7 追放令嬢ガストリエ
「ガストリエ・ノワール。お前を追放する!」
父から放たれた追放宣言は屋敷中を震撼させた。
その言葉が意味するところは、「もう元には戻れない」ということ。
ガストリエちゃんの人生はこの日を境に一変する。
どうして、こんなことになってしまったのだろう……。
初めての社交界で魔力を使いすぎて気絶し、目覚めたのはその翌日のこと。
社交界が過ぎてもなおノワール邸は騒がしく、様子を見に行こうと部屋を出たところで蠱惑的な声に呼び止められた。
「お嬢様、お目覚めでしたか」
「おはようダリオル。私、また丸一日倒れていたのね……」
「ご無事で何よりです」
「ところでなんだか屋敷が騒がしいわね、何かあったの?」
「……少しばかり、厄介なことになってしまいました」
「厄介……?」
ダリオルが視線を送った先、二階から見下ろせる玄関の方では、何やら厳かな雰囲気を纏った白ずくめの集団が大挙して押し寄せていた。
統率の取れた隊列に感心していたが、よく見ると列の先頭の隊長らしき人がお父様と対峙している。
「あの人たち、誰?」
「どうやら教会の方々みたいです。先頭の方は司教様だとか」
「教会……」
教会といえば、10歳の誕生日に訪れるはずだった儀式の場所だ。出張で天授の儀でもしてくれるのだろうか?
なんて甘い考えは即座に打ち砕かれた。事態は深刻なようだ。
庇うように立つダリオルの後ろから司教たちのやりとりを見守る。
「待ってくれ! 一体娘が何をしたというのだ!」
「密告によれば、ガストリエ・ノワールはこの屋敷で催された社交界の最中、観衆の前でスキルを発動させたそうですね。しかし彼女が天授の儀を受けた記録はない。
つまり、彼女は儀式を通さずスキルを手に入れたということになります。そのようなことあり得ないし、あってはならない。神への冒涜、許されざる行為だ」
「っ……! し、しかし……」
「今すぐガストリエ・ノワールの身柄を引き渡していただきたい。これは教皇の判断であり、すなわち国王の勅令に匹敵する拘束力を持つ命令です」
司教の朗らかな物言いに垣間見えたのは、裏打ちされた揺るぎない信念。
どれだけ解決策を巡らせても、言い訳を用意しても、教会からは逃れられないのだと直感する。
わたしはおじじの言葉を思い出していた。世界を敵に回すことになる……。司教はさながら、世界から遣わされた使者なのだろう。
この世界では教会がスキルを管理しているのだとしたら、スキルの密造は目をつけられて当然。
わたしはあまりにも無知だった。もっと早く気づかなくてはならなかったのだ。『スキルを作る力』の代償を。
後悔を募らせている間にも、話はどんどん進んでいく。
「聖女様にはお世話になりましたが、非常に残念です。命令に従わないのであれば、実力行使も已むを得ませんね」
「頼む、あと少し話を聞いてくれ! ガストリエは無実なんだ! あの子が神に逆らうなんてそんなこと……」
「これ以上の話し合いは無用。信徒の皆さんは屋敷内を捜索、見つけ次第ガストリエ・ノワールを拘束し……」
「──お待ちなさい!」
扉を勢いよく開け放ち修羅場に飛び込んできたのは、わたしのお母様とミルフィーユ様だった。
青白い顔で息を切らすお母様を引きずり、ミルフィーユ様は信徒の列を掻き分け司教の前に立ち塞がる。
「これはこれはアムール公爵夫人。申し訳ありませんが今は取り込み中でして……」
「話は聞かせてもらいました。アムール公爵に代わり、私ミルフィーユ・アムールが異議を唱えますわ。教皇様のご判断は早計ではなくて?」
「なんと、教皇に楯突くとは! ……今なら発言の撤回を認めます、お謝りなさい」
「いいえ。敬虔な信徒である私ですが、ガストリエちゃんの危機とあれば話は別。徹底抗戦させて頂きますわ」
司教に一歩も引かないミルフィーユ様の気魄に、その場が支配される。
渦中の人物であるわたしも、固唾を呑んで見守るしかできなかった。
「これは教皇様のご判断とのことですが、恐らく手違いがあったのではないでしょうか? 一度確認のため教皇様本人にお話を伺いたいと存じます」
「その必要はありません。教皇の判断は常に正しいのです」
「あら、そうでしたか。では教皇様ではなく、国王様に直訴させて頂きますわね」
「……国王に?」
「ご存知ではなくて? 第三王子のガレット殿下は私の娘シャルロットの婚約者であることを。
国王様に『教皇様の判断は正当か』のご判断をしていただき、その上でガストリエ・ノワールの処遇を決めてもらいましょう」
「なっ……んですか、それは……!?」
なんという詭弁だ。最高権力者が下した判断の是非を別の最高権力者に委ねるとは。判断のセカンドオピニオンが通じるのか……?
だが司教は口を結んで押し黙ってしまう。勝ち誇ったミルフィーユ様が高らかに勝利宣言を決める。
「司教様、今日のところはお帰りになられた方がよろしいのでは? 無様を晒していては信徒たちに示しがつきませんわよ」
「くっ……! きょ、今日……今日中です! もし今夜までに国王の判断が得られなければ、我々は教皇の命に従いますからね! いいですね?!」
司教が信徒を引き連れ去っていくと、ようやくノワール邸に静寂が戻ってきた。
安堵の溜め息を漏らし緊張が解けたお父様たちはわたしの姿を見つけると、ふらふらと駆け寄ってくる。
わたしも両親の胸に飛び込みたかったが腰を抜かしてしまい、ダリオルに掴まって立っているのがやっとだった。
そういえば、先程からダリオルがやけに静かだ。口に手を当て何かを思案している。
……わたしはてっきり、ダリオルがあの司教たちを追い払ってくれるのだと思っていた。完璧執事の理論武装で司教たちはおっかなびっくりすごすごと帰っていくのだろう、と。
もし、ミルフィーユ様が来ていなければ。……ダリオルはわたしを守ってくれたのだろうか。
「ガストリエ! よかった、目を覚ましたか」
「お父様、お母様……。すみません、私のせいでまたご迷惑を……」
「いいのよ。それより今は──」
「ガストリエちゃん〜!」
「わわっ、ミルフィーユ様……!」
本日のMVPことミルフィーユ様が抱きついてきて、わたしは身動きが取れなくなる。息もできない……。
先程の舌戦。権柄尽くな司教に一歩も引かず、言葉巧みに言い負かしたミルフィーユ様の姿はとても強く理想の大人像として映った。
ミルフィーユ様は何故ここまでガストリエちゃんのために動いてくれるのだろうか? わたしとどういう関係なのだろうか?
それらの疑問はすぐに解決した。
「ミルフィーユ。うちのガストリエが苦しんでいるでしょ、離れなさい」
「もう、おねーちゃんはうるさいなあ。ガストリエちゃんはお母さんに似ないようにねー」
「……ああ! ミルフィーユ様は私の叔母様なのですね」
「おば、さん……?」
となると、シャルロットはガストリエちゃんの従姉妹なのか。なるほど、道理でかわいいわけだ。
それよか叔母様とシャルロットが親娘なのがいまだに信じられない。あのかわいいシャルロットちゃんも大きくなったらこんなにかっこいい女性になるのだろうか。
「ガストリエちゃん……! おばさまじゃなく、ミルフィーユって呼ぼうね〜?」
「ひいっ! み、ミルフィーユ様……」
にこやかなのに顔が全く笑っていない! 怖い……!
この愉快なおば……ミルフィーユ様がお母様の妹となれば、ガストリエちゃんを助けてくれたのにも納得がいく。どうやらお母様が早馬を走らせ、助けを求めに行ったそうだ。
そしてミルフィーユ様の活躍は見事そのもの。詭弁であり暴論であったが、権力を笠に着る司教に対し権力で脅しをかけるのは正解だった。
わたしが感謝の意を述べると、ミルフィーユ様はまたわたしに抱きつこうとし、お母様に羽交締めにされていた。
「感謝されるようなもんじゃないよ。あんなのその場凌ぎの口から出任せだし、勝手に娘の婚約者の名前も使っちゃったし」
「でもミルフィーユ様のおかげで助かりました! ありがとうございます!」
「私からも、ガストリエを助けてくれてありがとう……! 今度お礼させてちょうだい。ほんとこういう時のミルフィーユは頼りになるわ」
「いいってことよ! ……じゃ、私はちょっくら国王様のとこに行ってガストリエちゃんを守ってもらえるようお願いしてこよっかなー」
彼女は軽く言ってはいるが、たとえ親戚でもおいそれと国王様に謁見できるものではないだろう。
それに、もし直訴できても国王様がわたしを守ってくれるとは思えなかった。おじじが言うように今のわたしが「世界の敵」なら許されていいはずがない。
ミルフィーユ様の負担はでかい。お父様もお母様もそれがわかっているから、ミルフィーユ様が屋敷を出て見えなくなるまで丁重に見送った。
「さて……。これからの一挙一動は気を引き締めねばな」
「教皇様に目をつけられるなんて、一体どうしたらいいの……」
「では一旦、お茶にしませんか。お嬢様はお目覚めから何も召し上がっておりませんので、軽い食事も用意しておきました」
「おお、流石はダリオルだ! 突然のことで焦る気持ちもあるが、こういう時こそ落ち着いて今後の身の振り方を考えよう」
「ええ、そうね! 流石はダリオルよ!」
ダリオルに言われ、わたしは自分が空腹であることを思い出した。
腹が減っては戦はできん。先の不安はあれど、今はとにかく腹ごしらえだ。ダリオルお手製の料理に舌鼓を打つとしよう。
一家三人でテーブルを囲み、食事も摂りつつの家族会議が開かれた。姉の席だけ空いておりノワール家集合とはならなかったが、姉は家を出ているため仕方ない。
そういや前世でも家族会議とかやったなあ。確か、わたしが受験生の時と、冷蔵庫のプリン消失事件(犯人は家族全員だった)の時だったか。
配膳を終えたダリオルがわたしの三歩後ろに下がったところで、お父様が話の口火を切った。
「先に訊いておきたい。ガストリエは、本当にスキルを授かったのか?」
「……はい。ただ授かったのではなく、自分で作りました」
「作ったか、そうか……ん? どういうことだ!?」
「スキルは祝福の女神から授かるものでしょ……?」
「そうなんですけど。私にはスキルを作る力があるみたいで、それでちょちょいと作りました」
わたしはスキルクラフトと事の経緯を話した。
お父様もお母様もなんとか理解しようと耳を傾けてくれてはいたが、「スキルとは斯くあるべき」という固定観念が邪魔をしているようで二人揃って頭を捻っている。
「そうか……。最初は冗談かと思っていたが、あれは本当にスキルだったのか」
「でもわからないわ。仮にガストリエがスキルを作ったとして、教会が目の敵にする理由はなんなのかしら」
「女神様から授かるはずのスキルを勝手に生み出したからだろ?」
「だとしたら、スキルを作れるガストリエは女神様の生まれ変わりだと考えるべきじゃない? 神にしかできないことをこの子はできるのよ? どうして問答無用で罪人扱いになるのかしら」
「むっ、それは……」
ガストリエちゃんが女神級にかわいいのはさておき、教会的には唯一神が複数いるのが問題なのだろうか?
確かに、信仰の対象と同じ能力を持った者が他にいたら信仰力は落ちそうだ。ショッピングモールに客を取られる商店街みたいなものか。
スキルを生み出すのは神の御技。神にしかできないからこそ絶対であり、絶対だからこそ神たり得るのだ。
「しかし……国王様を頼りにするのも無理があるな。このままだとガストリエは捕まってしまう」
「なんとかならないの……? 貴族の署名を集めて教会に抗議するとか」
「私の爵位を返還して許しを乞うか……」
「ダメです、お父様! 私のために家を犠牲にするなんて……!」
「しかし、今やそんな方法しか思いつかぬのだ!」
「こうなったら、名前を捨てどこか遠い国に亡命するしか……」
「お父様……お母様……」
わたしの軽はずみな行動のせいで、両親は自分たちの身も削る覚悟で悩んでいる。
わたしがスキルを作ったからだ。わたしが大勢の前でスキルを使ったからだ。
わたしさえいなければ…………。
そんな考えが頭を過る。すると、ここに来て沈黙を保っていたダリオルが口を開いた。
「──追放、なさってはいかがでしょうか」
ダリオルさん……?
いつもの微笑でいつもの声色。ダリオルは晴れやかな朝の挨拶でもするかのように、恐ろしいことを言ってのけた。
部屋の空気が凍りつく。お父様は怒りに震える拳をテーブルに叩きつけた。
「ダリオル! なんてことを言うんだ!」
「最後までご静聴ください。私の提案は『追放のふり』、つまりお嬢様の追放劇を演じようというものです。
このままではお嬢様は捕まり、ノワール家は権威を失い破滅いたします。なのでお嬢様もノワール家も守る方法として、お嬢様を追放と称し離れさせ、安全圏に匿うのはいかがでしょうか」
「ガストリエを追放したと思わせ、実際は安全に逃すわけか! なるほど、ほとぼりが冷めたら帰ってくればいいしな」
「名案だけれど、本当にガストリエは安全なの? 教会の追っ手から逃げ切れるのかしら」
「そこはご安心を。私ダリオルが、責任を持ってお嬢様をお守りいたします」
「おお! ダリオルが守るなら安心か」
「ええ、ダリオルなら任せられるわ」
ダリオルの提案をすんなりと受け入れる両親。
うん、わたしも策そのものはいいと思っている。屋敷を出るのは不安だが、これ以上ここにいると家族にも迷惑がかかってしまうし。
ただ全般的に、あまりにもダリオル頼りではないだろうか。
最大の懸念点であるガストリエちゃんの身の安全が、「ダリオルがいれば大丈夫」で片付けられてしまっている。
……実際大丈夫とは思う。だが、わたしは近頃のダリオルの言動に少し不信感を抱いていた。
大丈夫……だよね?
「ではお嬢様。すぐに荷物をまとめ追放されましょう」
「え、もう!? ……あまりに急すぎない?」
「あの司教は早ければ夜には屋敷に戻ってきます。それまでにできるだけ遠く離れておきたいのです」
「うーん……。そうなんだけど……」
考えすぎ……なのだろうか。
どちらにせよ、ダリオルの案を超えるアイデアがない以上、道はひとつしかない。
これがガストリエちゃんの安全を守り、家族のみんなも守る唯一の方法だと信じて。
「……わかった、あなたの策に乗るわ」
「ご賢明な判断です」
「追放後は東にあるボーテ伯爵家を訪ねるといい。クラクランならうまく匿ってくれるだろう。それとガストリエ、体調には気をつけてな……たまには手紙を送ってくれよ」
「寂しくなるわ、ガストリエ……。またあなたと一緒に過ごせるよう私たちがなんとかするわ。あなたは何も悪くないもの、間違っているのは教会の方よ」
「……ありがとうございます。ガストリエも元気に生きて、いつか必ずここへ帰って参ります!」
わたしは一度自室に戻り、ダリオルと荷造りを始めた。
10年を過ごしたガストリエちゃんの部屋。ベッドの側に一列に並んだカラフルなくまのぬいぐるみは、誕生日を迎えるたび増えてきたガストリエちゃんの生きた証だ。しばらく見られないのだと思うと感慨深くなる。
わたしはスーツケースに普段着用のドレスを詰め込み、愛用の手鏡を持って部屋を後にする。後ろ髪を引かれ振り返りそうになったが、なんとか堪え歩き続けた。
出立の準備を終え、改めて両親の前に赴く。さあ、お別れの時だ。
「ガストリエ・ノワール。お前を追放する!」
「……お父様、お母様。今までお世話になりました」
泣き崩れる両親を背に、わたしと執事は歩き出した。
追放の経緯を知らないメイドたちはまだ状況を飲み込めず、悲痛な顔で玄関まで見送ってくれた。
荷車のようなボロい馬車に乗り込むと、ダリオルが馬を走らせる。
この先に待つ不安から目を背けるように、わたしは一度だけ、屋敷の方を振り返った。




