55 黄昏の才女
学園祭が終わると、教室にふわふわ漂っている浮ついた空気が一気に引き締められる。
テストが、すぐそこまで迫っていた……!
さて、焦ったわたしが生徒会で勉強しようと役員たちに集合をかけたところ、五人中二人しか来なかった。
シャルロットちゃんは成績がやばいらしく授業が終わると寮に軟禁され、侍女のジャンブレッドから勉強を教わっている。
シューは他役員とクラスが違いテスト内容が異なるため、一人で勉強するとのこと。
フェーヴちゃんは不明だ。たぶん王子と仲良くやっているだろう。
そして、図書室前に集まったわたしとクレープちゃんは顔を見合わせた。
「……わたしたちだけみたいだね。どうする?」
「私は構いませんが……。どちらにせよ、ここで勉強していくつもりでしたし」
そう言って一人図書室に入っていくクレープちゃん。
選挙を経て最近ちょっと仲良くなれた気でいたけど、まだちょっと距離あるよなー。
生徒会で話すことはあれど、二人きりになることはなかったし。わたし、どう思われてるんだろう。
クレープちゃんの正面の席に着く。教科書のページを捲るたび、彼女の姿が視界に入る。
黙々とペンを走らせるクレープちゃんにわたしは目を奪われた。
「……あの、何か」
「いやー、なんか集中できないなーって。正面向かい合ってるのがよくないのかな」
「はあ、そうですか」
「隣座っていい?」
「何故ですか、意味がわかりません」
「顔を上げるとクレープちゃんのかわいい顔が目に映っちゃうからさ、横なら見えないでしょ」
「……一理ありますね」
わたしはクレープちゃんの隣にスライドし、勉強を再開した。
なんだか側面に視線を感じるので顔を上げ、横を見る。
すると、すぐ隣のクレープちゃんがわたしをまじまじと見つめていた。
「な、何故こちらを見るんですか! 正面じゃなければ視界に入らないはずです!」
「いやいや、見られてる気がしたから見ただけだよ」
「私は見ていません。あなたが見たから見ただけです」
「えー? そうかなー」
見た見た水掛け論はキリがないので、ここらで打ち止め。
わたしたちはまた意識を教科書に戻した。
この世界の学問、前世と似たような分野なら蓄積した記憶を頼りに理解していけるのだが、この世界独自の文化に関しては認識を改めるところから始まるため中々取っ付きづらい。
魔法はまあいい。問題は宗教学だ。
中途半端に前世の知識があるせいで、知らない世界の知らない教えが頭に入ってこない。
えー、とりあえず神は一人なのね。あといろいろ言ったのね。
「んー、わかんないよー」
「静かにしてください、ここは図書室ですよ」
「ねえクレープちゃんー。どうしてエウロギアさんは村を出たんだろう」
「祝福の女神のことですか?」
「そう、それ」
「女神エウロギアは、迷える人々に祝福としてスキルをお与えになりました。その慈愛の心は小さな村に収まるようなものではなかったのでしょう」
「そういうものかなー」
教科書には、エウロギアさんが与え給うたものが如何に後世に受け継がれ人々の生活の支えになっているかが長々と書かれている。
でもなー、なんか納得いかないんだよなー。
元は人間なのに、人間っぽくないというか……神だから当たり前だけど。
人間時代から神になる結果を逆算して生きているような、どこか結果ありきで意図的に脚色された感があって不自然だった。
まあこういうのは後の世代ほど解釈が増えて最強アルティメット神になっていくものだから、割り切るしかないかー。
100年後の女神像は筋骨隆々で髪が逆立ってるのかもしれない。
「祝福……スキル……。ねえ、クレープちゃんのスキルってどんなの?」
「突然なんですか。勉強に集中してください」
「おーしーえーてー」
「まったく……。私のはよくある魔法強化系ですよ、大抵の貴族はこれです、魔力の強さは貴族の誉れですから」
「へー、普通だねぇ」
「なんですか、そういうあなたは大層なスキルを授かったんですか?」
「わたしは【スキスキップ】! いいでしょ?」
「聞いたことありません、外れスキルですね。本当に天授の儀で授かったものですか、それ?」
鋭い……! 教会産のスキルかどうかってわかるものなんだ。
わたしは悩んだ。たぶん、打ち明けるなら今だ。
スキルクラフトの件はシューとシャルロットには伝えてあるし、フェーヴちゃんは教会伝手なのかとうの昔に知られている。
生徒会でこの能力を伝えてないのは、クレープちゃんだけ。
今後も一緒に生徒会をやっていく上でわたしの目的を知っておいてほしい。
けどわたしが打ち明けたら、きっとクレープちゃんはわたしを責めるだろう。それは女神のものだ、と。
「……わたし、天授の儀は受けてないんだ」
「はあ、そうですか。……ん? では何故スキルを……」
「わたしには、エウロギアさんと同じ力がある。スキルクラフトって言うんだけど、この力でわたしは自分のスキルを作ったの」
「……なんの冗談ですか、笑えませんよ」
「実はわたし、教会から追われてるんだ。スキルクラフトを女神様以外が持ってるのはよくないんだろうね。力のことは信頼できる人にだけ話してる、シューにもシャルロットにも。それで今、クレープちゃんにも話した」
「……つまり、私を信用する……ということですか」
「そういうこと。わたしはいずれ、教会と真っ向から戦うことになると思う。その時わたしと一緒に、クレープちゃんにも戦ってほしい」
最初は真に受けていない様子だったが、わたしの神妙な面持ちを受けてクレープちゃんは信じてくれた。嘘みたいな本当の話を。
沈思黙考。顎に手を当て俯きながらわたしが打ち明けた話を咀嚼し、真剣に考えてくれている。
悩み通した末、クレープちゃんはゆっくりとこちらを向いた。
「……もし、あなたが教会と戦う気なら……、その前に、私はあなたを密告します」
「クレープちゃんって普通だよね。普通さが染みる……」
「な、なんですか!? 何がおかしいんですか!」
「いや、あまりにも予想通りの反応だからさ……。ごめんごめん」
「……さっきの話、本当なんですよね」
「うん、本当。クレープちゃんにも協力してほしいのも本当だよ」
「もしそんなことになれば私はあなたの敵になりますよ」
「今はね。教会との決戦はいつになるかはわからないけど、その時までにはクレープちゃんの信頼を勝ち取ってみせるから、楽しみにしててね!」
「……なんですか、それ」
そこで会話が途絶えると、自然と二人とも喋らなくなった。
ペンを走らせる音だけが黄昏の図書室に響く。
どれくらい経ったかな、わたしは隣にクレープちゃんがいるのも忘れて勉強に集中していた。
もうそろそろ下校時間かな。顔を上げ、横を見る。
すると、クレープちゃんも、わたしを見ていた。
目と目が合う。
夕陽が差して、クレープちゃんの顔がほんのり赤く染まったように見えた。
「……髪飾り、今も付けてくれているんですね」
「うん! クレープちゃんから貰えてうれしかったし、何より可愛かったから……って、前もこんなやり取りしたっけ」
「ええ、そうですね」
「今度わたしも何かプレゼント用意するよ。何が似合うかなー、クレープちゃんかわいいしなんでも似合うかなー」
「……あなたのそういうところ、嫌いです。もっと自分の言葉に責任を持ってください」
クレープちゃんの顔が近づく。
まじまじと顔を見られる。
まあガストリエちゃんの顔は最強だからね、見惚れるのも無理はないよね。
しかしクレープちゃんは深く覗き込んでくる。わたしはガストリエの、さらに奥を見られているような感覚に陥る。
「シャルロット様があなたと懇意にしているのが不思議だったので、私なりに理由を考えたんです。それで理解しました。あの人は愛の方だ、どういうわけか、パティスリエに惹かれるところがあったのでしょう」
「えっと……、クレープちゃん? どんどん近くなってるんだけど……」
「私も、愛の名を持ちます。あなたを知れば、私の心に渦巻く難問も解けるような気がしたのですが……。パティスリエ、愛とはなんだと思いますか」
「愛は……そうだな、何かを好きになるってことじゃないかな」
「好きとはなんですか」
「……愛、なんじゃないかな」
「ふふ、堂々巡りですよ」
身を引こうとするわたしに、それでもクレープちゃんは迫ってきた。
息がお互いの肌をふわりと撫でる。呼吸が荒くなってきて、恥ずかしいからわたしは息を抑えようと平静を努める。
クレープちゃんは、わたしの目をじっと見つめた。
「パティスリエを見ていると、私の中の知らない感情が呼び起こされます。唇はぷっくりと柔らかそうで、指で撫で、押して、その感触を確かめたくなります。耳もいい、噛んでみたくなるような弾力があって、薄っすら透ける赤い血管があなたの生命の拍動を感じさせます。それから、目です。あなたの目はずっと見ていられるほど神秘で満ちている。その美しく透き通った瞳の中に私が映るだけで、あなたのすべてを支配したような征服感が溢れ出すんです。心はここからでは見えませんが、あなたの心が私でいっぱいになってほしいと願ってしまいます。ねえ、パティスリエ。……これを、愛と呼ぶのでしょうか」
「ふがっ……!」
クレープちゃんは夕陽で赤く染まっていた。
でも、わたしは……身体が燃え上がるくらい熱くなって、比喩とかじゃなくほんとに顔から火が出ていた。
クレープちゃんの瞳に反射したわたしの顔は信じられないほど真っ赤に紅潮し、恥ずかしさのあまり涙目になっている。
いつものわたしなら冗談言って笑い飛ばせたはずなのに、今はそんな余裕もなかった。
褒め殺し……! 純粋なクレープちゃんの言葉の火力がわたしを焼き尽くす……!
わたしは前世の記憶を取り戻してから、自分は“ガストリエ”なのか“わたし”なのか、アイデンティティについて考えることがあった。
結論としては、身体はガストリエちゃん、心はわたしということで決着がついた。
わたしが操縦士とすれば、ガストリエちゃんはロボットだ。わたしはガストリエに乗り込みロボットを操っているに過ぎない。
だからガストリエちゃんが褒められるのはうれしいし、心の中で腕組みしてうんうん頷いていてきた。
でも、これは違う……!
クレープちゃんはガストリエちゃんの目を覗き……まるで“わたし”に呼びかけるみたいに甘い言葉を投げかけてくる。
評価されているのはガストリエちゃんだけど、ガストリエちゃんじゃなくわたしが褒められている気分になってしまう。
これからクレープちゃんを褒める時は気をつけよう。手痛いしっぺ返しを喰らうから……。
やばい、熱で頭がくらくらしてきた……。
これが……、愛…………。
「パティスリエ……? ちょっと、しっかりしてください、パティスリエ!」
ああ……意識が遠のいていく感覚だ……。
久々の気絶だな……。
今回は魔力切れなのかな……? それとも……。
「誰か……! あ、ダリオル先生、いいところに! パティスリエが──……」
倒れたわたしはダリオルに介抱され、自室に送還された。
登校できるようになったのは翌々日。復帰早々、非情にもテストがやってくる。
丸一日勉強に費やす時間が潰れて不安だったが、始まってしまえば驚くほどにすらすらと解くことができた。
……あの黄昏の勉強会のおかげ、かな。




