第203話:逆転
「どうですか? オババ様」
「ふむ……」
部屋を訪れたのはヴィヴィアン様ともうお一方……彼女がオババ様と呼ぶ、リーヴァ様という名のお年を召したエルフの女性だった。
なんでもリーヴァ様はヴィヴィアン様の乳母されていた方で、ウッドガルドでは知らぬ者のいない、王族の相談役というお立場らしい。
「うぅむ……」
リーヴァ様はロード様の額に手を当て、時折唸りながら何かを探っているようだった。
彼女が使う魔法は"思念魔法"。
心を読み取り、対象の精神状態を探ることが出来る力。
暫くそのままでいたのだが、不意にリーヴァ様がゆっくりと手を下ろした。
「……すまぬ。儂の手にはおえん」
「そう……ですか……」
やはり一筋縄にはいかないか……。
「何者かは知らぬが、其奴はかなり強い力を持っておるようだのぅ……魂から記憶が切り離されちょる」
「魂から記憶が……?」
「そうじゃ。魂は言わずもがな、生きるもの全てに存在する核のようなもの……それがなければ生きられぬ。それに対し記憶とは、経験や知識、想いといった、人生という名の軌跡なのじゃ。まず魂という土台があり、その上に記憶が積み重なっていくことで一つの生命というものが形成される。つまり、魂と記憶は表裏一体……どちらかが欠けてしまえば、その者はその者でなくなってしまう」
「えっ? で、ですが……」
ロード様は……。
「そう……話を聞く限り、この子はこの子のままなのじゃろう? 本来ならあり得ぬことよ。奇跡と言ってもよい。まぁ、なんとなく理由は分かるがの」
リーヴァ様はそう言ってニコッと微笑む。
「俺の魂が……記憶を失ってもレヴィを覚えていたから……?」
「そういうことじゃろう。儂にはよう分かる。お主らはもはや魂と魂で繋がっておるとな。その絆までは其奴にも断てなかった……ちと妬けるわい」
魂と魂で……。
もし本当にそうなら……こんなに嬉しいことはない。
たとえそれが、こんな状況であったとしても。
「……羨ましい。わたくしもそんな御仁と出逢いたいものです……」
「かかかっ! ヴィヴィアン様はまず眠り癖を直さねばなりませぬな!」
「オ、オババ様!」
「ふふっ……さて、話を戻そうかの。儂の力では読み取ることしか出来ぬが……そう悲観することもないように思うがのぅ」
「それは……どういうことですか?」
「ロードといったの? お主の記憶は確かにお主の中にある。それは決して消えたりはしておらん。後はきっかけさえあれば……自ずと元に戻る筈じゃ」
「ほ、本当ですか!?」
「恐らくな……だが、それがいつになるかは誰にも分からん。とにかく焦らぬことじゃ。この一瞬一瞬を生きることこそが肝要。時を紡ぐ中で、いつか魂は記憶に辿り着く。それを待つしかあるまい」
「そうですか……分かりました」
「役に立てんですまんのう……」
「いえ、ありがとうございますリーヴァ様。おかげで少し希望が見えました」
「レヴィの言う通りです。だから、焦らずやってみます……レヴィと一緒に」
そう……変わらない。
私はロード様と一緒に時を過ごすだけだ。
いつかその日が来るまで……そして、それから先も。
ただ、私にはその前にやらねばならないことがあった。
もしかしたら、ロード様はそれを嫌がるかもしれない。
でも、ロード様なら……きっとそうするだろうから。
「……妬けるのぅ」
「「リ、リーヴァ様……」」
「息ピッタリ……あぁ……羨ましい……」
「ヴィ、ヴィヴィアンさんまで……」
その時、部屋の扉が突然開いた。
「邪魔するぞ……って、ヴィヴィアンも来てたのか」
「あ、ズィード様……それに、ディー様にブランス様まで……」
「お邪魔」
「よう。お、ヴィヴィアンじゃん。今日も可愛いねぇ……」
「ディ、ディーさんったら……またそんなことを言って……!」
「ヴィヴィアン……俺はいつだって本気だぜ?」
「……ヴィヴィアン様、悪いことは言いませぬ。この男だけはやめなされ」
「へっ?」
「それ正解」
「ばーさんよく分かったなぁ」
「な、なんでだよ! つか、ばーちゃん誰よ!?」
「ふん……魔法を使わんでも分かるわい。この男は女を不幸にするケダモノよ」
「だ、誰がケダモノだ!」
「ふふっ!」
「ははっ!」
ロード様と顔を見合わせて笑い合う。
正直なところ、昨日までは凄く辛かった。
でも……。
「お、もう集まっておったか」
「あ、ヴォルクスファング様まで……来てくださったのですね」
「儂だけではないぞ」
「よう、オメーら。久しぶりだな」
「「「ジ、ジークのおっさん!?」」」
「ジーク様も……いらっしゃいませ」
「おう。まだいるぞ」
「お邪魔します」
「邪魔をするぞ」
「うお……すげぇメンツだなこりゃ……」
「ルカ様にジル様……グラウディ様も……」
「レヴィちゃん……俺も中にいるね。これなら見張りの必要ないでしょ?」
「確かに……そのようですね」
失ったものは大きい。
けど、同時に知ることが出来た。
こんなにたくさんの……大切な繋がりを。
「とりあえず自己紹介から始めるか?」
「だな。マジで初めての奴もいるし」
「お、覚えられるかな……」
「大丈夫ですよ。私がお側におりますから」
「……ああ、そうだよな。頼むよ、レヴィ」
「お任せください……ロード様」
そして、魂と魂の繋がりを。
――――――――――――――――――――――
「ってことは、ヨルムンガンドの力は……」
「儂の考えが当たってりゃな。レヴィはどう思う?」
「確かに……そう言われればそうかもしれません」
自己紹介を終えた後、話は竜族のことへと移っていた。
その中でも最大の敵……竜王ヨルムンガンド。
おぼろげではあるが、戦った記憶は残っている。
あの時の私は普段の私より遥かに強かった筈だ。
それにも拘らず、ヨルムンガンドには手も足も出なかった。
「攻撃はまるで通じず、私の鑑定魔法でも"視る"ことが出来ませんでした。それが何故なのか分かりませんでしたが……その力を持っているとすれば説明がつきます」
「決まりだな。ヨルムンガンドの力は……」
「ああ。物事を"逆転"させる力……そう考えるのが自然だろう」
"逆転"の力……。
つまり、強力な攻撃であればある程、ヨルムンガンドに与えるダメージが小さくなってしまうということだ。
だから私の攻撃も、そして鑑定魔法すらも効果が薄まり、ヨルムンガンドには通用しなかったということだろう。
「それってさぁ……かなりやばいんじゃないの?」
「ディーの言う通り……相当まずい力だな。ヴォルクスファングの粉砕魔法は全てを砕く力……それがどんだけ硬かろうが関係ねぇし、たとえ形を持たない魔法であってもそれは同じこと。その力が通用しねぇってことは……」
「ああ……奴の力が儂の魔法より上ってことだ。となると、儂と同じくらいの力を持つお主らでも破れない可能性が高い」
SSSランクの方々が持つ魔法を超える力……。
それはすなわち、神の力と言っても過言ではないのかもしれない。
ヨルムンガンドはいったいどうやってそれ程の力を……。
「んー……じゃあ、逆に弱い攻撃を当てるとか?」
「儂もそれは考えた。そもそも儂がそれに気付いた理由は、儂が本気で見舞った攻撃より、掠っただけの攻撃の方が利いたからだ。で、そこからは色々試してみた。黒炎の鎧を儂の力で吹き飛ばした後、魔法を使わずに殴ってみたり、わざと弱く殴ってみたりとな。だが……」
それでもヨルムンガンドには届かなかった……か。
ということは……。
「つまり、奴の力は強制発動ではなく任意発動……こちらの攻撃を見極め、必要のない時は力を使っていないということですか?」
「恐らくな。だから普通の攻撃すら通らねぇんだ。あの硬い鱗は並みの攻撃じゃ破れんし、更に奴には黒炎の鎧がある。あれに触れた瓦礫は音もなく消えちまってた……一瞬でな」
「強力な攻撃は弱体化され、逆に弱い攻撃は普通に通らず、更に触れただけで消されちまう……か」
「……どーやって倒すんだよそれ」
「それが分かりゃ苦労はねぇ。とにかく一対一でなんとかなる相手じゃねぇってこった。儂らクラスが最低でも2人以上……いや、あるいはもっといなけりゃ無理かもしれん。おまけに、奴の魔力は儂らより遥かに多いときたもんだ」
それに加え、奴の周りには大量のドラゴン達がいる。
奴の下まで無傷で辿り着けるかどうかすら怪しい。
「だが、討つしかねぇ。ヨルムンガンドを倒さなきゃ……竜族は止まらない。そうだろ?」
「ズィードさんの言う通りですね。やるしかないでしょう」
「あとは……ロイとも話を合わせないとだな」
勇者ロイ。
アスナの魔法を奪い、ジーク様からも……。
当然許せないが、今の状況では何も出来ない。
「ムカつく野郎だが……この際そうも言ってらんねぇか」
ズィード様が苦々しげにそう口を開く。
表情から察するに、他の方々も同じ気持ちのようだ。
「そういや、オルグレン達はどうした?」
ジーク様はそれを察したのか、すぐに話題を変えた。
皆さまジーク様を慕っているご様子……彼もそれを分かっているのだろう。
自分の所為でそうなってしまったと感じているのかもしれない。
「ここにいない5人は他の依頼を受けているか、もしくは連絡がつかなかったってことらしい。俺が知ってんのはバーンくらいだが……」
その時、再び部屋の扉がノックされた。
私がそれに応えると、扉がゆっくりと開き……。
「フリードリッヒ様……!」
「あ、ああ……突然訪ねてすまない。今しがたここに到着してな。ロードの様子を見に来たのだが……これはいったいどういう……ジークまで……」
「おう……ま、みんなお前と同じ気持ちってことだ」
「……皆、恩に着る。この礼は必ず……」
「そーいうのは全部終わってからにしよーぜ? ギリシアの新しい王様さんよ」
「そうだぞフリードリッヒ。儂らはまだ何も出来とらんからな」
「そういうこった。んで、フリードリッヒのおっさんよ。なんか決まってんなら教えてくれや。俺らも色々と決めなきゃなんねぇことがあるし」
「……ああ、そうだな。後でオーランドも交えて話すが、とりあえず決まったことを簡単に話そう。まず、オリンポスの協力は得られることになった。兵士はもちろん、物資や領地も提供してくれる。で、代わりにいくつかの条件を提示されたのだが、ほとんどはギリシアが奪還出来てからの話で、今現在諸君には無関係のものだ。ただ、ジークは……」
「俺のことはいい。そのことはもう全員知ってるからな。先を話せ」
「……すまん。で、諸君らに関わる話が1つある。聞いた時は我が耳を疑ったし、もちろん交渉はしたんだがな……」
「ここまできたら何言われても驚かねぇって。早く言っちまいなよ」
「ああ……その……ロイのことなんだが……」
ロイ?
いったい勇者に何が……。
「ロイは……この戦に参加しない」
「「「「「「「……は?」」」」」」」
馬鹿な。
だったら何故ジーク様を?
オリンポスが……勇者ロイがギリシアを救ったと印象付ける為ではないのか?
「な、何故ですか?」
「それは……」




