57 ゴーフル・ボーテは夢を見ない
その日、目安箱にこんな投書が入っていた。
『私は夢を見たことがありません。生徒会長さん、私に夢を見させていただけませんか?』
夢……、夢かあ。
寝る時に見る夢か、はたまた将来の夢か。どちらにせよ少年少女にとって深刻で大切な悩みだ。
わたしは依頼者と直接話すことにした。というか対面で話を聞かないことには解決のしようがなかった。
放課後の教室、「彼女」は赤の髪をたなびかせ、わたしの正面に凛と座った。
ゴーフル・ボーテ。夏休み明けから学園に来た転入生。
生徒会長選挙の時に全生徒の情報はあらかた頭に入れたが、ゴーフルちゃんはその時いなかったためリストから漏れている。
せっかくの機会だ、依頼解決を手伝いながら、彼女のことをよく知っていこう。
居住まいを正したゴーフルちゃんは、単刀直入に申した。
「私、眠ると意識がなくなるんです。で、気づけば夢も見ないまま朝になっていて……どうすれば夢を見られると思いますか?」
夢ってそっちね、了解!
未来に希望を抱けるようポジティブシンキングを授ける用意はあったが、今回は必要なさそうだ。
「夢ねえ。たぶんだけど、見たくて見られる人ってそういないと思うよ」
「ではみんな、どうやって夢を見ているんですか?」
「……無意識、かな?」
「無意識! そんなの、どうすればいいの……」
ゴーフルちゃんは頭を抱えてしまった。
でも実際、夢ってそういうものだからねえ。レムだかノンレムだかの時に頭の中で勝手に見るものだ。
それに、たとえ夢を見ていても起きた時には忘れてしまうことが多い。
ゴーフルちゃんも夢自体は見てるんじゃないかなー。見ていたことすら忘れてしまっただけで。
「わたしはたまーに、起きてもはっきり覚えてるような夢を見るんだ。黒髪ロングの少女がわたしの頭を撫でてくれる、そんな夢」
「素敵ですね。それは誰かお知り合いなんですか?」
「うーん、どうだろ。よく知ってる気がするけど、何も知らないような……」
そう言いながら、わたしの脳裡にガストリエの姉、コンフィズリの影がよぎった。
黒髪ロングだし、わたしのよく知った顔だ。夢に見てもおかしくはない。
あの夢の少女はお姉ちゃんだったのかな?
「あ、ごめん。今はゴーフルちゃんの話だったよね。ちょっとあなたのこといろいろ訊かせてもらってもいいかな」
「はい、わかりました。なんでもお話します」
彼女は語った。ゴーフル・ボーテがどのような人物なのか。
驚いたことに、彼女には魔力がないそうだ。
貴族枠の入学って魔力試験とかあるんじゃなかったっけ。どうやって学園したんだ、この子……。
そして話を聞いていくうちに判明したことがある。
「夜になるといつもどこかから声が聞こえて、眠れないことが多いんです」
「声? その時、地響きとかしなかった?」
「いいえ? 声がするんです、ずっと。誰かの声が……」
どうにもゴーフルちゃんは、睡眠に問題を抱えているらしい。
なんか、お医者さんみたいなことしてるなーと思いつつ、わたしはどうすればゴーフルちゃんが夢を見られるほど深い眠りにつけるかを考えた。
「耳を塞ぐのはどうかな。声が聞こえなくなったら眠りを妨げる要因は排除できるでしょ」
「試したことは何度も。ですが効果はありませんでした。その、頭の中に直接声が響くと言いますか……」
「そうきたか……。じゃあ脳内ボイスが聞こえないくらいに爆音をかき鳴らしてみたらどうかな」
「さらにうるさくなりますよ、それ! もし私が魔法を使えたなら、こんな悩みもすぐに解決したかもしれないのに……」
ゴーフルちゃんはさらに頭を抱えた。
眠れないのってつらいよね、そりゃ夢も見れないわけだ。なんとかしてあげたい。
わたしには一つ、彼女の悩みを解決する策が浮かんでいた。
そう、スキルクラフトだ。なんかこう、いい感じにスキルを作れたら毎日熟睡できるようになるんじゃないかな。
ただそれには懸念がある。
果たしてそんな都合のいいスキルを生み出せるのか。もし可能だとして、彼女を信頼していいのか。
わたしには仲間が必要だが、誰でもいいわけではない。スキルを与えるのは信頼できる人だけだ。
……でもカヌレにもあげちゃってるんだよなー。あのカヌレごときに。
なんだっけ、あのふざけた名前のスキル。まあなんでもいいか。
ゴーフルちゃんを助けてあげたい気持ちはある。だけどその前に、彼女が信頼できる人間かを確かめねば!
「ゴーフルちゃんは伯爵令嬢なんだよね。どうだった、お家での生活は」
「……私には魔力がない、という話はしましたよね。そのせいで、家で私と関わろうとする人間はいませんでした。親も兄弟も皆、役立たずの私を蔑み、虐げました」
「そんな……! 魔力がないだけでそこまでしなくても! スキルは何か授かった?」
「スキル……? いえ、家から出してもらえなかったので儀式は受けられず、スキルも授かれませんでした」
「ひどい……。家族ならもっと優しくしてあげたらいいのに」
「……あなたは、とても愛されて育ったんですね」
「そう、だね。わたしはすごく周りの人からたくさんの愛をもらったと思うよ。だからこそ、ゴーフルちゃんをいじめた人たちを許せない!」
わたしは信じることにした。
彼女の言葉は心の底から出てきた嘘偽りないものだ。
ゴーフルちゃんになら、わたしの能力を知られても構わない。
スキルをあげよう。わたしはゴーフルちゃんの力になりたい!
「スキルクラフト、ですか……」
「うん。この能力を使えば、ゴーフルちゃんにスキルをあげられる。それで夜ぐっすり眠れるスキルにすれば万事解決、だよね」
「信じられない……! どうやるんですか?」
「スキル名を決めるだけでいいの。ただスキルの内容はちゃんと設定する必要があるけどね。スキルは『できることができる』んだ」
それからわたしは、新たなスキルを生み出した。
【睡眠導入】──。自分に触れながら唱えると眠りにつける眠るためのスキルだ。
もはや自己暗示みたいなものだが、ゴーフルちゃんには必要なスキルだ。
わたしがスキルを与えると、ゴーフルちゃんは憑き物が落ちたように笑顔を浮かばせた。
「ありがとう。ガストリエ・ノワール」
そう言ってゴーフルちゃんはわたしに抱きついた。
……え?
なんで、ガストリエちゃんの名前を……。
「……【睡眠導入】」
ゴーフルちゃんがスキルを発動すると、わたしの意識は泥濘に沈んでいく。
なんで……わたし、に……。
虚ろな瞳が、一瞬にして現れたわたしの執事の姿を捉えた。
「──ようやく尻尾を見せましたね、ゴーフル・ボーテ」
ダリオルはゴーフルちゃんの髪を掴んで頭を持ち上げ、首にナイフを突き立てていた。
「初めてあなたを見た時から異常は感じていました。あなたには、色がなかったですから」
「な、なんの話……?」
「おかしいと思い、あなたについて調べさせていただきました。すると、おかしなことが判明したんです」
ダリオルはナイフを引いた。
ゴーフルちゃんの首が引き裂かれる。
「ボーテ家に『ゴーフル・ボーテ』という令嬢は存在しませんでした。誰かは知りませんが、お嬢様に手を出したなら死んでもらいます」
抱きついていたゴーフルちゃんの力が弱まる。
首から血を噴き出し、ゆっくりと崩れ落ち……。
…………あれ、おかしいな。
ゴーフルちゃんの首、血が一滴も出てない……?
「人間じゃない……!? いや、ゾンビか!」
「そうか、そうだったんだ……! あの声の意味は……!」
ゴーフルちゃんは首の皮一枚繋がったまま、弱々しい力でわたしの頬を撫でた。
ぼんやりとしか見えなかったが、彼女は死の間際に、信じられないほどに目を爛々と輝かせていた。
「私は、このために……生かされてきたんだ…………」
遠くで誰かが魔法を唱えた。
「転移魔法」、と。
目に映るすべてが白く包まれた。
「お嬢様──!!」
その日、わたしは学園から消えた。
薄れゆく意識の中、最後に見たのは知らない記憶……。
誰かが見た、遠い夢の話──。




