54 Gâteau à la crème
俺の本名、シュー・アラクレームの「アラクレーム」の部分。
この家名を持つ貴族に近づくため、俺は学園に入学し、貴族たちの中で暮らしてきた。
「こんにちはー! どうぞ学園祭、楽しんでいってくださいー!」
不夜城で生徒会長と決闘したり、パティスリエの会長選挙を手伝ったり、今では生徒会の一員になって学園祭の運営にまで携わってる。
そして、貴族の親たちが集まるこの学園祭に、やつがいた。
ほんの一瞬、一目見ただけでわかった。あいつは……。
「アラクレーム、伯爵……!」
俺の父親で、俺の母さんを捨てた男。
俺の、抹殺対象……!
学園祭に出店した出張パティスリー。
店の休憩時間、外に出るとパティスリエの声が聞こえ、思わず姿を探してたら、溢れ返る人混みの中にやつを見つけた。
見間違えじゃないのか? 何度もそう自問した。
俺は親父の顔も名前も、どんな人間かもまるで知らない。
それなのにどうしてあいつがそうだとわかるんだ?
……直感でわかった。理由なんてそれだけでいい。
俺と親父は、最悪なことに血で繋がってしまってるから。
まだあいつはいるだろうか。
今こうしてる間にも、帰ってしまうのでは。
俺は、どうするべきだ? どうしたいんだ……?
俺にはパティスリエから頼まれた仕事がある。このパティスリーで菓子を作り、客をもてなすこと。
それを放棄してまで、自分の目標のために動いていいのか?
「……じいちゃん。後、任せていいかな」
出張パティスリーを手伝ってくれてたじいちゃん。一応学園祭に来てくれた客なのに、一肌脱いで孫のために働いてくれてる。
俺は風に当たりたくて、その間じいちゃんに店を見ててもらおうと思い、そう言った。
だがじいちゃんは俺の言葉にそれ以上の意味を感じ取ったらしい。
きっと休憩明けてからの俺の態度はとても普通には見えなかったんだろうな。
「シューが学園入学を目指した、本当の理由はまだ訊いてなかったな」
「……それは」
「言わなくていい。もし聞いたら、俺はシューの夢を応援できなくなる。……どうか無茶はするなよ」
じいちゃんがどこまで知ってるのか、俺にはわからなかった。
それでもじいちゃんは信じて送り出してくれた。
俺はキッチンから盗んだ果物ナイフを懐に隠し、店を出る。
大勢の客で賑わう学園祭。そのどこかにいるであろう親父を探しに。
確か、この辺だったような……。流石に移動してるか。
俺は学園内を回る。幸いにも、生徒会の仕事で学園の地図とどこになんの店があるのかは大体把握できていた。
貴族ってのは面子があって、他の貴族と仲良しこよしに馴れ合う生き物なんだろ?
だったらあまり遠くには行かず、人の多いところにいるはずだ。
人が多いから探すのは容易ではないが、探す場所が絞れてるだけで十分だ。
校舎の方から、ダリオル先生の圧を感じる。
あの人、パティスリエの執事なんだよな。お嬢様の安全を監視してるってところか。
……いや、やけに肌がヒリヒリするな。俺を見てる?
どうして先生が俺を監視するんだ……。
一つ、思い当たる節があった。
入学前。俺がダリオル先生から勉強を教わることになった時、ついでにあらゆる武器を使った戦闘法を師事してもらった。
結局俺は剣だけを極めることにしたのだが、その時に先生に訊いたことがある。
「もし、俺がこの技術を父親殺しに使ったら……先生は俺をどうしますか」
「当然、破門だ」
「パティスリエを守るための術って言ってましたもんね。私利私欲のために使ったら先生も怒って当然か」
「何を勘違いしているのやら。私は怒りはしませんよ。教えに背いた、だから破門にする。とはいえシューの夢だか目標だかを否定するつもりは毛頭ない」
「でも先生、俺が父を殺そうとしてるって聞いて、すごい反発してたじゃないですか」
「それはパティスリエの安全に関わるからです。親を殺したいなら、まずはパティスリエとは完全に縁を切ってもらう」
先生はそう言ってた。
だから俺を見張ってるのか。今殺したら自ずとパティスリエにも影響しちまうから。
俺はパティスリエを切れなかった。だから、親父も殺せない。
……だけど、俺は試したかった。
もし、目の前に母さんを見殺しにした憎き親父が現れた時、俺はナイフを握るのかどうか。
俺をこの学園まで連れてきた胸に巣食う殺意は本物なのか、知りたかった。
「いてっ」
「おい、大丈夫か。あんまり走るなよ」
親父を探してる途中、俺より一回り小さい子どもとぶつかった。
一目で貴族とわかる装いだ。
手を掴んで起こすと、貴族の子どもは俺の顔をまじまじと見て、微笑む。
「ありがとう! ……あ、違った、ありがとうございます! どうお礼すればいいのやら」
「礼はいい、気づかなかった俺も悪いし。……怪我してるな、じっとしてろよ」
俺は子どもの擦りむいた箇所に手を添え、【治癒】を施した。
怪我を治す間、俺はしゃがんでいたのでその子どもと目線の高さが合う。
ふと思った。もし俺の親父が母さんを捨ててなかったら……。
今頃俺も、この子どもみたいに高そうな服を身につけ、ご丁寧な言葉遣いで愛想笑いを浮かべ社交界を生きてるのかな。
「ほら、治った」
「わあ……! ありがとうございます! やさしい人ですね」
「大したことしてないだろ。これくらい、誰でもできる」
「今の、スキルですよね。スキル【治癒】を使える人はやさしい人だって教わりました」
この子どもは、俺が人を殺そうとしてるなんて思いもしてない様子だ。
そりゃそうか。人間なんて外見だけでわかるわけないよな。
貴族の子どもは最後に礼を言うと、また走ってどこかへ行った。
忠告したのに言うこと聞かねーやつだな、ったく。
その後、俺は辺りを見回しながら歩いていく。
親父は見つからない。
無意識に足が早く動き、気づくと祭りの中心地から外れていた。
こっちじゃない、早く戻らなきゃ……。
そう思い振り返ると、辺りをキョロキョロしながら歩いてくる一人の貴族がいた。
あれは、さっき見た親父……!
わかる、間違いない。こいつだ。
こいつが、母さんを……!
一歩、また一歩、俺は親父へと足を進める。
普通に歩いてるはずなのに、足取りが重く感じる。大した距離もないのに、なんて遠いんだ。
それでも着実に、男へ近づいていた。
足を止める。変な力が入り、立ち方が不自然な気がした。
俺は向かい合った。初めて会う父親と。
「あんた……アラクレーム伯爵だな?」
「ああ、その通りだが……」
遠くから親父の従者が駆け寄ってきた。
子ども相手だから警戒の必要もないが、念のため、といった感じか。
親父は片手で従者を下げさせた。従者は俺の方をチラリと見てからまた人混みの方に消えていった。
背の高い親父は、俺のことを見下してやがる。
こいつには問い詰めてやりたいことが山ほどあった。
俺はまた、一歩詰め寄る。
殺しはしないが、必要ならナイフも使ってやる。ここで、こいつの罪を洗いざらい吐かせて──。
「君は、シュー……なのか……?」
…………なんで、だ……。
なんで、わかったんだ……?
なんで俺の名前を知ってる? なんで初めて会った俺をシューだとわかる!?
なんで、なんで……。
「そうか、やっぱりシューか……! 大きくなったなあ。この学園はいつも、大切な人と出会わせてくれる!」
「……なんで、俺がシューだってわかった……」
「わかるさ、僕は君の父親だから。それに君は、いつかのグジェールそっくりだ」
俺が母さんに似てる……?
いや、似てるかどうかは今はどうでもいい。
こいつは……、母さんを捨てたくせに、なんで母さんのこと、覚えてんだよ……!
「……なんで、母さんを捨てたんだ。母さんが一人でどれだけ苦労してきたのかわかってんのか!?」
「すまない……。僕は貴族で、彼女は平民だったんだ」
「はあ!? そんな理由で……」
「僕がグジェールと結婚するには、アラクレームという名を捨てる必要があったんだ。……でも、それで構わないと思えた」
親父は、勝手に胸中を全て吐き出した。
「僕は平民になり、貧しくとも苦しくとも、彼女と一緒に店を開く覚悟があった。彼女の語る夢に賛同し、僕は彼女と一緒の夢を見るようになっていたんだ。しかし現実はそう上手くはいかなかった……。アラクレームの当主は僕が貴族の名を捨てることを許さず、それどころか、グジェールにまで危害を加えようとしていた……」
「……だから、母さんを捨てたのか?」
「店を経営しながら、子育てもして……大変だったろうなあ、グジェールにもシューにも、たくさん苦労をかけたと思っている。近くにいてやれなくて、本当にすまない。だけど、僕は……彼女の夢を応援したかったんだ」
「夢……」
「シューも聞いたかい? 彼女は目を輝かせて町にパティスリーを作るって言ってたよ。……しかし、町の店は貴族のほんの一言で簡単に潰せてしまう。僕がこれ以上彼女に関われば、彼女にも、店にも、そしてお腹の中のシューにも危険が及ぶかもしれなかった、だから、グジェールから離れる道しかなかったんだ……。僕が当主になった頃には、もうグジェールはいなかった。愛する人の死に目にも会えないなんて、父親失格だよな……。謝っても許されないのはわかっている、それでもシューには謝らせてくれ、本当に申し訳ない……!」
「…………なんだよ、それ……」
何を自分は悪くないみたいに気取ってんだ。ふざけるな!
どんな理由があろうと、お前が母さんにつらい想いさせたのは事実だろ!
母さんの気持ちも知らず……謝ったくらいで許されると思ってるのか!?
なんで良いやつぶってんだよ! なんで謝るんだよ! なんで母さんのこと覚えてんだよ!
…………なんで、なんで……。
なんで、嫌わせてくれないんだよぉ……!
……そういや、母さんは一度だって、親父を悪く言ったことなかったよな。
ずっと、別れた親父の家名を大事にして、俺にも渡してくれた。
わからなかった。なんで母さんは、自分を置いていったこの男を責めなかったのか。こいつから貰ったものを守ろうとしたのか。
そう、か……。
母さんは、父さんを愛してたんだ……。別れてからも、ずっと、ずっと……。
「俺はあんたを許さない」
「ああ」
「俺はあんたを憎み続ける」
「構わない」
「……一発殴っていいか」
「シューの好きにしなさい」
俺は、父さんの胸に拳を当てた。
軽く当てただけなのに、父さんは苦しそうに、今にも泣き出しそうなくらい顔を歪めてる。
ごめん、シュー……。ごめんな、グジェール……。
そんな聞くに耐えない悲痛な声だけが残った。
「お父様!」
駆け寄ってきたのはさっきの貴族の子どもだった。
父さんの脚に抱きつき、それからこっちを見る。
「あ、さっきのやさしい人!」
「…………ああ、もう会っていたのか。紹介する、ビスキュイだ。……ほら、自己紹介」
「ビスキュイ・アラクレームと申します。よろしくお願いします」
「この子が、アラクレーム家の次期当主となる」
ビスキュイは、俺の顔をまっすぐ見ながら口を開いた。
「あの、さっきはありがとうございます! お名前うかがってもよろしいでしょうか!」
「俺はシュー。…………お前の、お兄ちゃんだ」
「へ?」
不思議そうな顔で俺を見るビスキュイの頭を撫でる。
俺は顔を見せないよう俯き、でもしっかり届くような声で呟いた。
「向こうで、パティスリーの出張店を開いてる。母さんの夢は、俺が引き継いでる。……だから、その……時間があったら来てくれ」
「……ああ、行くよ。行かせてくれ、絶対に」
「しかし旦那様、この後予定が入っております。もうお時間が……」
「そんなものいつでも構わん! 今は、あの日見た夢の続きが見たいんだ」
俺が店に戻ると言うと、父さんたちは後ろからついてきた。
一度だけ振り返る。父さんとビスキュイは、はぐれないよう親子で手を繋いでいた。
「……名前、なんて言うんだ」
「ガトー。……ガトー・アラクレームだ」
店に戻った俺はキッチンに入る。
俺の顔を見たじいちゃんは、優しい顔を浮かべてた。
俺は懐から果物ナイフを取り出し、他の洗い物とともに並べておいた。
外部の客が捌け、陽が落ちる。
学園祭伝統の舞踏会が始まった。
今年は身分関係なしに、貴族だけでなく平民も入り混じって不夜城は混み合っていた。
俺もドレスコードを決め、不夜城に足を運ぶ。
「おい、パティスリエ! どうしたんだそのドレス……」
「あ、シュー! 見て見て、きれいでしょ?」
今夜パティスリエが着るドレスは予行練習の時に見てた。
でも、その白のドレスは赤い塗料を浴びたみたいに染まってやがった。
カヌレか、その派閥のやつの嫌がらせだな。
俺は犯人見つけて取っ捕まえてやるつもりだったが、何故かパティスリエは「逆によくない!?」と喜んでる。やっぱバカだ、こいつ。
「ダリオルもいろんな色がある方がガストリエ様らしいってよく言ってるし!」
「はあ……。まあパティスリエがいいなら俺は何も言わないけど」
そうこうしてると、どこからともなく音楽が流れ城を包んだ。
舞踏会が幕を開く、みな思い思いに踊り始めている。
俺は真っ先に壇上で司会を務めるパティスリエのもとに向かった。
「はっはっは! パティスリエ! 光栄に思え、私と踊れることを!」
「は? なんであなたなんかと」
「カヌレ様のお誘いを断るとはなんたる無礼! 恥を知れ!」
パティスリエの周りには元生徒会長と、その取り巻きたちがいた。
「貴様が私と結ばれれば、貴様は貴族となり、私の妻となる。そうすれば貴様に押し付けられたあれこれは貴族の妻からの贈り物となり、私のプライドは保たれるわけだ!」
「知らないですよ、剣好きなんだから剣と結婚すればどうですか。エクスカリバーとかおすすめですよ」
「貴様ぁ……!」
「騒がしいな、何をしている」
「あ、王子だ」
パティスリエの傍に、また違うやつが現れた。
「昼はフェーヴが世話になった。礼を言う」
「いえいえ。それよりフェーヴちゃん寂しがってましたよ、王子も忙しいんでしょうけどちゃんと構ってあげてくださいね」
「ああ、心得よう。ところでパティスリエ、私と一緒に踊ってくれないか」
「えっ! 王子と、ですか……。ええ……」
王子がパティスリエに手を差し出す。が、パティスリエは周囲の目を気にして対応に困ってる。
貴族の令嬢たちの中で王子を狙ってるやつらがパティスリエを睨む。
遠くでコンフィズリ先生も見ていた。あの人も王子狙いなのか……?
「パティスリエ〜! 学園祭の舞踏会で踊った二人は未来永劫結ばれるんだって! だから私と踊ってみない……?」
「ええっ、シャルロット!? あの、王子の前でそういう発言はちょっと……」
「何か問題だった? 私はパティスリエとならどこまでも……」
「何やっているんですか生徒会長! 職務怠慢です、デレデレせずに働いてください!」
「た、助けてクレープちゃん……!」
「きゃあ!? な、なんですか、まさか私と踊るつもり……!?」
騒がしくなった不夜城の一角。
急ぎ足で向かう俺を、俺との決闘が有耶無耶になった令嬢たちが止めた。
「いいの、あの娘で? 私と結婚すれば店も大きくできるし誰よりも幸せになれるっていうのに」
「あ、ずるい! 私の方がシューを幸せにできます〜」
「シュー、私じゃダメですか……?」
「……悪いな。もう、自分に嘘つきたくないんだ」
俺は手を伸ばすあいつを引っ張り出し、捕まらないよう走った。
「シュー! ありがとう、助けてくれて!」
「……なあ、パティスリエ」
「なにー?」
「俺と、その……踊ってくれないか」
「いいよ!」
即答だった。
驚いて振り返ると、急には止まれないパティスリエとぶつかる。
倒れそうなパティスリエを支えると、時間が止まったみたいに見つめ合ったまま、俺たちは固まった。
そしたらおかしくなって、二人一緒に笑い出した。
合図も何もなく、そのまま音楽に合わせ踊り出す。
「シュー、踊り上手だね。練習した?」
「ああ。実はプロフィトロールが今日のために特訓してくれたんだ」
「なるほど、確かにうまかったもんね。わたしも昔リードしてもらったことあったよ」
「そうだな……。あ、猫じゃなく、人間の方のプロフィトロールだからな」
「……うん。いや、わかってるから」
パティスリエは何故か冷めた視線を投げかけてくる。よくわからん。
お菓子で懐柔されたオペラって貴族の歌が建物内に反響する。もうすぐ終わってしまいそうだ。
俺は、今日のことを思い返し、パティスリエに話した。
「そっか! お父さんと話せたかー、よかったねー。わたしの言った通り、話し合ってよかったでしょ?」
「ああ、そうだな。本当によかった」
「これでシューの夢、一つ叶ったね」
「ああ……。それで、また新たに、夢ができたんだ」
「え、何? 聞かせて聞かせて!」
握り合う手に力が入る。
熱くなる体から声を絞り出した。
「……パティスリエ。これからも、ずっと……俺と一緒に踊ってくれないか?」
「……それが夢? 定期的に舞踏会を開きたいってこと? うーん、そうだなー。前の生徒会みたいに毎日毎日ずっとやってると飽きてきそうだから、年に数回、何かのイベントの際に開催するのがよさそうかなって思うけど、どう?」
「…………はあぁ〜……。 ああうんうん。そうだな。俺もそう思うよ、うんうん」
「え、なんで冷めた目で見てくるの。わたし何か変なこと言った?」
「なんでもねーよ。パティスリエはそのままでいいから」
「何……? え、なんなの……!?」
結局その後、パティスリエは不夜城にいたほとんどと踊った。
遠くから見ていたコンフィズリ先生も踊りたがってたが、手を伸ばそうとして諦めを繰り返し、すごすごと帰ることになった。なんだあの人。
不夜城に舞うパティスリエ。
白と赤のドレスがくるくる回り、俺にとって嫌な思い出だった場所を塗り替えてくれた。
「楽しいね!」
誰に向けたわけでもなく、パティスリエは高らかに叫んだ。
「ああ、楽しいよ。お前がいてくれるから」
誰にも聞こえないよう、俺は独りごちた。
不夜城から灯りが消えると、今年の学園祭はまぶたの裏に爛々と光を残し、華やかに幕を閉じた。




