62 手を取り合い、姉妹
夢を見た。それは、わたしが記憶を取り戻してからよく見る夢。
黒髪の少女が、わたしの頭を撫でている。
誰だろう、お姉ちゃん……?
いや、違う……。この人は、さっきお姉ちゃんの記憶の中で見た…………。
「……もしかして、ガストリエちゃん?」
「はい、当たりです」
黒髪を靡かせるその美少女は、わたしを見て微笑んだ。
か、かわいぃぃぃーっ! 興奮して気絶しそうになる。夢の中で気絶したらどうなるんだろ、怖いからやめとこ。
いつも夢の中で会っていた超絶美少女天使ガールは黒髪のガストリエちゃんだったのか。
わたしの記憶が戻ることなくわたしと同じ歳まで成長していたら、きっとこんな姿だったんだろうな……。
「ガストリエちゃん! ずっとずっと会いたかったよ……!」
「ふふ、変なことを言いますね。私はあなたなのに」
「そうだけどそうじゃないの! とにかくすっごくうれしい!」
ガストリエちゃんは穏やかな笑みを浮かべたまま、わたしの頭を撫でている。
ずっと、わたしのことを見守ってくれていたんだ。ずっと……。
「ガストリエちゃんって、その……もう亡くなってるの……?」
「ええ、私は病弱な自分に負けてしまいました。あなたは本当に強い人です」
「そ、そうかな? わたしも前世で一回死んでるし、今の体は魔力で動くゾンビらしいし……」
「……です、ね。当然驚きましたよね、もう死んでいるなんて聞かされて。私に転生したこと、後悔、しましたか」
「するわけない!!」
するわけないよそんなの!
確かに、ベッドの上にいた頃は辛いこともたくさんあった。嫌になって全部投げ出してしまいたくなった。
でも! ガストリエちゃんを推しにして生きてきた! そしたらこうしてガストリエちゃんに出会えた! こんなに幸せな第二の人生なんてない!
「はあ、はあ……こんな美少女を間近で楽しめるんだもん……後悔するわけないよ、うひ……あ、鼻血が」
「そ、そうですか……」
若干引いてるガストリエちゃんもかわいい。手鏡なしでそのお顔を楽しめるなんてまさに夢みたいだ。
わたしはそわそわと抱きしめるタイミングを伺っていたが、どうやらそういう雰囲気ではない模様。
ピシッと気持ちを引き締め、ガストリエちゃんに向き直った。
「にしても、こんな風に話せるだなんて思わなかったよ。ガストリエちゃんはわたしに体を操られてるわけだけど、嫌じゃなかった?」
「いいえ、まさか! あなたがいなければ、私は外の世界も知りませんでした。友達もいませんでした。学園にも行けませんでした。私が世界を知れたのは、全部、あなたのおかげですよ」
「えへへ、そうかな。えへへ」
「あなたといると退屈しません。素敵な時間を、思い出を、ありがとうございました」
そう言ってガストリエちゃんは儚く微笑んだ。
輪郭がぼやけ、手を伸ばせば消えてしまいそうだ。
「え、やだ! ガストリエちゃん、消えちゃうの……?」
「いえ、私はあなた、あなたは私です。また夢の中で会えますよ」
「そっか! よかった〜」
「ですが、こうやってじっくりお話することはもうないでしょうね……。寂しい限りです」
わたしはここぞとばかりにガストリエちゃんに抱きついた。
ガストリエちゃんの体は冷たく、そして温かかった。
「……さあ、目覚めの時です。コンフィズリお姉様は、私を蘇らせたことに罪悪感を抱いていらっしゃいます。どうかお姉様を救ってあげてください」
「もちろん! ゾンビとかスキルとか関係ない、お姉ちゃんはわたしのお姉ちゃんだもん! ばっちり助けてくるよ!」
「ふふ、ありがとうございます。そうだ、最後にあなたの名前を教えてもらえませんか」
「わたしの?」
「はい。おじじさんとの話で前世のことは語られていましたが、名前だけは話していませんでしたので」
「あーそうだっけ。じゃあガストリエちゃんだけに教えてあげるね! わたしは──」
暗闇に光が差した。
ゆっくり目を開くと、わたしの顔を覗き込むお姉ちゃんの涙がぽたぽたと滴ってくる。
まだ頭がぼんやりしているけど、頑張って笑顔を作ってみせた。
「おはよう、コンフィズリお姉ちゃん……。へへ、初めてだ、こんな挨拶したの」
「ガストリエ……! うん、おはよう……!!」
わたしはお姉ちゃんに心配されながら重い体を起こす。
お姉ちゃんは、わたしの体に触れようとしない。わたしを無理やり蘇らせたことに引け目を感じているんだ。
わたしは再び立ち上がると、ウーヴリと向かい合う。
「死体が起き上がったか。それもそうか、魔力を与えられる限り、肉体が果てるまで生き続けるわけだからな」
ウーヴリの嘲りはお姉ちゃんの方に向いていた。
曇る姉の前に、わたしは立つ。
「いいや、違いますよウーヴリ教皇。あなたは何もわかってない」
「何……?」
「確かに魔力切れを起こしたら気絶しますよそりゃ。でも、わたしを動かすのは魔力なんかじゃないんです」
わたしはわたしの胸に手を当てた。
心臓の鼓動が、わたしを後押ししてくれる。
「わたしを突き動かすのはいつだって推進力だけです! 推しがいるから、わたしは戦える!」
わたしの堂々たる宣言に、ウーヴリは理解を示さず軽蔑の視線を送ってくる。
呆れた調子で、手をこちらに向けた。
「ガストリエに洗脳が効かないとなると、別の手を考えるしかないな」
「が、ガストリエには手を出させません! これ以上、この子を苦しめたくない……!」
「お姉ちゃん……」
「……そうだな。まずは邪魔な貴様からだ、コンフィズリよ」
ウーヴリから放たれた洗脳ビームは、手鏡も意味なく通過し、お姉ちゃんの胸を貫いた。
膝から崩れ落ちたお姉ちゃんは、記憶がなくなってしまったのか、放心状態にある。
「さあ来い、コンフィズリ」
「…………はい、ウーヴリ様」
「お姉ちゃん!? しっかりして!」
わたしの呼びかけにも反応せず、姉は虚ろな目でウーヴリの方へ引き寄せられていく。
どうしよう、お姉ちゃんがウーヴリに支配されたちゃった……!
抱きしめて止めようとするも、体格差で押されてしまう。
ダメだ、このままじゃお姉ちゃんは向こう数百年教会の中で生き続ける、新たな権者になってしまう……!
わたしは、お姉ちゃんの手に触れた。
瞬間、とてつもない魔力が流れてくる。
いや……大丈夫。これくらいの魔力なら、操作してみせる……!
わたしは自分の体内に流れる魔力に集中し、魔力操作を行う。
濁流のように荒れ狂う魔力を、腕から手に……、そしてお姉ちゃんへ返す……!
お姉ちゃんがわたしに魔力を注いだ時にガストリエちゃんとの記憶も一緒に流れ込んできたんだ。だったら、わたしの中にあるお姉ちゃんとの記憶も送り込めるはず!
姉と過ごした時間は短い。それにすれ違いばかりで、ずっと嫌われていると思っていた。
でも、お姉ちゃんは誰よりもガストリエのことを想ってくれていたんだって、今ならわかるよ……!
この記憶を、ぶつける……!!
「好きだああああああああーーー!!」
姉の目に、光が戻った。
お姉ちゃんはわたしと手を繋いでいることに気づくと焦り出したが、やがて、わたしの手の温もりを噛み締め始めた。
「わたしのこと、覚えてる?」
「……ガストリエ! ガストリエガストリエガストリエぇ……!」
「うんっ、お姉ちゃん!」
二度も洗脳魔法を破られ、ウーヴリは震えていた。
わたしとコンフィズリお姉ちゃん、はっきり言って最強の姉妹だ。もうウーヴリに打つ手はなかった。
「ねえ、ウーヴリ。なんか夢で見た気がするんだけど、大昔はこの国のみんな、スキルクラフトを使えたんだって?」
「貴様、どこでその話を……。ああそうだ。だからなんだという? 貴様らが何をしようとスキルクラフトは教会の……いや、私のものだ!!」
「ふーん、なるほどねえ」
わたしはお姉ちゃんの手を握り、妹らしく悪戯っぽく顔を覗き込む。
流れる魔力を伝ってか、それとも姉妹だからか、お姉ちゃんは何も聞かずわたしの考えを読み取ってくれた。
「生まれてこの方、魔力量が多いせいで周囲への影響とか考えちゃって、全力なんて出したことがないのよね」
「わたしも初めて! どれくらい届くかな?」
「私、お姉ちゃんだから。国内全域くらいなら確実に届かせてみせるわ」
「……貴様ら、なんの話をしている」
わたしたちはこの国の最高権力者、ウーヴリを見る。
かつて一人の少女を利用し、力を独占した教会の頂点がそこにいる。
わたしは今一度、スキルのルールを確認した。
「スキルってのは、『できることができる』んですよね」
「……だからなんだというのだ」
「昔は国民みんな、エウロギアさんから与えられたスキルクラフトを使えていた。ってことは、今でもこの能力を与えれば、みんなスキルを作れるようになるはずですよね?」
「……っ! き、貴様! 何するつもりだ!?」
慌てて駆け出したウーヴリ。
それよりも先に、わたしとお姉ちゃんは、取り合った手と手を天高く掲げた。
姉はこの国全土に座標を指定した。
二人で叫ぶ。
「──【スキルクラフト】!!」
教会の頂から、魔力の波動が広がっていった。
姉の魔力がわたしの魔法を乗せてどこまでも拡散していく。
目には見えない波はやがて、国全体を包んでしまったのだろう。
人々は静かに、奇跡の芽生えを感じ取っていた。
「なっ……! スキルクラフトを、この国にいる全員に与えたというのか……!? なんということを! 愚民共にこの力を扱えるとでも思っているのか?!」
「これが正しいかなんてわかりません。ですが、一つだけ確かなことがあります」
「……そ、そうか! 私もコンフィズリを使って洗脳魔法を国全体にかければいいわけだ! さあ聖女! 私に協力しろ!!」
ウーヴリはゾンビのように駆け出し、お姉ちゃんの手を掴んだ。
「はっはっはっ……! これでまた、愚民共の記憶をいじじじじじじじ……!?」
「……この能力は、あなたのものじゃない」
お姉ちゃんに触れたウーヴリは流れ込む大量の魔力に耐え切れず、全身を痙攣させた。
その体はぼろぼろ崩れ始め、中から放たれたドス黒い魂が肉体を求め手を伸ばしている。
跡形もなく朽ち果てた肉体に戻ろうと必死にもがいていたが、やがて魂も姿を保てなくなり、霧散して消滅した。
ウーヴリによって数百年もの間、改竄された歴史を刻み込まれてきたこの国の住人。
今、魔法による洗脳が消え、正しい認識を取り戻したみたいだ。
スキルクラフトが広まった後、この国がどうなっていくかは誰にも予想がつかない。
だけど、まあ、生きていくしかないよな。
ガストリエちゃんの、そしてわたしの人生はまだまだこれからなんだから!
その前に、みんなが無事かどうか確かめなきゃ。
わたしはお姉ちゃんと手を繋ぎ、教会の階段を降っていった。




