第200話:この人
「俺もこの城の中にいるから、なんかあったら声を掛けてくれ。じゃ、とりあえずまた明日顔出すわ」
「はい、おやすみなさいませ……ジーク様」
「ん……またな」
ジーク様はそう言って私達に背を向け、背中越しに手をひらひらさせながら去っていく。
私の目には……その背中がひどく寂しげに映っていた。
本来ならば是が非でも戦いたい筈。
力があるのにそれが出来ない悔しさ……察するに余りある。
やがてその背中が見えなくなると、ソロモン様が1つ息を吐いてから口を開いた。
「ふぅ……直に会うとよく分かるぜ。とんでもねぇなあの人」
「ええ。私も長く生きましたが、あの方は別格かと……あ」
そうだ忘れていた。
ソロモン様なら何か分かるかもしれない。
「あの、ソロモン様……これなんですけど……」
「ん? ああ、俺達の手帳か。それがどうかしたの?」
「これ……何故かページが開かないのです」
「えっ? ちょ、ちょっと貸して」
私からそれを受け取ったソロモン様は、表紙を捲ろうと色々試されているようだったが、やはり手帳のページは固く閉ざされており、どうやっても開きそうになかった。
「ん……んん!?」
「やっぱり駄目ですよね? 以前は私でも開くことくらいは出来たのですが……」
「なんだこれ……どういうことだ……?」
ソロモン様にも分からないか。
なんとなくだが、いくつか思い付いていることはある。
ただ、正確なことが分かればと思ったのだが……。
「うーん……今の旦那の状態が関係しているんだろうけど……」
「ええ……恐らくそれは間違いないかと」
そう。理由はそれ以外に考えられない。
神具"納める者"……いや、メル様は、私の魔法でも"視る"ことが出来なかった。
あのフェンリルのように。
だから詳しいことは分からないが……タイミング的に考えて、ロード様が記憶を失ったことと無関係ではないだろう。
「んー……レヴィちゃんはクラウンからなんか聞いてないの? この手帳について」
「かなり昔に少しだけ聞いたことはあります。ですがそれは、この手帳……メル様が"伝説の武具を納めるもの"だということだけで、詳しいことは何も……」
神様がクラウン様に託したということですら、メル様が語ってくださるまで私は知らなかった。
今更ながら、私はメル様について何も知らないことを実感する。
「そっか……これさ、旦那にも開けないのかな?」
「どうでしょうね……一応明日にでも試していただいた方がいいかもしれません。ですが恐らく……」
開かない可能性が高い。
さっきも言ったが、以前は私でも手帳を開くことくらいは出来た。
それが出来ないということは……そういうことだろう。
「……だよね。それにしてもこの手帳……メルちゃんだっけ? 前に話してたのを聞いてたけど、旦那を信頼してたじゃない? だから、彼女がこれを意図的にやっているとは思えないんだよね」
確かに……。
むしろメル様なら、逆に何とかしようとしてくださるだろう。
「そもそもここまでする必要がないんだよ。俺達が認めない限り手帳からは出せないし、何より旦那の声以外には反応出来ないようになってるからさ」
「そうなんですか?」
「うん。例えば、俺はレヴィちゃんのことを認めてるけど、レヴィちゃんがいくら呼んでも手帳からは出られない。今この手帳の所有者は旦那と決まっていて、旦那以外の呼び掛けには応えられないんだ。誰に聞いた訳でもないんだけど、みんなそれを知ってる」
「なるほど……」
確かにそれならここまでする必要がないように思えるが……。
いや…………あ、そうか。
「ひょっとすると……所有者であるロード様の状態が不安定な場合、それこそ今回のように記憶を失ってしまったり、何かに操られたりした際、メル様の意思とは関係なく……強制的に手帳の機能を停止させる制約みたいなものがあるのかもしれませんね。伝説の武具様を守る為に」
「なるほど……制約か……」
「ええ。ソロモン様の仰る通り、メル様はロード様を慕っておいででした。ですから、メル様自身ですらどうすることも出来ない……神様が定められたルールがそうさせていると考えた方が自然かと」
ロード様は今記憶がない。
つまり、誰が正しくて、誰が間違っているのかの区別がつかない状態にあるということだ。
仮に私が伝説の武具様を狙う悪党だとした場合、ロード様に嘘の情報を伝え、手帳から武具様を出させることはそう難しいことではない。
また、対象を意のままに操れるような魔法があれば、もっと簡単に伝説の武具様を手に入れられるだろう。
操られているのかいないのかくらいは、伝説の武具様達ならご自身で判断出来るだろうが、操られていることすら分からせない程の魔法だってこの世界にはあるかもしれない。
そういったことを防ぐ為、所有者の状態が通常ではないと判断された場合、手帳は開くことすら出来なくなる……つまり、メル様も含め、武具様達は手を貸したくても貸せない状況にあるのではないだろうか?
もちろんメル様が意図的にそうしているという可能性もあるが……。
「んー……多分当たってるよそれ。ま、とりあえず、続きはまた明日だね」
「そうですね。ロード様が起きられてからでないと……」
「それもそうだけど、レヴィちゃんも寝なきゃ駄目」
「あ……」
そういえば自分のことを忘れていた。
「見張りは俺がやるからさ。とにかく休むこと! いいね?」
「……はい。ありがとうございます……ソロモン様」
ソロモン様がいてくれてよかった。
私1人だったら……色々とまずかったかもしれない。
「ん、よろしい。じゃあおやすみ……レヴィちゃん」
「はい……おやすみなさいませ。ソロモン様」
私はソロモン様に頭を下げ、ロード様の眠る部屋へと再び入る。
ロード様はぐっすりと眠られているようだ。
以前は物音にかなり敏感だったが……今はその方がいいだろう。
ゆっくり休んで欲しい。
今までが頑張り過ぎだったのだから。
というか、思い返せば私の所為で……色々……。
「はぁ……」
あ、いけないいけない。
ため息なんかついちゃ駄目だ。
よし、今日はもう寝よう。
ソロモン様に言われたように、私が倒れたら元も子もない。
私はかつてロード様が眠ったソファーに身体を預け、そこから彼の顔を見る。
「ふふっ……」
その穏やかな寝顔に、少しだけ元気を貰えた。
明日はロード様といっぱい話そう。
少しでも何か思い出せるように……2人で過ごした日々のことを。
いろんなことがあった……楽しいことも悲しいことも……それを全部。
「おやすみなさいませ……ロード様」
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「いや、だから自分で……」
「いいから任せてください。私をご自分の右腕だと思って」
そ、そんなこと言われてもなぁ……。
「いやでも……左手があるからさ!」
「ロード様は右利きです。左手では上手くできないでしょう?」
そりゃそうなんだけど……だからって恥ずかし……。
「それに、以前はこうやって食べていましたよ?」
「えぇ!?」
マジかよ……。
何やってんだ記憶を失う前の俺は……。
「はい、あーん」
「…………あー」
朝目覚めると、今まで嗅いだことのないような……って、記憶がないから分からないんだけど、とにかく美味そうな匂いが部屋中に充満していた。
身体を起こして部屋を見る。
すると、部屋の真ん中に置かれた机の上に、朝食というにはあまりにも豪華過ぎる料理の数々が並んでいて、その机の傍に……昨日俺にレヴィと名乗った女の人がいた。
彼女は俺が目覚めたことに気がつくと、凄く嬉しそうにニコッと笑う。
その笑顔にドキッとする俺。
そうして……今に至るという訳だ。
「ん……ッ!?」
なんっ……だ……これ!?
口に入れた瞬間甘い肉汁が口の中にジュワッと広がり追い討ちをかけるかの如くワインの香りを程よく際立たせたデミグラスソースが舌を触り鼻に抜ける更に解けた肉の間から細かく刻んだ玉ねぎや椎茸が顔を出し肉の旨味に負けないというよりそれと融合するように互いを高め合っていくいやまてそれだけじゃないこのトロリとした舌触りとしょっぱさはチーズだチーズが入っているそうかチーズハンバーグか絡まる口の中で絡まり続けるたまらないこれは神だ神の料理だ俺の口は天国へと昇華し今究極の至福を俺は味わって……って俺は何を言っているんだ。
「どうでしょうか?」
「はっ!?」
いかん。
あの世に逝きかけていた。
な、なんか涙が勝手に……。
「う、美味過ぎる……こんなに美味いものを食べたのは初めて……あ……」
そう言いながらレヴィさんの顔を見ると、彼女はなんだか悲しそうに微笑んでいた。
そうか……食べてたんだよな……きっと……。
「……お口に合ってよかったです。さ、いっぱいありますから……はい、あーん」
「……あー」
何故だかは分からない。
けど、やっぱりこれ以上この人を……いや……。
この人だけは……何があっても悲しませちゃいけないって……そう思った。
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詳しくは活動報告にて。




