63 推しと生きる
教会での一件以降、この国に新たな常識が生まれた。
「くらえ! 【地獄の業火】!」
「だっせー! 弱火じゃねーか」
「俺もスキル考えてきたよ! 【逆さ水】!」
「……だっせー!」
皆がスキルクラフトを持ち、その使い方も徐々に浸透していった。
便利な能力が日常に溶け込み、まだ10歳にもなっていない子どもたちがスキルを作って遊んでいる。
この国は、変わったんだ。
「お嬢様。あなた宛にお手紙がたくさん届いていますよ」
「ありがと。これは……シューからだ!」
この国が変わっても、この町は大して変わらなかった。
町は今日も、活気に包まれ賑わいが絶えない。
そんな町にあるパティスリーは、本日も絶賛営業中だ。
「シュー、お前にはもう教えることは何もないな」
「ほんとか! じゃあ独り立ちの日も近いな」
「何!? ダメだ! 行かないでくれ〜」
「どっちだよ……。安心しろよ、じいちゃん。いつまでもこの店にいてやるから」
「ほんとか……!」
「ああ。この店は母さんの夢だからな」
かつてシューをいじめていた三人組は頭を爆発させながら、なんとか習得した計算スキルでお金を勘定している。
シューは三人を鼓舞し、休憩に入った。
店の二階のベッドには、今日もだらりとくつろぐ黒猫がいた。
横に座り、シューは猫を優しく撫でる。
「思い返してみると、“あいつ”って猫みたいなやつだったな。突然現れて、と思ったらどこか遠くに行っちまって……」
「にゃーん?」
「……いや、なんでもない。店の方は元気にやってるよ。けど、いつでも帰ってきていいんだぜ。お前用のエプロン、まだ大切に取ってあるからな」
シューが黒猫を撫でると、猫は喉を鳴らした。
学園は、今日も始業の鐘が鳴る。
「ねえ、知ってる? この学園に昔パティスリエって生徒がいたの。でもそんな名前の人間、どこにもいないんだって」
「えー、何それ? お化けってこと?」
「確か、スキルクラフトを作ったのもそんな名前の人じゃなかったけっけ」
「それはエウロギア様でしょ。全然違うじゃない」
「そこ、静かに。授業を始めますよ」
授業で中断された噂話だったが、授業後もなおその熱は冷めやらなかった。
教室を出た先生を生徒たちが追う。
「あの、クイニーアマン先生はパティスリエって知ってますか?」
「ええ、もちろん。彼女は私の生徒でしたから」
「ほんとですか! やっぱり幽霊でした?」
「パティスリエって名前の人はいないらしいんですけど、どうなんですか!?」
「そう、ね。彼女は彗星のごとく現れ、学園の伝統を破壊し、そして気づけばいなくなっていた。まったく、姉妹揃って卒業もせずにいなくなってしまうなんて」
「え、姉妹とかいるんですか!」
「もっと聞かせてください〜!」
「続きはまた今度。さ、次の授業が始まりますよ」
噂好きの生徒たちが教室に戻るのを見届けると、クイニーアマンは廊下を歩き出した。
宮廷には常に馬車が停まり、国王は止めどなく訪う貴族や平民たちの対応に追われた。
国民全員にスキルを作る力が平等に授けられたことで、平民の中にも頭角を現す者が出てきていた。
貴族に引けを取らぬ財を稼ぎ、その権力と発言力は貴族を凌駕するほどの影響力を持つ。
革命の足音がすぐそこまで迫っていた。
一方、王妃クグロフもまた頭を抱えていた。
まるでこの国の行く末を知っているかのように。
「結局こうなっちゃうのね……はあ。ガレット、もし亡命するならどこの国がいい?」
「亡命、ですか」
「西はあまり料理が美味しくないしのお、東は気候が厳しいし、はてさてどうしたものやら」
「私は王子の立場故、父上と母上に従います。ですが……もし我儘を言えるのであれば、私はフェーヴの眠るこの国に残ります」
「……ええ、正しい。あなたはいつだって正しい。そうじゃな、妾も、これからも息子と娘のいるこの国で暮らせるよう最善を尽くそうではないか」
王妃の威厳を取り戻したクグロフは、早速この国に迫っている問題を洗い出していった。
度重なる戦争、困窮する財政、重税に反発する国民。そのどれもが、クグロフのよく知る展開であった。
「そうじゃ、他国との貿易でスキルを売るのはどうだろう。他の国もスキルは欲しいはずじゃ」
「お言葉ですが、母上。それでは結局、スキルを独占して権力を高めていた教会とやってることが同じなのでは」
「……そうじゃな、はあ、王妃むずいのー。こんな時、“あの子”さえいてくれれば……」
「奇遇ですね、ちょうど私も同じ人物のことを思い浮かべていました」
「ガレットもか。あの天真爛漫な笑顔が忘れられん、また会いたいものだな……」
クグロフは皿の上のブリオッシュを一瞬にして平らげた。
絢爛豪華を散りばめたダンスホールで、贅沢の限りを尽くす貴族たちが優雅に踊っている。
その中に一人、音楽に乗って荒れ狂う令嬢の姿があった。
「きゃっほー! やりましたのー!」
「くっ……! このカヌレ・ド・ボルドーともあろう者が、何故こんなことに……」
フランは、婚約者であるカヌレのリードを無視して歓喜の舞を踊る。
かつて不夜城で傷モノ(文字通り)にされた責任を追求し、婚約を取り付け、見事玉の輿に成功したのである。
「全部“あいつ”のせいだ……」
「あいつとは?」
「貴様より喧しい女だ。ちっ、平民に扮した貴族だとわかったのに、今度はスキルを作る能力なんて与えやがって……。あいつに渡されたものが! 私の中から消えてくれない……!」
「まあまあ。つらい現実はすべて、このフラン・フランヴァワーズが忘れさせてみせますの!」
事故により家督を継げなくなった兄に変わり、晴れて時期当主と相成ったカヌレ。
この夜もまた、白髪の少女の夢にうなされるのであった。
教皇や権者による数々の悪行を暴かれた教会は、その権威を失墜させていた。
信徒が去り倒壊した本部の再建に手が回らず、資金も信頼もない中、今日も新たな聖女が神に祈りを捧げている。
「クレープちゃん〜!」
「わあっ! や、やめてください、あなたに触られると魔力過多でおかしくなってしまいます、コンフィズリさん!」
「ごめんごめん、ついかわいくってー」
「ほんと姉妹そっくりですね、まったく……」
クレープは照れながら、魔力を回復してもらえたことを感謝するも、コンフィズリは聞いていなかった。
先輩聖女コンフィズリが崩れた教会を眺めていると、遠くから老人と子どもが見えた。
「この子は今日10歳を迎えたのです。天授の儀を受けさせたいのですが……」
「ああ、すみません。その儀式は今やっていなくて……」
「へー! 10歳になったんですね、おめでとうございます」
「う、うん」
「どんなスキルが欲しいですか」
「えっと……妹が病気なんです。だから、妹が10歳になれるよう、僕の力で元気にしてあげたいです」
「そう……! じゃあ聖女さん、儀式よろしく」
「ええ! わ、私がですか!?」
無茶振りに慌てるクレープ。
国民全員にスキルクラフトが与えられた今、儀式は形骸化し不要なものであった。
クレープは自分が儀式を受けた時の再現をしようと思ったが、すぐにやめた。代わりに自分なりの儀式を行うことにした。
子どもの頭に手を置き、何度も祈る。
「……あなたなら、きっと妹さんを元気にできます」
「ほんと……?」
「はい、本当です。なのでまずは、あなたがあなたを信じてください。『できることができる』んですから」
クレープは、自分が貰ってきた愛を手に込める。
その温もりが子どもへと伝わっていく。
「こんな風に、あなたの妹さんにも愛を分けてあげてください。きっと喜びますよ」
「うん……! ありがとう、お姉ちゃん!」
「こら、聖女様相手になんて口の利き方を!」
「いいですよ。あなたに神の祝福があらんことを」
祈りを結び、元気に手を振る子どもを見送る。
コンフィズリは腕を組み、直向きなクレープを見守っていた。
「これでまた一歩、だね」
「ええ。教会復権までの道のりはまだまだ遠いですから」
「そういえば訊いたことなかったけど、クレープちゃんはどうして教会なんかで働いているの? あの子の件に巻き込まれて、いいイメージはないだろうに」
「だからこそですよ。私、昔から日曜の礼拝が好きだったんです、お菓子がもらえるからなんて幼稚な理由ですが。教会も好きだったんですが、その上部が腐っているだなんて断じて許せません、だから、私が教会を変えるんです」
「いいね! 私も協力させてよ」
「はい、遠慮なくお力お借りします」
二人は握手を交わす。
魔力で体が震え、クレープはすぐに離してしまう。
「あーあ、早く本部建て直しちゃって、“あの子”に会いに行きたいけど……まだまだ時間はかかりそうねぇ」
「むしろこっちに来て欲しいくらいです、今まさに欲しい人材ですから。距離感がおかしいのが難点ですが、行動力と決断力は抜きん出ていましたしリーダーの素質もありましたし」
「ふーん、それってクレープちゃんが個人的に会いたいだけじゃないの?」
「そ、そんなこと……ありますけど……」
「ふふ、素直な子は好きよー」
「ああもう! 抱きつかないでください! 死んでしまいます!」
瓦礫の山の傍には、かつて教会に飾られていた絵画が復興の象徴として立てかけられていた。
女神エウロギア。教会の悪事が暴かれ、真実が明らかになってなお、国民は彼女を崇拝し続けた。
絵画の中の女神は、柔らかな笑みを浮かべている。
アムール邸は今日も熱い愛に溢れていた。
「あの、シャルロット様……。この子はなんと……」
「ジャンブレッドに遊んで欲しいそうよ。すっかり仲良しなのね」
「絶賛喰われてるのですが、本当に言ってますかそんなこと……」
シャルロットが連れ帰ってきたドラゴンは学園地下にも戻せず王族でもどうにもできず、仕方がないのでアムール家敷地内で飼われることになった。
毎日メイドたちが長い柄のブラシで鱗を磨き、腕の立つジャンブレッドがドラゴンの遊び相手となっていた。
空飛ぶ姿は当初は驚かれたが、アムール領の名物として領民からも親しまれている。
「シャルロットちゃん〜! 見て見て、すっごく綺麗なドレス仕立ててもらったわ」
「まあ、すごいですお母様! どこかお出かけですか?」
「何言ってるの、これはあなたが着るのよ」
「え、私が!」
ドラゴンの世話に汗を流すメイドを何人か連れ、シャルロットのお着替えが始まった。
見る見る変わりゆくその姿に誰もが息を呑んだ。
「シャルロット様……! お美しいです……」
「そ、そうかしら……。えへ……」
「流石よ、シャルロットちゃん。これでばっちりね」
「えっと、この衣装は何用でしょう?」
「決まっているでしょう、愛を伝える時用よ!」
「愛……!」
シャルロットはすぐにピンと来た。
学園祭で踊ったあの時を思い出す。この胸に燃える熱き想いをぶつけるのだ……!
「私も全力で応援するわ! “あの子”が義理の娘になったら、もうかわいい娘二人で最高だもの!」
「はい、お母様! 私、絶対結ばれてみせます!」
赤いドレスがシャルロットの心と同化し、闘志を燃やした。
ノワール家では、オスティとスフレが優雅な時を過ごしていた。
そこにメイドが走ってくる。
「旦那様! お手紙お送りしました!」
「ああ、ありがとう。それと廊下は走らないように」
「はい! わっかりましたー!」
そう言いながらマドレーヌはドタドタと廊下を駆け抜けていった。
頭を痛そうにするオスティに、スフレは微笑みかける。
「ほら、これくらい賑やかな方が楽しいでしょ」
「とは言ってもなあ……」
「娘たちがいた頃を思い出すわ。あの頃は屋敷の各地で爆発やら何やら起きて、いつもハラハラさせられて……ああ、今でも胃が痛くなる……」
「まったくだ。だが、あの騒ぎが遠くに行ってしまったとなると、それはそれで寂しいものだな」
「ええ、本当に……」
二人は、病弱な娘のことを思い浮かべた。
「家を出てから知らない間に平民になって、学園に入学して、生徒会長になって、教会と戦って……、それで帰ってきたと思ったらすぐどこかに行ってしまって……。まったく落ち着かない子だ」
「ずっとベッドの上で退屈な思いをしてきたからか、動けるようになってからは反動で好き放題になっちゃったわね」
「まあ、あの子が元気ならそれが一番だ」
「そうね。またあの笑顔が見たいわ。今頃どこにいるのかしら」
「それがわかったら苦労しないさ。さーて、今度はいつ帰ってきてくるのやら。ガストリエ……」
「……と、あなたを心配するお手紙ばかりですね、お嬢様」
「もう、みんな心配性だなあ。ちょっと前に元気だって伝えたのに」
果てなき道を進む馬車に揺られ、わたしは届いた手紙を読んでいった。
すらすらとこの世界の文字を読めていることに驚きすらしなかった。この世界のすべてが、わたしの常識の内側に収まろうとしている。
ダリオルは心配の手紙だと言ったが、中には恨みつらみを綴ったものや、とても情熱的なプロポーズまで揃い踏みだ。
やれやれ、ガストリエちゃんの顔を鏡で見たあの日から思っていたけど、やっぱりかわいいは罪だな。困ったものだぜ。
「まったく、みんなわかってないなあ。わたしの将来も、結婚相手も、とっくに決まってるから」
「おや、誰かお伺いしても?」
「勿論、推し!」
「……はあ。やれやれ、あなたはどこまで行っても変わりませんね」
「あ、それかダリオルと結婚しようかな〜」
わたしが冗談めかして言うと、ダリオルは初めて見せる表情をしていた。
え、何その反応。ちょっとドキッとしちゃった。こういう時カメラがないのが不便だよなー。
「ダリオルってそんな顔するんだ! 貴重な瞬間見れちゃった〜」
「……忘れてください、今すぐに」
「やだやだ。心のアルバムにしまっておく、一生覚えておくから!」
「まったくこの人は……」
馬車は走る、わたしとわたしの執事を載せて。
わたしは教会の一件後、学園を辞め、ノワール家に帰って両親と再会し、そして旅に出た。
もっといろんな世界を知りたい。せっかく異世界に来たんだし楽しまなきゃもったいない! それに、もう教会に追われることもないんだ。
二人で行こう。行ける限り、どこまでも……!
「ねえダリオル。次はどこ行こうか」
「そうですね。国内は周りましたし、国外に出てみるのはいかがでしょう」
「お、いいね! どんな国があるんだろう……?」
「どんな国でも、あなたなら満喫してしまうのでしょうね」
「それが特技だからね! よーし、じゃあ早速出発だー!」
「御意、ガストリエ様。私はどこまでも、あなた様について参ります」
わたしの指差す方へ、ダリオルは馬を操る。
馬車は東へと向かって走り出した。
ご愛読いただきありがとうございました!




