53 学園祭
学園祭!
学園の創設を祝い生徒主導で催しを行う毎年恒例一大イベントだ。
その運営は生徒会が担う。
夏休み明け、生徒会の引き継ぎなどでバタバタして期間の短い中、みんなで協力してなんとか開催にまで漕ぎつけることができた。
そして、当日。
わたしは会長として学園祭の見廻りをしている。
とはいえ、何かトラブルが起きない限りは普通にお祭りを楽しむつもりだ。
どこを歩いても生徒たちの楽しそうな表情が見られ、頑張ってきた甲斐があったというものだ。
「……あれ、フェーヴちゃん?」
「うい」
喧騒の端にあるベンチで日傘を差し、ぽつんと座っていたフェーヴちゃん。
学園祭はガレット王子と回るとの話で、生徒会の仕事は休んでもらい兄妹で過ごしてもらう予定だった。
王子、どこ行ったんだろ。何か買いに行ってるのかな。
フェーヴちゃんは華やかな出店の群れを遠くから眺めていた。
「わたしもちょっと休憩〜」
フェーヴちゃんの隣に座り、一緒に王子を待った。
……時間だけが過ぎていく。
「ねえ、フェーヴちゃん。誰か待ってるの?」
「……のん」
「え? 今日ってガレット王子と過ごす予定なんじゃ」
「……ずっと、一人」
話している間も、フェーヴちゃんは楽しげな祭りの風景から片時も目を離さなかった。
なんだか心配になって尋ねてみた。
「よかったら、わたしと一緒に学園祭まわる? と言っても見廻りついでだからあんまり楽しめないかもだけど」
「……! 行く!」
子供みたいに目を輝かせてわたしにくっ付いてくるフェーヴちゃん。いや、実際まだ子供か。
わたしはフェーヴちゃんと手を繋ぐ。
小さな手がぎゅっとわたしを頼りに握ってくる。
「じゃ、行こっか!」
「うい!」
校内の出店、出し物はすべて生徒会の認可を通しているため、わたしはどの区画に何があるのか把握していた。
見廻りもしつつ、フェーヴちゃんが好きそうなところを巡ろうと、賑わう生徒の海を練り歩いていく。
「こんにちはー! どうぞ学園祭、楽しんでいってくださいー!」
この日の学園内は生徒以外のご来賓もたくさんいた。
学園生徒の父兄や家族、来年以降入学予定の子連れの貴族など校内では見かけない顔が多く、非日常なお祭り感があってそれだけでわくわくした。
本当ならわたしも、お父様お母様を招待してお姉ちゃんと一緒に学園祭を楽しんでたかもしれないのにな……。
両親に会えないのはともかく、姉はわたしがガストリエだと気づく様子もないし、なんか挙動不審で怖いし、一緒に手を繋いで歩くなんてこと一生ないんだろうな。
ガストリエちゃんの家族のことを考えていると、隣を歩くフェーヴちゃんの家庭の話を訊いてみたくなった。
「フェーヴちゃんのご家族は来てないの?」
「王様だから、忙しい」
あ、そっか。フェーヴちゃん、これでも王女なんだった。
王は流石に来れないかー。無理だよなーそりゃ。
王妃様ならお菓子のためだけに町へ足繁く通ってたし暇そうだけど、もし来られたら王族用の警備態勢が整ってないし危ないよなー。
それで言ったら他のお貴族様も、自分の騎士を雇ってない人は襲われる危険はあるけど……。
ま、この学園にそんな危険人物が紛れ込むことはないか。きっと大丈夫!
もし紛れ込んでたとしても、事件になる前にダリオルがなんとかしてくれるでしょ。
「あら、ガス……パティスリエちゃん!」
「ミルフィーユさん!」
助走をつけたわたしが抱きついた勢いでミルフィーユさんはくるくる回る。
こう見えて体幹がしっかりされていらっしゃる。はあ〜いいにおい。
回転が落ち着くと、改めて向き直った。
「お会いしたかったです〜!」
「私もよ! そうだ聞いたわ、生徒会長になったんですって? すごいじゃない〜!」
「いえいえ、ミルフィーユさん程ではありませんよ。そうだ、シャルロットも生徒会で頑張ってくれてますよ。頼もしい存在です」
「そう! シャルロットちゃんに会ったらいっぱい褒めてあげなくちゃね。……あら、その子は?」
「フェーヴちゃんです。こんなにかわいいけど実は王女なんです」
ミルフィーユさんはフェーヴちゃんをじっと見つめた。
あ、そういえばガレット王子とシャルロットが婚約関係だからミルフィーユさんも王族と繋がりがあるのか。
じゃあわたしが紹介するまでもなく面識はあったのかな?
「あなた、どうして学園に……」
「パティスリエ。行こ」
わたしはフェーヴちゃんに引っ張られ、簡潔にミルフィーユさんに挨拶してその場を後にした。
去り際、ノワールの両親が例の件について教会に働きかけてくれていることを教えてもらえた。
例の件とは、つまりスキルクラフトで指名手配となっていることだ。
ガストリエちゃんの力になってくれる人がいるとわかってうれしくなる。両親には追放以来会えてないから早く会えたらいいな。
それにしてもさっきのミルフィーユさん、すごく怪訝な顔してたな。
フェーヴちゃんも逃げるように立ち去って……。二人に何かあったのだろうか?
うーん、訊いちゃまずそうだし、あまり考えないようにしよう。深く考えないのがわたしの長所だから。
その後もわたしとフェーヴちゃんは学園祭を楽しんだ。
アリュメットさんの謎解きの館で仲良くギブアップし、シューの出張パティスリーでお菓子を頬張る。
手を繋いで歩いていたのだが、何故か隣を見るたびにフェーヴちゃんの手には新たな食べ物が増えていった。
小さな手では抱えきれなくなっていたので、わたしたちはまた最初のベンチに戻ってきた。
「いやー、楽しいね! 生徒会は運営する側だからあんまり回れないと思ってたけど、シャルロットとクレープちゃんのおかげですごく楽できてるよ」
「うい。たのしい……!」
「夜の舞踏会はわたしも忙しくなりそうだから頑張らなきゃなー」
フェーヴちゃんは常に口の中に何か入っていた。頬が膨らんでいる、かわいい。
わたしたちは祭りの賑わいを遠巻きに眺める。二人の空間は静謐に包まれ、先程の喧騒を思い返すとまるで長い夢を見ていた気分になる。
フェーヴちゃんが抱える食べ物たちも黄泉竈食ひみたいだった。
そういえば、フェーヴちゃんと二人きりで話すのは初めてだった。ちょっと世間話と洒落込んでみようか。
「すっごく今更だけどさ、前に森で熊に襲われた時と不夜城の件、あれどっちもフェーヴちゃんが助けてくれたんだよね。ありがと!」
「……別に。力の練習だから」
「練習?」
「支配の力。王の一族は国を守るため、あらゆる生物を支配できなきゃいけない。わたしも魔獣を制御できるよう頑張ってる」
へー、王様ってそんなことしてるんだ。
確かに言われてみれば、この国の魔獣って町に出てこないし大人しいよね。なるほど、王様の力で制御してくれたんだ……!
フェーヴちゃんの日傘を頭の上に生やすアレも支配の力かー。
……その力を苺農園で泥棒のために使ってたのか。改めて考えてみるととんでもないなこの子。
「じゃあガレット王子も同じ力が使えるの?」
「お兄さまは……」
何か言いかけて、フェーヴちゃんはお菓子を頬張った。
わたしが喋ろうとすると口にお菓子をぶち込まれる。うまい!
たぶん、訊かないでってことか。
フェーヴちゃんは不思議なことが多い。
外ではずっと日傘を差して影の中にいる、何かから隠れているみたいだ。
兄のガレット王子とは双子じゃないらしいが、同じ学年にいる。
深く関わらない方がいいのかな。でもこれから仲良くなりたいし、ちょっとくらい腹の中を見せてほしいなー。
そんな考えを読まれたのか、顔に出ていたのか。フェーヴちゃんは兄との話をしてくれた。
「……お兄さまは、責任感が強くてしっかり者。国民を統べる人間として完璧であろうとしてる」
「ほえー、すごいね王子。普段からそこまで考えて振る舞ってるんだ」
「でも、お兄さまの周りには頼れる人がいなくて一人ぼっち。だから、わたしはお兄さまの影武者になった。裏の王子として、お兄さまが頼れる人になろうとしてる」
「影武者……!? え、何それ、初耳」
「初めて言った。誰にも秘密だから」
そんな大事なこと、わたしに伝えて大丈夫なんですかね……。黒服の男に暗殺されない?
しかし、ガレット王子の代わりか……。
正直二人が似てるのは顔だけで、その他があまりに違いすぎる。影武者として機能しているとは思えなかった。
「お兄さまは誰よりも正しくあろうとしてる。だから、わたしも正しくありたい」
「そっか。わたしは生徒会でのフェーヴちゃんの働きを見てるからわかるけど、きっと王子みたいになれるよ!」
「……うい。ありがとう、パティスリエ」
フェーヴちゃんは、わたしの頬に口付けをした。
甘ったるい感触だった。
それにしても、はあ、なんてかわいいんだこの生物は。
王子には悪いけどわたしの妹でいいかな。いいよね?
……いや、ただでさえ教会に追われる身なのに、その上王子と戦争を起こす気にはとてもなれなかった。
まあ妹じゃなくても、こうして抱きしめることができるからね。やれやれ仕方ない、ただの友達ってところで手を打ってあげよう。




