59 教会のケンジャ
長い長い階段を上りながら、わたしは自分で自分を褒め讃えた。
たまーにだけど、わたしって天才なんじゃないかと思えてならない時がある。それが今だ。
「これから君はケンジャの一員となる。記憶がなくなって不安だろうが、私のために尽くしてくれるな? ガストリエ」
「……はい、ウーヴリ様」
状況はうまく飲み込めていないが、わたしは天才的な咄嗟の機転を効かせ、この教皇様に忠実な下僕として振る舞うことにした。
ゴーフルちゃん……じゃなかった、ウーヴリいわく、なぜかわたしの記憶は消えたことになっているらしい。
さっきウーヴリがわたしに放った眩い光線は、おそらく記憶を消去し洗脳するような魔法だったのだろう。
だが、特に効果がない。なんでだ。え、怖。
階段を上がりながら思い当たる理由を色々と考えてみたが、そういえば私の懐にしまっておいた手鏡、あれがいい感じに光を反射したのではないか。
まさかここに来て、お父様からもらった宝石ぎらぎらの趣味の悪い手鏡が輝くことになるとは。文字通り普段から輝いてるけど。
スキルの代わりにもらったプレゼントが窮地を救うなんて。ありがとうお父様……! もし家に帰れたらお礼言わなくちゃ。
こうして、わたしは記憶を失うことなく教皇につき従って教会内部へと潜入を果たしたわけだ。
しかし問題はまだ山積みだ。ここは教会の本部らしい、つまり敵陣ど真ん中! 目の前にはラスボスの教皇様!
幸いにも、ウーヴリがわたしを洗脳し支配していることになっているので、これ以上何かされることはないと思う。
わたしの記憶が残っているのがバレないよう、慎重に振る舞わねば!
「ガストリエ。紹介しよう、彼らが教会のケンジャだ」
想像以上に長い階段を登りきり、息も切れ切れなわたしをケンジャたちが迎えてくれた。
ウーヴリの示す先に、四人の老齢のお爺ちゃんたちが並んでいる。
おじじみたいな愛らしさを醸しつつ、老獪そうな深いしわが顔に刻まれた彼らをじっくり観察する。
ケンジャ、か。この世界では名前だけは何度か聞き、わたしと何かと因縁のある存在、ケンジャ。
そもそもが天授の儀で女神から授かったスキルを渡す役割の人なんだよね。わたしは受けたことないけど。
そんなケンジャさんたちがダリオルにガストリエを殺すよう命じたわけだ。詳しくは知らないが、スキルクラフトを持つわたしを危険視しているらしい。
この人たちがそうなのか……。
「オポムだ」
「タタンです」
「パートシュクレ」
「オフレーズなり」
四人はみな嗄れた声で、どれも同じに聞こえた。
んー、覚える必要があるかは不明だが一応覚えておくか。名前間違えたら失礼だしね。
「こちらがガストリエ。新たなケンジャだ」
「……ガストリエです。よろしくお願いいたします」
わたしは記憶なさそう感をうまく演出しながら恭しく自己紹介する。
なんか勝手にケンジャになることに決められてるけど、何故わたしが……。いや、殺さないでくれるのはありがたいけどね。
丁寧なお辞儀をするわたしの元にケンジャの一人が近づき、わたしの顔をまじまじと見てきた。
やばい、誰だっけこの人。名前出てこない……!
「ウーヴリよ、何故こやつをケンジャにする。我々にとって邪魔な存在であるはずだ」
「そう言うな。ケンジャは数百年代替わりしていない。君たちの考えるスキルも時代錯誤ので腐りかけのネーミングだろ? 新しい風を入れたいと考えていたんだ」
数百年このメンバーってこと……? え、皆さんおいくつ!?
宗教学で習いはしたけど、そんな昔からスキルとか天授とかってあるんだなぁ……。もしかしてこの人たちが初期メン?
推定数百歳の老人集団の中でやっていけるかな……。ジェネレーションギャップすごそう。
「ガストリエ、と言ったか」
「はい、なんでしょう」
「貴様はどのようにして“ケンジャの力”を手にした」
「……それは」
ケンジャの力っていうのは、スキルクラフトのことでいいんだよね?
正直に答えていいものやら。記憶がない設定なんだから、答えられない方がいいのか?
いや、でも記憶消去されても自分の名前とかは残ってるみたいなんだよね。じゃあ大事なことは記憶にある方が自然かな……。
「……この力は、ケンジャから授かりました」
「何……?」
「貴様、嘘をつくな!」
「我々が小娘ごときに力を与えただと!? ふざけるでない!」
返答ミスったか!? なんかめちゃくちゃ怒ってる!
やばいやばい、なんとか取り繕わなくちゃ……。
「し、白髭を蓄えた老人が、自身をケンジャと名乗り、私に力を与えたのです……はい」
「誰だ、そやつは」
「……もしや、始まりの刻のあの小僧か!」
「クラフティ……! やはり“命名権者”の力を残しておったか、迂闊だった……!」
「……だが、その力も今や我々のもの。やつの復讐は失敗し、そして新たな権者が増えた。忌まわしき禍根はもうない」
な、なんだかよくわからないけど、助かった……。
命名権者、ねえ。名前をつける者……それはまさに、スキルクラフトのことだ。
おじじも、そして今目の前にいるこの権者たちもみな、スキルクラフトを持っているということか。
教会がスキルクラフトを独占した……? そういえば、そんな夢を見たような気が……。
まあとりあえず、このままやり過ごしていれば、いずれ脱出の機会は来るはず。
そうしたら、ここで聞いた教会の内情をすべて暴露して反教会派の仲間を募ろう。
信頼できる仲間が集まったらみんなで教会の悪事を暴いて、スキルクラフトの存在を明らかにする。それがわたしが自由になるための唯一の手段だ。
あ、なんなら全国民にこの能力をあげちゃおうか。夢の中だとスキルクラフトのお裾分けもできてたはずだし。
教会にはたっぷり反省してもらわなくちゃ。実際やることやってるんだからね、この人たち。
自分たちの都合で歴史すら捻じ曲げてきたんだ、おかげでわたしのテスト勉強がどれだけ大変なものになったのか考えてほしい。
「……信用なりません」
ずっと黙っていた権者の一人が、突然口を開いた。
「どうした、タタン」
「この者、どうにも信用ならないのです。自白魔法でその皮を剥ぎ、本性を露わにしてみせましょう」
「えっ」
「それはいい。魔法ですべて吐かせることが人間関係において最も信頼できる行為だ」
薄々感じてはいたが、やはり齢数百年のおじじたちは新参者に疑いの目を向けていた。
まあ数百年このメンツでやってきたのに、急に新メンバーが増えたりしたら身構えるよね。しかもそれがかわい子ちゃんと来た、サークルクラッシュ待ったなし。
訝しむおじじ軍団。まずい、このままだと記憶が残ってることがバレる……!
今度は鏡を回収された上で上書きビームされるだろう。そしたらわたしも完全に洗脳されてしまう。それだけはヤダ……!
「──! な、なんだ!?」
激しい爆発音とともに足元が揺れた。
なんだろう、何かはわからないけれど、ものすごく安心できる気配がする……!
「教会内に魔力の数が増えている……。4、5、……いや、6!」
「ほう、侵入者ですか」
「いかがなさいますか、ウーヴリ殿」
「決まっている。教会に楯突く者は排除しろ」
「はっ」
ウーヴリの指示を受けると、権者の皆さんは一瞬にして姿を消した。魔法でどこかに移動したみたいだ。
わたしとウーヴリが残ったこの場所が最上階なのだろう。階段めっちゃ昇ったからね。
そして、わたしを助けにきてくれたみんなは、下から上に向かってきているのだ。
誰が来てくれたのかはわからないけど、みんな、わたしのこと心配してくれてたのかな。誘拐されても救出に来てくれる仲間がいるんだ……うれしい、ありがとう……!
「ガストリエを取り返しにきたのだろう。ああ懐かしい、女神が生まれる前のことを思い出すな」
「……わたしを、取り返しに」
「気にするな。……ふふ、クラフティの残滓であるガストリエを、今度は大勢で救いに来るとは。だが何人来ようが無駄なこと……ふふふ」
薄気味悪い笑みを浮かべるウーヴリの横で、わたしはバレないように手を握り、こっそり祈った。
どうかみんな、無事でいてくれますように……。




