団長であった父親は過酷な任務の繰り返しによる疲労もあってか、国同士のいさかいを収めに出向いた場であっけなく戦死した。
母親はディーを女手一つで必死に育てたが、彼が15歳になる1週間前に病死。
そうしてディーは、天涯孤独の身となった。
母の死から1週間後。
心を引き裂かれるような絶望を振り切り、神殿で魔法を授かった彼はその足でティーターンを後にした。
当然行く当てなどなく、不安も多少あったが、ここにいてはいけないという気持ちの方が強かったのだ。
といっても、別に彼はティーターンを恨んでいた訳ではない。
無論、好きか嫌いかでいえば嫌いではあったが、むしろ甘い考えで国を滅ぼしたアルス政府の方が気に入らないくらいであった。
では、何故国を離れたのか。
それは、自身の魔力が他人より遥かに多いことを知っていたから。
聡明な彼は自分の未来をしっかりと見据えていたのだ。
天涯孤独の身である自分がこの世界で生きていくには、自分の能力を活かさなければ道はないのだと。
つまり、軍に入って偉くなるか、冒険者となって名を上げるかの二択。
彼は迷うことなく後者を選んだ。
何故なら軍に入るということは、戦争に参加する可能性が生まれてしまうから。
それだけは死んでも嫌だった。
彼自身は幼かった為に殆ど覚えてはいないが、その被害に遭った周りの人間達や両親の話などを聞き、戦争がどれだけ恐ろしく、そしてどんなに残酷で凄惨で理不尽なものなのかを知ることとなる。
家を焼かれた人、兵士に乱暴された人、家族を奪われた人……そんな話を聞く度に、彼は筆舌しがたい怒りを感じていた。
そんな自分が戦争に参加するなどあり得ない。
だから彼は町を離れ、そして自分自身に誓いを立てた。
この力は誰かを救う為に使い、奪う為には決して使わないと。
そうして彼は冒険者として様々な依頼をこなし、多くの人々を救ってきた。
ふざけた態度の中に、強い信念を隠して。
そして今回。
アルメニア、アークマリン、周辺の町も含めたギリシア。
竜族の攻撃により多くの被害者が出た。
理不尽に何の脈絡もなく奪われた命を想像するだけで、そして残された家族の心を想うだけで、ディーの心は金切り声を上げてのたうち回る。
だから彼は激怒していたのだ。
その業火に焼かれぬよう、そして誰かを焼かぬよう……いつも通りに振舞いながら。
『……ッ!』
怒りの感情を表に出したディーの身体から、ミドガルズオルムが思わず一歩引いてしまう程の魔力が溢れ出していた。
後ろで結っている黒髪は激しくたなびき、その身を包む黒い装備も微かに揺らめいている。
「この程度で怒んのか? じゃあ……てめぇらに家族を奪われた人は……どれだけの怒りを抱えりゃいいんだッ!」
『ほざくな人間ッ! この積年の恨み……貴様ごときには理解できぬわッ! 我ら竜族がどれだけ長い時を……』
「んなこと知るかッ! 積年の恨みぃ? 我ら竜族ぅ? ハッ! てめぇの道理に……酔ってんじゃねぇよ」
『貴様……!』
「もう御託はいらねぇ。さっさと終わらせようぜ……このくだらねぇ戦争をなッ!!」
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巨大な魔力の衝突を背中に感じながら、残された3人は城へと向かって走り続ける。
そして、彼らは既に気付いていた。
自分達に近付く、もう一つの巨大な魔力を。
「ソロモン様……」
「ありゃ、以心伝心? 嬉しいねぇ」
「頼んでいいか?」
「……まぁ、本音を言えばレヴィちゃんと離れたくないんだけど、こうなっちゃった以上はしょうがないね。俺よりあんたの方が強いし」
「ソロモン様……どうかご無事で」
「うん……ありがとレヴィちゃん。必ず追い付くよ。じゃ、ズィードさんよ……ちょいと頼んだぜ」
「ああ……任せろ」




