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病弱令嬢のスキルクラフト!  作者: 鏡石渚
第1章

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9 マジ天使パティスリエ

「お嬢様には死んでいただきます」


 全身が竦む。今まで感じてきた恐怖とは桁違いだった。

 性差、年齢差、体格差。その上ただでさえ病弱なこの体で、マウントを取ったダリオルを押し除けるビジョンが見えない。

 ダリオルはナイフを逆手に持ち、細めた目でわたしの首に狙いを定める。

 やばいやばいやばい! どうする……!?


 わたしは……一度死んだ身だ。死ぬのは怖いし嫌だけど、まだ諦めはつく。けど、ガストリエちゃんは違う……!

 ガストリエちゃんは幼気な少女なんだ! 今日の今日まで家から一歩も出たことなかった箱入り娘なんだ!

 初めての町、初めての世界に飛び出して、初めてをたくさん学びながら、幸せになるために生きていくんだ!

 そんなガストリエちゃんの人生を……わたしのせいで終わらせはしない……!

 わたしにできる方法で、ガストリエちゃんを守る……!


「……ねえ、ダリオル。わたしを殺しちゃう前にさ、とても面白い物語があるんだけど……聞きたい?」

「この状況でよくお喋りする気になれますね。どんな話ですか?」

「えーっと、あるところに王様がいました。王様は毎日結婚しますが、夜になると妻になった人を殺しちゃいます。そんなある日、王様の妻になった女性が毎夜物語を語り聞かせました。すると王様は物語が聞きたくなって女性を殺さず、女性は命を繋ぐことができました。……って話なんだけれど、どう?」

「面白いですね。で、その話は後どれくらい続きますか」

「千一夜くらいかな」

「……私はせっかちではありませんが、流石にそこまで待てませんよ」

「ですよねー……。はは……」


 殺意がなくなるまで語り尽くす作戦、失敗!

 でも意外と話に乗ってくれるみたいだ。話が続く限りは延命できるのなら、わたしの高速詠唱早口語りで捲し立てるしかない……!


「これはわたしが好きな人の話なんだけど、その人は顔も声もよくてキャラも立ってて人気があるのは至極当然って感じなの。でもわたしだけはその人の内面の良さも知ってるんだよね。普段は練習しなくても完璧みたいな超人ぶってるのに実は誰よりも努力家でしかも夢にまっすぐ進めるストイックさもあり博識なのに純粋でかわいいところもあったりして……。ま、わたしも顔から入った口なんですが」

「……無駄話で私の気を逸らす魂胆ですか。なんとも浅はかですね」


 はー、わたしの悪いところ出ちゃった! 興味ない話べらべらされてもつまんないよね! ごめんね!

 一方的に喋るんじゃなくて会話をするんだ……! 今こそ、わたしのコミュ力を解放する時──!


「……ダリオルって好きな天気とかある?」

「ありません」

「そ、そうなんだー……。わたしは雨が好きかなー、変わってるってよく言われるんだけど。確かに濡れるしじめじめするし髪の毛うねうねだしで生活には不便だけど日常の中の非日常感が演出されてて好きなんだよね。あと空が海みたいに染まる夏の快晴も好きかなー」

「……よく喋る人ですね」

「だ、ダリオルって休みの日は何してるの!?」

「休みはありません」

「ダリオルの趣味は!?」

「ありません」

「そういえばダリオルのスキルってどんなの!?」

「ありません」


 そうだよ、わたしにコミュ力なんてないよ! それにしても会話のラリーが続かない……! こんなのキャッチボールじゃなくて千本ノックだよ!

 ダリオルもダリオルで会話続ける気ないし! そりゃそうか、わたしを殺す気だもんね!


「わ、わたし、好きなスキルを作れるんだけど……ダリオルは欲しいスキルとかない? 特別に作ってあげる!」

「遠慮しておきます。あなたはその力のせいで殺されそうになっているんですよ」

「うっ……。ダリオルは殺し屋、なのよね? わたしを狙うのは誰かの依頼?」

「守秘義務ですので。お答えしかねます」

「ダリオルの師匠っていうのは、殺し屋の師匠ってこと?」

「答える必要はありません」

「そうだ! ガストリエちゃんについて語り合おう! 顔は勿論いいんだけど、わたし的には滑らかな指が性癖をくすぐって──」

「そろそろお終いにしましょうか」


 わたしのくだらない遅延行為は断ち切られてしまった。

 ナイフの先端がわたしに向けられている。重力に任せて落とすだけでガストリエちゃんの首は容易く切れてしまいそう。

 ダリオルはナイフを持った手を振りかぶる。この期に及んでもなお、いつも通りの微笑は崩さなかった。


 ああそうか。殺される直前になって気づいた。ダリオルの微笑は心を隠す仮面だったんだ。

 完璧執事を演じ、わたしへの殺意を悟られないようずっと仮面で隠してきたんだ。

 ダリオルには最後の最期まで感心させられた。

 ごめんなさい、ガストリエちゃん……。結局わたしは、あなたを守れなかった……。


 ナイフが振り下ろされる。わたしは恐怖で目を瞑った。

 首元をひんやりとした感触が撫でる。

 嗚呼、終わったんだ……。

 二度目の人生が今、終わった──。


 …………終わった……?

 死の感覚ならよく知っている。何しろ一度経験済みだから。

 死んだと思ったのに、まだ死の感覚が訪れない。一流の殺し屋は死んだことも相手に悟らせないのだろうか。

 ゆっくりと目を開けてみる。

 明かりもない古い小屋に、窓から青白い月光が差し込んでいる。

 そんな神秘的な空間。ダリオルはナイフを突き刺したまま、わたしを見下ろしていた。

 視線をダリオルの手に移す。握られたナイフは、わたしの首を躱しベッドに刺さっていた。


「……これで、ガストリエとしてのあなたは死にました」




 ダリオルはナイフを抜くと、自嘲気味に笑った。いやいやなんで一人で笑ってるの。わけわかんないよ……。

 わたしなりに状況を整理してみる。ダリオルはわたしを殺そうとした。でもわざと殺さなかった……?

 ……じゃあ、とどのつまり、わたしは殺されない……ってことですか……?

 わたしが窮屈そうにもじもじすると、ダリオルはようやっとわたしの上から降りてくれた。そして何事もなかったかのようにわたしの隣に腰を下ろす。


「怖がらせてしまい申し訳ありません。まだ混乱されていることでしょうし、順を追って説明いたします。

 これは、あなたを生かす(・・・)ための計画なんです」

「どういう、こと……?」

「ノワール家の執事になった時点で、私はあなたの存在が教会の障壁になると知っていました。できればあなたにはスキルなど求めず社交界にも出ず、ずっと部屋に篭っていてほしかったのですが、大人しくしているわけありませんでしたね。

 そして社交界を経てついに教会が動いた。あなたが指名手配となるのはそう遠くない。だから私はあなたが追放されるようノワール公爵夫婦を唆し、二人で逃げだしたのです。

 今後、ガストリエは行方不明ということになります。教会は捜索を続けるでしょうが、もしいつか諦めてくれれば、晴れてあなたは自由の身になる。そうしたら、あなたはようやくノワール家に帰ることができます」

「で、でも……こんなことしなくても、普通にボーテ家へ亡命すればよかったんじゃ……」

「既に教会の根回し済みですよ。予定通り向かっていればあなたは捕まっていたでしょう。ノワール公爵は仕事関連の顔は広いですが交友関係は狭い。教会の情報網なら亡命先なんて簡単に予測できます」

「……そこまで先を読んでいたなら、どうしてお父様たちに話さなかったの? これじゃあ騙したみたいじゃない」

「あなたの両親は今後、教会の審問を受けるでしょう。もしお二人があなたの行方を知っていれば、教会側にあなたの居場所が知られてしまいます。あなたを守るため、仕方のない嘘だったんです」


 ダリオルは家庭教師の時と同じようにわかりやすく説明をしてくれる。

 先程までのシリアスとは打って変わり、白々しく種明かしをする様に、わたしは少し怒りを覚えていた。


「いやいやいや……。ダリオルの策は、まあ理解できた。教会の権力はさぞかし強力なんでしょうね。でもさ、わたしを殺そうとしたのは何だったの!? ナイフをちらちらさせてさ……あれいらなかったよね!!」

「必要な通過儀礼です。あなたはここで一度死んで、生まれ変わるのですから」

「うん……? はい。なるほど。よーくわかった」


 ダリオルは何もわかってない。わたしは怖かったんだ。

 彼なりの考えで暗躍し、手練手管を駆使して最善手を打ったのかもしれない。わたしが助かったのは事実だとしよう。だったらダリオルはわたしの命の恩人だ。

 でもそれはそれ、これはこれ。

 わたしは拳を握りしめ、油断しているダリオルの顔面に殴りかかった。


「バカああああああああああああ!!!」


 繰り出した涙のパンチ。しかし拳は寸前で届かなかった。

 わたしはすかさず【スキスキップ】を発動し、届かなかった拳から風を起こし完璧執事を吹っ飛ばす。

 ベッドにもたれ掛かるように仰け反ったダリオルに、今度はわたしがマウントを取る。

 目を白黒させるダリオル。風が顔面を直撃したからなのか鼻血が垂れていた。

 あの完璧なダリオルが晒した無様な姿に、わたしは愉悦を覚えた。


「ダリオル……。あなたがどんな人間で、どんな過去を歩いてきて、何を考えているかなんて、わたしにはわからない。

 ……でもね、ガストリエちゃんを泣かせたのは重罪よ! この罪は必ず償ってもらうから!」


 ダリオルのネクタイの首元を掴み、わたしの方に引き寄せる。

 互いの息が感じられる。互いの視線がぶつかり合う。

 月明かりが照らすベッドの上。大きく息を吸い、わたしは高らかに勝利宣言を決める。


「わたしに一生をかけて償いなさい。わたしに一生を捧げなさい。わたしに一生の忠誠を誓いなさい。

 殺し屋とかそんなの知らないわ! あなたはわたしだけの執事よ! これから死ぬまで、わたしだけに仕えなさい!」


 完璧執事は死んだ。今ここから、ガストリエちゃん専属の執事に生まれ変わってもらう。

 泣かされた分の意趣返しのつもりだったが、何故かダリオルは素直に受け入れてくれたようだ。


「……ええ、勿論ですとも。私は貴方様の執事ですから」

「じゃあ……これからはわたしのこと、守ってくれる?」

「当然。命に変えてもガストリエ様をお守りしましょう」

「……そっか! よかった」


 目先に迫った難を逃れ、緊張が解けると途端に眠くなってきた。

 わたしはダリオルをベッドから追い払い、ごろんと横になった。

 ダリオルは立ち上がり離れて行こうとする。わたしが呼び止め、寝るまで傍にいるよう命じると、ダリオルはいつもとは少し違う微笑みを見せ承知してくれた。


「ところで、どうしてダリオルが教会の手紙を持ってたの?」

「密告した社交界の参席者の方を始末した後、拝借したんです。まさかあなたに見られてしまうとは」

「始末……。ダリオルはもう殺し屋じゃないんだし、これからは殺し禁止ね。わかった?」

「約束いたします」

「ねえ、ダリオルは教会のこと詳しそうだけど、もしわたしが教会に捕まったらどうなっちゃうの?」

「そうですね……。私もそこまで関わっていないので教会の思惑まではわかりません。情報としましては、私は教会のケンジャ(・・・・)と呼ばれる方から依頼を受けました」

「ケンジャ……?」


 けんじゃ、ケンジャ……。脳内で予測変換していく。

 普通に考えれば「賢者」のことなんだろうけど、何か言い方が引っかかる。あめゆじゅとてちてけんじゃ。

 あれ? 確かおじじもケンジャがどうのこうの言ってた記憶が……あれも何か関係があるのだろうか?


「そういえばさっきは結局はぐらかされちゃったけどさ、ダリオルのスキルってどんなの?」

「……秘密です」


 ダリオルは人差し指で口元を押さえ、悪戯っぽく笑う。

 わたしは答えてくれるまで引き下がらないつもりだったが、ダリオルに頭を撫でられると抵抗虚しく一瞬で眠りに落ちた。


 ……頭を撫でられるとすごく安心できた。この感覚は……前世じゃないな、ガストリエちゃんの記憶だ。

 わたしの──ガストリエちゃんの頭を、よく撫でてくれていた人がいた気がする……。誰だろう、この人……。

 夢の中で逢ったその影はぼんやりとしてうまく思い出せなかった。

 ただ一つだけ覚えていることがある。その人は、とても優しい顔をしていた。




 一夜が明けた。昨日でガストリエちゃんは消息を断ったことになり、わたしは新しく生まれ変わる。

 小屋を出て、森を出て、遠くの町に出た。

 店が建ち並ぶ通りは人も多く活気があった。あちこちから営みの喧騒が聞こえてくる。

 人と人とが巡り合い、それぞれの人生が交差し、一つの町を形作っているのだ。

 今日からはわたしたちも、この町の住民になる。町に溶け込む服装に着替えたけどちゃんと馴染んでいるのやら。


「わたしたち、いつ屋敷に帰れるかな」

「教会の動き次第ですね。教会が貴方様を諦めてくれれば万事解決なのですが」

「気が遠くなる……。お父様たちにガストリエの無事を伝えたいけど、やっぱりダメよね?」

「申し訳ありません。これは貴方様を守るためですので」

「そっかー……。また心配かけちゃうな……」

「致し方ありません。しばらくはこの町で大人しくしていましょう」


 わたしたちは新天地で歩を進める。

 さて、新たな人生を始めるにあたりいくつか決めなくてはならないことがあった。

 まずは名前だ。わたしがガストリエちゃんとバレてはいけないから、名前を変えなくては。

 仮名は家名(ファミリーネーム)だけ考えてある。あとは個人名(ファーストネーム)をどうするかなんだけど……。


 ダリオルと並んで歩いていると、一軒の店が目についた。

 お洒落な外観のそのお店は、洋菓子屋さんらしい。

 扉の上の看板には素敵な書体で『Pâtisserie』と書いてある。


「パティスリー、パティスリー……はっ! 閃いた!」


 わたしはダリオルを追い抜き、くるっと振り返って今決めたばかりの名前を宣言する。

 これが新しいわたし(・・・)だ。


「わたしは今日から、パティスリエ・アンジュよ!」

天使(アンジュ)……ですか。いい名前です。では、リエ様とお呼びいたしましょう」


 こうしてガストリエ改め、パティスリエの人生が始まった。

 悔しいことに今後、ガストリエちゃんの名前を公には使えなくなってしまう。これからはもう別人として生きていくのだから。

 しかし、この体が彼女のものであることはわたしがよく知っている。

 ガストリエちゃんの体と、パティスリエ(わたし)の心。二人で一つなのだ。これでようやく、二人で歩み出せる。


 自然と足が弾む。

 推しとともに、新たな世界で生きていこう。

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