第202話:先
「じゃあ、レヴィも"様"はやめ……」
「お断り致します」
「えぇ……」
「これだけは譲れませんから」
このやり取りもなんだか懐かしい。
地下から出たあの時もこんな風だった。
……今はこれでいい。
「ずるいなぁ……」
「ふふっ……あ、ロード様、少々お待ちを。ソロモン様!」
私が声を掛けると、部屋の扉がゆっくりと開き、そこからソロモン様が顔を出す。
なんだかニヤニヤしている……。
どうやら聞き耳を立てていたらしい。
「もういいのかい?」
聞いていたくせに……。
「レヴィ……この人は?」
「あ、はい。この方はソロモン様……ロード様の生命魔法で身体を得た、伝説の武具様のお1人です」
「この人が……」
「……またよろしくな。旦那」
「あ、はい……よろしくお願いします」
「うへぇ……! 旦那に敬語使われるとなんだかムズムズするわ! 頼むから普通にしてくれ!」
そういえば、私には最初から敬語じゃなかった気がする。
……今更だがちょっと嬉しい。
「え、あ、はい……じゃなかった……よ、よろしくな……ソロモン」
「ん、それで頼む。じゃ、レヴィちゃん。次はこいつだね?」
「ええ、ありがとうございます。ソロモン様」
ソロモン様から黒い手帳を受け取り、私はそれをロード様の前へと差し出す。
「これは……さっき言ってた?」
「そうです。伝説の武具様が納められた手帳……神具"納める者"。通称メル様です。どうぞ」
「あ、うん……って重っ!? 危うく落とすとこ……あれ?」
む、やはり駄目か……。
「これ、開かないんだけど……」
「どうやら……レヴィちゃんの考えは当たってるみたいだね」
「ええ。今のロード様ならあるいは……とも思いましたが、やはり記憶が戻らない限り……」
メル様は動けない……その可能性が高いということだ。
「えーっと……どういうこと?」
「今ご説明を」
私は昨日ソロモン様と話したことをロード様に説明する。
恐らく、今メル様は力を貸したくても貸せない状況にあり、それはロード様の記憶が戻らない限り……元のようにはいかないだろうと。
「なるほど……」
「まぁ、今は仕方ありません。とりあえず、記憶が戻るまではしまっておきましょう」
とはいえ、これはかなりまずい状況だ。
ティタノマキアがロード様を狙っている以上、奴らがいつ仕掛けてきてもおかしくはない。
伝説の武具様達はロード様の重要な力……それが失われたということは、その分危険が増したということ。
今はジーク様を始め、強い方々が周りにいるから大丈夫かもしれないが、ロード様をずっとお守りしてもらえる訳でもない。
それに私も……いや、今はよそう。
とにかく現状を把握しなければ。
実は、ロード様の鑑定結果に少し気になることがあった。
私の杞憂ならよいのだが……。
「次は魔法とスキルを確かめてみましょう。ではこれを」
私はエディ様からお借りした短剣を手渡す。
「ん、これ……普通の短剣だよね?」
「ええ。どこにでもある普通のものです。ちょっと振ってみてください」
「わ、分かった」
ロード様は椅子から立ち上がると、重心を下ろし、短剣を逆手に構えた。
まるでそれが当たり前のように。
「ふッ!」
……速い。
流れるような動作で繰り出された斬撃は、風切り音を上げながら流麗に虚空を切っていく。
力強く、美しい剣筋だ……思わず見惚れてしまう程に。
どうやら武芸百般は失われていないらしい。
となると……。
「うおっ……と!」
「ロード様!」
突如体勢が崩れ、倒れそうになったロード様をなんとか受け止める。
「あ、ごめん……なんかバランスが……」
「右腕がありませんからね……まだ身体が慣れていないのでしょう」
「そっか……こいつにも慣れなきゃだね」
「……申し訳ありません」
私の……。
「それ禁止」
「む……」
「言ったろ? 君が無事だったならそれでいいって。今の俺がそう思うってことは、前の俺はもっと強くそう思っていた筈だ。だから落ち込むの禁止」
この人は本当に……いちいち泣かせにくる。
でも、ありがたい。
少し心が楽になった。
「……はい、ロード様。二度と申しません」
「ん、それで……次はどうしたらいいかな?」
「そうですね……武芸百般が残っているのは分かりましたので、次は生命魔法を試してみましょう。魔法の使い方は分かりますか?」
「いや全く……人間が神様から魔法を貰っていたことは知ってる。でも、自分が使っていた記憶はないんだ。だから、どうやったら魔法を使えるのか……」
「なるほど。では、まず魔力の練り方からお教えします。手を前に出してください。手のひらを上に向けて」
「こう?」
「そうです。今ロード様の身体の中には、確かに魔力が存在しています。目を閉じ、それを意識してみてください」
「……あー」
「分かりますか?」
「なんか……暗い世界にキラキラした煙みたいなものが見える」
これも懐かしい。
地下でも似たようなことをロード様は仰っていた。
魔力の感じ方は人によって違いがあり、私の場合は赤い水が渦を巻いているような感じだ。
「それです。それが魔力です。では次に、それを自分の意思で動かしてみましょう」
「動かす……」
「どんな風にでも構いません。大切なのはイメージすることです。当たり前のように動かせると。さ、やってみてください」
「んん……分かった」
記憶はなくとも身体は覚えている筈だ。
魔力を練るということに関しては、恐らくそう時間は掛らないだろう。
問題は……私に"視えて"いるロード様の情報。
"武芸百般"と"飲まず食わず眠らず"は、以前と同様……変わらずに"視えて"いた。
しかし、魔法の欄は……。
――――――――――――――――――――――
「ぐっ……!」
やはり駄目か……。
嫌な予感が当たってしまった。
「……ロード様、今日はここまでに致しましょう。すぐに使えるものでもありませんから」
「そっか……分かった。うーん……途中まではよかったんだけどなぁ……」
やはり身体が覚えていたのだろう、魔力を練り上げることは問題なく出来ている。
だが、物質に生命を与えることは出来なかった。
というより、魔法自体が……。
「最初にしては順調ですよ。後は継続するだけです。ですが、やり過ぎは禁物……続きはまた明日ということで」
「分かった……また明日も見てくれるか?」
「はい、もちろんです。私はロード様のメイド兼魔法の師匠ですから」
「そっか……ありがとう」
「はい……ロード様」
私はロード様を"視る"。
最初は気が付かなかったが、やはり間違いない。
魔法の欄だけどこか薄いのだ。
存在が希薄になっているというべきか、ロード様との繋がりがないようにすら……。
記憶とともに魔法にも何かをされたのだろうか?
寝言の件や言動から察するに、恐らくロード様には記憶が残っている。
つまり、完全に記憶を奪われたという訳ではないのだろう。
記憶を封じられている……そんな感じかもしれない。
その過程で魔法も使えなくなった……だとすると、ソロモン様が今この場にいるのはいったい……。
考えられるとすれば、そうなる前に存在していたから影響を受けなかった……そんなところだろうか。
うーん……駄目だ分からない。
とにかく諦めては駄目だ。
もしかしたら使えるようになるかもしれないし、今はやれることをやるしかない。
「……レヴィちゃん。誰か来る」
「む……」
その時、部屋の扉がノックされた。
――――――――――――――――――――――
「……俺は手を出すなと言った筈だが」
オトリス城の一室。
机の上に1つ置かれたランプが照らすだけのその部屋に、男の低い声が響く。
その声は、僅かに怒気をはらんでいた。
「たまたま目の前に降ってきたもので……つい」
女は悪びれる様子もなくクスクスと笑う。
クロスとアナは同じタイミングで一つため息をつくと、その女をやはり同時に見つめた。
「たまたま……ですか」
「ええ、そうですよアナ様? それに、大したことはしていません。少し弄っただけですから」
「弄った?」
「ふふふ……記憶を少し。ついでに魔法も」
その言葉に、クロスは眉をひそめる。
「魔法を? そんなことが出来るとは初耳だな」
クロスはその女が記憶を操れることを知っていた。
といっても自由自在に操れる訳ではなく、ある程度限定的にということも。
しかし、魔法云々は聞いていない。
「ふふふ……まぁ、副産物のようなものですわ。魔法はその者の身体に刻まれているのではなく、記憶に刻まれているのです。魔法とは、すなわち神の知識なのですよ。ですから違う魔法を教えられた我々は……かつて"無能"と呼ばれた訳です」
「なるほどな……だが、ロードには仲間がいるだろう?」
「ええ……"生命魔法"という単語は知るでしょう。ですが、魂と記憶の繋がりが断たれた今の状態では……」
「魔法を使えない……か」
「そういうことです。なので普段、私はこの力を使いません。あまり実入りがないですから。それに、私の魔法は生物に対して効果が薄いので、かなり弱っていないと使えませんしね。情報収集ならフェイクの方が何倍も優秀ですし、私がわざわざ使う必要もないので」
「なら、今回それを使った理由はなんだ」
「単純ですよ。その方が都合がよかったからです。騒ぐことなく、自ら歩いてついてきてくれる……こちらに着いたら拘束した後で戻せばいい。そうすれば問題ないでしょう?」
クロスは再びため息をつく。
彼女はティタノマキアの中でも上位の存在である。
今クロスの隣にいるアナは副リーダーという地位にはいるが、その魔法はあまり戦闘向きのものではなく、基本的にクロスの側を離れることはない。
それに対し、彼女は常に前線に立っていた。
更に彼女は、ジェイドと並んでクロスに近い力を持つ者。
それ故に、今回のように暴走することが時折あった。
「なので、今なら比較的簡単に……」
「手を出すな」
クロスの声は先程より強くなっていた。
その言葉に彼女は眉をひそめる。
「……何故ですか?」
「今はその時ではない……それだけだ。もう下がれ」
「…………では」
女が出ていった後、クロスは椅子の背もたれに身体を預ける。
「困ったものです……」
「まぁな……だが、仕方あるまい。ジェイドは復讐という檻の中にいるからまだいいが、あれはそうではない」
「我々とは少々成り立ちが違いますからね。既に成っていたと言うべきでしょうか」
「ああ。しかし、だからこそとも言える」
「確かに……」
「それにしてもロードは……まぁ、今ではない。だが、いずれ……」
その時はくるだろうと、クロスは分かっていた。
やがて雌雄を決する……その時が。




