61 スーパーウルトラお姉ちゃん
階下から爆発音やら地鳴りやら物々しい音が響いてくる。教皇ウーヴリの隣にいるわたしの中で不安と期待が入り混じる。
みんな、戦ってくれてるんだ……。怪我してないかな、大丈夫かな……。
わたしのせいでこんなことになってるんだと思うと申し訳なさでいっぱいだが、でもやっぱり助けに来てくれたのは素直にうれしい。
音が迫ってくる。誰かがこの部屋まで駆け上がってきていた。
勢いつけて現れたその人は、わたしの……ガストリエの、お姉ちゃん。
「コンフィズリ・ノワール。よくここまで辿り着いた、盛大に歓迎しよう」
ウーヴリが手を鳴らすと、床や天井から大量に人が湧いてきた。
それらはゴーフルちゃんを思わせた。ウーヴリと同じ顔をした赤髪の人形たちが、一斉にお姉ちゃんへ襲いかかる。
わたしはどうにか助けようとしたが、そんなこと考える必要もないほど呆気なく、お姉ちゃんは迫り来る人の波を払い除けた。
「なるほど、この人形を使ってガストリエを誘拐したのですね。まったく趣味の悪いこと」
お姉ちゃんが軽く触れただけで、人形は体を保てなくなり弾け、土に還った。
すごい……! 今の、魔法かな。いや詠唱してなかったからスキル……? とにかくすごい!
手荒い歓迎を一蹴され、ウーヴリは肩を落とす真似をした。
「コンフィズリ・ノワール、元聖女よ。わざわざ訪ねてきて何の用件だ?」
「ガストリエを返してもらいにきました」
「ふふ、残念だが、このガストリエには記憶がない。貴様のことなど微塵も覚えていないわけだ」
「いえ、変わりありません」
お姉ちゃんは土の山を越え、歩を進める。
その目には怒りと悲哀の色が見えた。
「ガストリエは私のことなど知らないようです、学園でも私に気づかなかったし……。記憶があってもなくても、姉のことなんて覚えていませんよ」
わたしはお姉ちゃんの言葉を聞いて、ものすごく後悔した。
お姉ちゃんはずっと、わたしがガストリエだって気づいてたんだ。ずっと、心配してくれてたんだ……。
なんでわたし、距離置いてたんだろう。なんで歩み寄ろうとしなかったんだろう。
こんなことなら、もっとお姉ちゃんと話しておけば良かった。そうしたら、こんな悲しいことを言わせずに済んだのに。
「覚えられてもいないのに助けに来たのか。殊勝な人間だな」
「ええ、私はガストリエのお姉ちゃんだから」
そう自信満々に言い切るお姉ちゃん。
わたしは、思わず走り出していた。
きっとこのまま洗脳されたふりをしてウーヴリの虚を突いた方が賢いんだろうな。倒すためのいろんな作戦も考えられたはずだし、勝率も高いってわかっている。
それでもわたしは、想いを止められなかった。
「お姉ちゃん!!」
「え……が、ががが、ガストリエ……!?」
お姉ちゃんの胸に飛び込む。
小っちゃい手でしっかりと抱きしめる。
初めて触れるお姉ちゃんの体は、においも、温度も、感触も、よく知っている懐かしいものに感じた。
「が、ガストリエが……私にこんなに近づいて……!」
お姉ちゃんは手をぷるぷると戦慄かせている。
わたしの背に手を回して抱きしめたいのだろうか。
お姉ちゃんが素直になれない分、わたしがぎゅっと抱きしめてあげた。
「ガストリエ……! 何故、私の洗脳が効いていない……!?」
「ふっふっふ! これですよ、これ!」
わたしが懐から手鏡を取り出すと、ウーヴリはぽかんとしていた。
そりゃそうだ。まさか服の内側にいつも手鏡を入れ持ち歩いている人間がいるなんて思わないだろうからね!
お父様がくれたものだと伝えると、お姉ちゃんは合点がいったように納得して笑い出した。
この人、こんな素敵な笑顔で笑う人なんだ。知れてよかったな。
「というわけで、あなたの洗脳だか記憶消去魔法は効きませんよ、ウーヴリ教皇! お姉ちゃんも、もし狙われたらこの手鏡使ってね!」
「え、ええ……」
お姉ちゃんにも手鏡を持ってもらおうと差し出し、姉はおずおずと手に取った。
その時、手が触れ合った。
触れた箇所から、高圧の魔力がどくどくと流れ込んでくる。わたしは思わず全身を震わせた。
「ご、ごめんなさい! ガストリエ、大丈夫かしら……?」
「うん、平気。ちょっと驚いただけ……」
魔力とともに、わたしの中に記憶が流れ込んできた。
これは……わたしがまだ転生の記憶を取り戻す前、ガストリエだった頃……。
うっ! 頭が眩む。魔力量が一気に増え血糖値スパイクを起こしたのだろうか。
落ち着けわたし……。今は敵陣ど真ん中、目の前にラスボスがいるんだ……。油断しては…………。
……なんだ、何か変だ。
何故ウーヴリは先程から、こちらをじっと観察しているんだ。
うちのお姉ちゃんは触れただけでウーヴリ人形を倒せるくらいには強いし闇雲に攻撃しても意味はないだろうけど、だからって様子見しすぎじゃないか?
魔法なりなんなり、攻撃する隙ならいくらでもあったのに。そんなに洗脳魔法を防がれたのがショックだったのか?
「これで人質はいなくなりました。さあ、お覚悟を! 教皇様!」
「ふふ、ふふふ……」
ウーヴリは突然笑い始めた。
その目からは、わたしたちを憐れむような視線が送られてくる。
「……何が、おかしいの」
「ふふふ……、なるほどそういうことか。コンフィズリはとっくに気づいているのだろう? ガストリエの正体に」
「え、わたしの正体……!?」
まさか、転生のこと!?
わたしが本物のガストリエじゃない、みたいなこと言おうとしてるのか、この人は!
いやいや……。姉を惑わせたいのかも知れないけど、残念ながらガストリエはわたしで、わたしはガストリエだ。どっちが本物とかじゃない、二人で“ガストリエ”なんだ。
仲を引き裂こうったって、ウーヴリの思い通りにはいきませんよ、ええ。
そう思ってお姉ちゃんの方を見ると、姉は顔を真っ青にしている。
わたしの方をちらりとも見ようとしない。
なん、だ……? さっきから、何かがおかしい……。
ウーヴリはぱんと手を叩き、人形を一体作り出した。
「私の魔法は非生物には効かない。たとえば、この人形みたいな“物”にはね」
ウーヴリが魔法を解くと、人形は一瞬にして崩れていった。
「何故ガストリエに私の魔法が効かなかったのか。手鏡なんかじゃない、その理由は単純明快だ」
姉は変わらず、顔を青くしたまま固まってしまっている。
「コンフィズリよ。貴様のスキルが何か、妹に教えてやれ」
「…………私のは、治癒スキル……」
「いいや違う。スキルを与えるのは教会だ、貴様がどういったスキルの持ち主か把握しているに決まっているだろう」
お姉ちゃんは今にも倒れそうなくらい顔色が悪くなっていた。
スキル……? お姉ちゃんのスキルが、いま何か関係あるのか……?
「言えないのなら代わりに私が教えてやろう。そこにいるコンフィズリ・ノワールのスキルは【蘇生】──。触れた者に魔力を与え、蘇らせるスキルだ」
「…………そせい?」
「まだ気づかないのか。ガストリエ、貴様は魔力で動いているだけの、ただの死体だ」
…………何を、言っているんだ、この人。
人を死体呼ばわりだなんて……、死んだ人に魔力を流し込めばゾンビになるって話は聞いたことあるけど……。
……え? つまり、そういうこと……?
わたしは恐る恐る、姉の方を見た。
姉も、青ざめた顔でわたしを見下ろしていた。
さっき、お姉ちゃんに触れた時に流れ込んできた記憶が、今度は鮮明に呼び起こされた。
ノワール家屋敷、ベッドの中で苦しそうに咳き込むガストリエちゃん。
その傍に、コンフィズリお姉ちゃんがいた。
お姉ちゃんは熱が失われ冷たくなっていくガストリエちゃんの手を握り、元気になってほしくて懸命に魔力を送り込む。
ガストリエちゃんはそのうち、動かなくなった。
それでもお姉ちゃんは元気になると信じ、魔力を込め続けた。
すると、ガストリエちゃんの全身がびくんと跳ね上がった。
瞳孔が開いたまま起き上がり、髪を垂らしてベッドの上に立ち尽くす。
姉の目に映るその姿は、……まさしくゾンビだった。
そしてガストリエちゃんの髪は白くなり、わたしは死んだショックで前世の記憶を思い出した。
何故わたしだけ魔力を使いすぎると気絶してしまうのか、ようやく理解できた。
血液を失いすぎると意識を失くすように、この体を流れる魔力はわたしの命そのものだったんだ。
そうか、そうだったのか……。
ガストリエちゃんは…………。
「もう、死んでたんだ……」
「ガストリエ!!」
意識がぼんやりしてきた。立っていられなくなる。
お姉ちゃんはわたしを抱き止めようとするも、わたしに触れるのを怖がり、躊躇った。
わたしは、土人形のようにその場に崩れ落ちた。




