第201話:願い
「あー……美味かった……」
かなりの量があったのだが、結局あっという間に全部食べてしまった。
まさに神の食事……。
「喜んでいただけたようで……嬉しいです」
そう言って、彼女はやはりニコッと笑う。
……可愛い。
「ありがとう。レヴィさん」
「……いえいえ。私はあなた様のメイドですから」
そう言うと、レヴィさんは食べ終わった食器の片付けを始めた。
そんな彼女を見ながらふと思う。
この人と俺は、いったいどんな関係だったのだろうかと。
昨日レヴィさんは、"あなた様に全てを捧げし者"だと……俺にそう言った。
こんな綺麗な人にいきなりそんなことを言われたもんだからかなり驚いたが、でもなんだろう……うーん……よく分からない。
分からないけど、昨日初めて見た時から……俺はこの人に何かを感じていた。
とにかく、この人だけは悲しませたら駄目だって。
そんな気がしたんだ。
それにしても、本当に俺はいつもああやって食べさせてもらっていたのか?
だとすると、とんだクソ野郎にしか思えないが、記憶を失う前の俺はいったいどんな奴だったんだろう。
ああ、聞くのが怖い……。
いや、でも……記憶を失った俺にこうしてくれるってことは、一応慕われてるってことだよな?
お願いだから普通であってくれ……。
「お待たせ致しました」
「え、あ、はいっ!」
あ、もう片付けが終わったのか。
凄いなこの人……。
「それではお話を始めましょう。あなた様がどんな方で、そして……どんな風に生きてこられたのか」
「……はい」
今俺は、自分に関する記憶だけが一切ない。
この城で初めて目覚めた時、いきなりケルトの王様がやってきた時は驚いた。
"君は俺の命を救ってくれたのだ"とか言われたけど……全く覚えていない。
もちろんケルトは知ってるし、周りに日用品の名前なんかも分かる。
つまり世界の……所謂一般常識的なものは覚えていた。
だけど両親の顔も、生まれた町も、自分がどうやって生きてきたのかも全く分からない。
それどころか、自分の名前すら思い出せなかった。
自分のことだけが頭の中からすっぽりと抜け落ちている……そんな感じだ。
正直……凄く怖かった。
起きたら右腕がなくなっていて……いや、最初からなかったのかもしれないんだけど、周りは俺のことをロード、ロードって呼んでくる。
いや、ロードって誰?
というか俺の名前……なんだっけ?
あなた達は誰?
ここはどこ?
なんで俺はここにいるんだ?
疑問は後から後から湧いてきて、何がなんだか分からない。
それからは恐怖で眠れなかった。
記憶が戻るのかも分からないし、これからどうやって生きていけばいいのか全然分からなかったから。
そして、何よりも怖かったのが……自分がどんな人間だったのかが分からないことだった。
周りの人達が言うことを信じるなら、俺は悪い人間ではなかったらしい。
けど、それが本当なのか確かめる術はない。
だから必死に思い出そうとしていた。
ずっと……窓の外を眺めながら。
そんな時、レヴィさんが現れた。
もちろん誰だかは分からない。
でも、レヴィさんが悲しそうな表情を浮かべた時、俺は凄く嫌な気持ちになった。
彼女が苦しんでいるのが伝わってきて……それがもう嫌で嫌でたまらなかった。
今までの人達も似たような顔をしていたのだが、彼女には……彼女にだけはそんな顔をして欲しくないと……。
その時レヴィさんと交わした言葉は少なかったけど、それだけで……なんだか俺は安心してしまった。
多分、やっと見つかったからだと思う。
記憶を失う前の……俺の一部を。
今からレヴィさんが俺のことを教えてくれるという。
もちろん知りたいんだけど……不安も大きい。
レヴィさんが知る俺と今の俺の考え方が違ったら、どっちが本当の俺なんだろうって……そんなことを考えてしまったから。
もしそうなったら……俺はいったい……。
「…………ド様……ロード様?」
「はっ!?」
「大丈夫ですか……?」
「あ、ああ……大丈夫……ちょっと考えちゃって……」
……とにかく話を聞こう。
怖がっていても何も始まらない。
それにこの人は……この人だけは信じられるって、俺の中の何かがそう言っているような気がするから。
だから聞きたい。この人から。今すぐに。
いや、聞かなきゃ駄目なんだ。
だって――――
「ご気分が優れないのなら、また別の機会でも……」
「いや、聞かせて欲しい。君から聞きたいんだ……俺のことを」
多分この人の方が……俺よりも辛い筈だから。
「……分かりました。全てをお話しします。私が知る……あなた様の全てを」
――――――――――――――――――――――
ちゃんと話そう。
私の知り得る……ロード様の全てを。
そうして話し出した私を、ロード様は静かに見つめていた。
私はロード様にロード様と歩んだ日々を語る。
彼がかつて、無能と呼ばれる存在であったこと。
絶望の果てに死を選び、私とクラウン様に出逢ったこと。
生命魔法の使い手であり、伝説の武具様達と共に戦ってきたこと。
無能と呼ばれたティアを助け、私と一緒にニーベルグの闘技大会で優勝したこと。
アスナを許し、助けたこと。
時折驚いたり、笑ったり、目を伏せたり……初めて口付けを交わした時のことを話したら、恥ずかしそうに顔を赤らめて……。
多分、私の顔も赤くなっているだろう。
でも、全部話す。
包み隠さずに……あるがままを。
「魔王を倒した後、ロード様は私のことを……その……す、好きだと……そう言ってくれました……!」
は、恥ずかしい……。
「そ、そっか……た、多分……その……本当に好きなんだね……俺はレヴィさんが……」
「わ、私もっ……す、す、す……好き……です」
「あ、ありがと……う……」
「あ……は、はい……」
うー……顔が見られない。
でも、まだ……まだ半分くらいしか……!
「つ、次の話にいきますね!」
「そ、そうだね! 次にいこう!」
照れ臭くて、私はすぐに続きを話す。
ロード様が明るく聞いてくれていたおかげで、私もそこまで辛い気持ちを感じずに話せていた。
でも、1つ話す度に……勝手に視界が滲んでいく。
初めて聞いたという彼の反応が、やっぱりどうしても切なくて。
それがこぼれ落ちないように誤魔化しながら、私はロード様と歩んだ軌跡を再び辿っていく。
ジーク様と出逢い、お互いに成長出来たこと。
ジル様やグラウディ様と共にダンジョンに行き、フェンリルを倒したこと。
ティタノマキアのリーダーと会ったこと。
そして……竜族の襲撃があった日のこと。
「……ロード様は私を庇い、その右腕を竜王に差し出しました。そ、そして……あなた様に酷いことをした私をっ……」
駄目だ……抑えきれない……。
あなた様に私……まだ謝れていないから……!
「ぶ、無事で良かったと……あんなに酷いことをしたのにっ……ぐすっ……ロード様はそう言って……く、くれましたっ……!」
な、泣くな馬鹿……!
私が泣いてどうする!
今一番辛いのはロード様――――
「あっ……」
俯いて涙をこらえていた私の視界に、ロード様の手が入ってくる。
その綺麗な手は少しだけ躊躇した後、スカートを握りしめる私の手に……優しく触れた。
それが凄く温かくて……凄く……凄く……。
「泣いても……いいんだよ」
あ……。
「泣きたい時は泣いた方がいい……俺もそうだったんだろ?」
「うっ……うぅっ……!」
ロード様ぁ……。
「多分俺は……君が無事で本当に嬉しかったんだと思う。だから……それでいいんじゃないかな?」
「あ……う……うぅ……!」
もう涙を止められなかった。
私は両手でロード様の左手を握りしめる。
温かくて優しい……その手を。
「大丈夫……俺は……大丈夫だから」
「……ッ!」
あなた様はなんで……!
なんでそうやって……いつも……!
「最初にここで会った時さ……」
「……え?」
「俺が"君は誰?"って言ったら、凄く君を悲しませちゃったろ……? それが何故かは分からなかったけど、それが凄く……凄く嫌だった」
そ、それって……。
「他の人も似たような顔をしてたんだけど、何故か君には……君だけにはそんな顔をして欲しくないって……そう思ったんだ」
「ロード様……」
「話を聞いて理由が分かった。記憶は失ってしまったけど、俺の魂はきっと覚えていたんだ……忘れちゃいけないって……レヴィさんのことを」
ああ……!
「う……うぅっ……ぐすっ……うぅぅぅっ……!」
私は必死に涙を拭い、顔を上げて彼を見る。
そこには……やっぱり優しく微笑んでくれている……いつものロード様がいた。
「俺はこれからどうしたらいいのか分からない……だから、レヴィさんさえよければ……その……」
記憶を失っていても……ロード様はロード様でいてくれた。
私がずっと一緒にいたいと思った……誰よりも好きな……いや……誰よりも愛する――――
「記憶はないけど……一緒にいて欲しい」
そのままの……ロード様だった。
「…………1つだけ……お願いがあります……」
「え?」
「私のこと……レヴィって……呼んでください……」
さん付けは……やっぱり嫌だ。
「……分かった。よろしくな……レヴィ」
「ぐすっ……はいっ! ロード様っ!」
やっぱり……こっちがいい。




